010.緊急事態
ビィービィービィーーー!
ビィービィービィーーー!
――緊急事態発生! 緊急事態発生!
――未認証者の領域内への侵入を確認
――侵入者より未確認の神の力を確認
――侵入者による施設への侵攻の意思を確認
――迎撃プロセスを開始します
「へえ、なかなか本格的な秘密基地じゃん」
◇◇◇
――対象、023649番の一時隔離を解除
――緊急時につき、記憶の封印確認を省略
――戦闘能力拘束解除
――緊急事迎撃プロセスにより、緊急覚醒を実行
――侵入者への迎撃を実行してください
ブザーの音に目を覚ますと、周囲は明滅する赤い光に包まれていた。音と光が僕に焦燥感を抱かせる。
早く、行かないと。
気持ちを急かすのはブザーと赤い光のせいか、それとも普段とは違う声のせいか。
――迎撃を実行、迎撃を実行
白かったはずの部屋は、暗い赤色に染まり、頭の中に鳴り響く声は、扉の先のその先にある危険な存在への迅速なる対処を告げている。
進め。すすめ。進め。前へ。先へ。敵を屠れ。
まだ違うはずなのに、殺意が暴れ出している。
五つ中四つの意識を殺意に塗りつぶされながら、残り一つの冷静な思考で、この状況を見極める。
身体は既に寝かされていたベッドから飛び起き、扉を開けて部屋から出ている。
今が緊急事態だからか、それとも前回意識の喪失に抵抗した成果か、記憶がある程度戻っている。それでも殺意に呑まれていれば、記憶がトリガーになって暴走していたところだけどそれもない。
スキル『分裂思考』が殺意を他の四つの思考に隔離することで、その自体を防いでいるみたいだ。
まだ色々な意味で完全じゃないようだけど、今の時点ではおおむね順調。
丁度いい機会だ、少しこの身体を試してみよう。
鉄と木が組み合わさった扉、それは僕が前に立つと待っていたかのようにすぐさま開いた。
扉の先にあるのは広大な白い部屋。原型はいつも最初に見るあの白い部屋と同じ。大きさだけが違っている。だいたい体育館を二つ分くらいの大きさだ。
今の僕が暴れるのに丁度良い大きさ。
さて相手は、僕の行る場所から反対側の壁を見ると、そこが突然爆発した。
吹き飛んだ壁の向こうから、誰かが悠々と歩いてくる。
「はっ、お前が俺の相手ってか? なんだ、ただのガキじゃん」
それは燃える炎のような不思議な色合いをした髪の青年だった。
手には装飾の施されて抜き身の日本刀を持ち、その刃は髪同様に赤く炎の色に揺らめいていた。
それに青年の周囲がなぜか歪んで見える。気のせいじゃない、あれはたぶんすごい熱を発している。
僕を見下すように眺める青年の顔には、こんな怪しげな場所に一人だというのに、余裕と好奇心しか無かった。
意味はないだろうけれど、一応スキル『看破』を発動してみよう。
名前:????
種族:人間
年齢:??
加護:????の加護
スキル:
称号:【破炎の使徒】
【破炎の使徒】
破滅を宿す炎を身に纏う者。神より与えられしその炎がその身を害すことはなく、されどその炎は他の全てを焼き壊す。
やっぱり大したことは出てこない。スキルによる情報はシステムに記録された情報を参照しているだけだろうから、外部勢力らしいこの青年のことは出てこないのだろう。
それでも出てきた称号は、たぶんシステムの解析の結果だから、頭の片隅に残しとく程度でいいかな。
――023649番の入室を確認
――敵勢力の侵入を確認
――室内全域に特殊戦闘領域を展開
「おっ? なんかしやがったな」
――戦闘、開始
その瞬間、軽口を叩く青年へ向けて、僕の身体は弾け飛ぶように走り出していた。
「水槌圧殺」「風刃竜巻」「螺旋石槍」
三つの意識それぞれが、水、風、土の魔法を青年へと向けた。
圧縮された水の塊が、風の刃渦巻く竜巻が、螺旋を描く石の槍が、青年の姿を捕らえる。
「ははっ、おもしれぇ!」
しかし、青年を取り巻く炎が水を、風を、石を、あっと言う間に燃やし尽くした。
あれが、『看破』をして、破炎と解した力。
確かになにもかも焼き尽くしている。石だけでなく、実体のない風や、相性の悪そうな水までも。水は完全に焼き尽くされ、蒸発すらしなかった。
近付くのは危険そう。
危険が意識を一つ、正常側に引き戻す。
「疾風」
戻ってきた意思の一つに追い風を操らせ、青年から距離をとる。
うん。五つの意思と、殺意の使い方はだいたい分かった。少しじゃじゃ馬だけど、方向性を誤らなければ戦闘に支障はない。
早速、前回手に入れた力を試してみようか。
僕は殺意に満ちた意思の一つへ、その力の行使を望んだ。
「光槍」
輝く光を槍の形に形成したものが宙に浮く。それは、殺意をもって青年へと撃ち出された。
『光魔法』。記憶に残る何時だったかの戦いで相手が使っていた『闇魔法』と同列らしき力。どうやら同じようなことが出来るらしい。
この辺りの情報は殺意に呑まれた意思の方が、有用に引き出せているみたい。思考の方向性が違うからかな?
この魔法という力には、色々と検証してみたいことが多いけど、今はそれどころじゃない。
それは次の機会にとっておくとして。
今はこの相手に勝利しなければ。
光で形作られた槍は、強力なエネルギーの塊だ。さらに光の特性を宿しているらしく、発射と着弾はほぼ同時。青年を貫く瞬間、光の槍に青年の炎が点るが、瞬時に消し去るには到らず、青年の身体に傷を負わせた。しかし致命傷となる前に、光の槍は炎によって焼き尽くされてしまった。
速さか、属性か、或いは力の密度か。いずれにせよ、『光魔法』ならばある程度まで耐えられるみたいだ。
攻撃のメインは『光魔法』で行く。
三つの殺意に満ちた意思は、『光魔法』を発動していく。
「光槍」「光槍」「光槍」
僕の周囲に光で形作られた槍が三本浮かぶ。
「いけっ」
放つと同時に着弾する光の槍は、瞬時に焼き尽くされるが、その瞬間、次の槍を生成して、即座に打ち出す。一度に放てるのは全体で三本が限界のようだけど、発射と着弾に間隔がないことで、物量戦の様相を呈している。
チクチクと突き立っては燃え尽きる光の槍に対して、青年は刀を手前にして防ごうとしていたが圧倒的な物量が隙間からその身体を少しずつ削っていく。
「こっ、の、しゃらっくせぇっーー!!」
青年は叫ぶと同時に、突き出していた刀へ炎を纏わせると、それをこちらへ向けて振り抜いた。
危ないっ!
「光壁」「光壁」
疾風で速度を補助していた意思も使って、即座に他を拒絶する光の壁を二重にして僕の前方へ生み出す。が、しかし振り抜いた刀より放たれた炎が光の槍を飲み込み、さらに光の壁へと迫った。
「はっはぁっー! 無駄、むだぁー! 俺の炎はすべてを焼き尽くす炎だ、そんなもんで防げやしねぇぜっ!!」
一つ目の光の壁は一瞬にして燃え尽きた。魔法などという不可思議な現象によって形作られた光とはいえ物質とも呼べない現象を燃やし尽くすなど理外にも程がある。
茜色の世界を、或いはどこかの誰かを連想してしまうよ。
「光壁」「光壁」
燃やし尽くされた光壁を管轄していた意思と共に、危機意識によって、さらに一つ殺意から戻った意思で、光壁を二つ追加する。その上で身体は左側に逃れた。
二つ目の光壁も焼き尽くされ、三つ目に手をかける炎。少し時間をかけて三つ目を焼き四つ目に向かった頃にはもう、僕は炎の軌道から逃れていた。
現在は三つの意思が正常側、二つの意思が殺意側。この辺りがバランスの限界かな。これ以上正常に近づくと、あれを倒しうる攻撃力が出せなくなる。
でも、殺意だけではあれは倒せない。とはいえ攻撃は効いている。だから問題はあの炎。あの炎を避けて致命の一撃を入れるためには、搦め手が必要だ。
それは殺意に支配された意思には出来ないことで、記憶が安定している今だからこそ出来ることだ。
「幻光」「幻光」
光により僕の周囲に幻の自分を幾人も生み出す。さらに、自分の身体にも同じ魔法をかけ、その姿を周囲から隠した。
かなり繊細な魔力の操作を要するけれど、正気と記憶のおかげでなんとかうまくいっているようだ。周囲に現れた幻の自分と、視界から消えた自身の胴体を確認した僕は、足音を忍ばせ移動を開始した。
幻の自分は相手の周囲にばらけさせ、各々で攻める姿勢を見せていく。
「はっ! お次は分身か? 攪乱したところでどっちにしろ攻撃力が足りてねえんじゃ俺は倒せねえぜ」
叫びつつ青年は冷静に自分に近づいてきた幻から炎を浴びせてかき消し、あるいは手にした刀で斬り伏せていく。
青年の言うことは正しい。あのままじゃ攻撃力が足りず、青年の守りは突破できない。でも、あれは僕の全力じゃない。
倒れるまで全力を振り絞ればさらに力を上乗せできる。問題は後が続かない為、その一撃で確実に殺しきる必要があるということだ。
だからこそ必殺の一撃はあの青年の意識の外から、さらに言えば出来るだけ至近距離から撃つべきだろう。
「遮音風壁」
そっとそれを口ずさみ、自分の周囲に音を遮断する風の壁を構築する。これでさらに自分の位置は悟られにくくなった。
僕は青年の背後に回り込み、じりじりとその背に近づいていった。
そして、
「閃光砲!」
全てを込めて構えた右掌から光の奔流を青年の背に向けて放った。
残り数十センチという距離から放たれた全力の光線は一瞬で青年の身体を呑み込んだ。
「て、め、ぇ」
光の中から切れ切れの声が聞こえる。チリチリと光の端から炎が漏れている。まだ、死んでいない。全力を最大限発揮できる状態で放ち、それでも足りていない。
閃光の中から炎に包まれた左腕がぬっと現れて僕の腕を掴む。その瞬間、僕の腕は炭化してボロボロと崩れていった。
手のひらから放っていた閃光が途絶える。
途切れた閃光の中から現れた青年の姿はかなりボロボロだ。ダメージは確実に入っている。いや、それどころか死んでいてもおかしくはない姿だ。
右手は刀ごと消し飛んでおり、腹にも大穴が空いている。頭部も三割ほど消し飛んでいて、それでもその瞳は爛々とした炎を宿していた。
生物として説明が付かない。
これは青年に宿った神の力のせいなのか。
異常な力。超常の力。僕が求める力。あの人の元へ辿り着くために、必要な力。
あの茜色の世界や、このスキルと呼ばれる力の根源。
僕のような凡才が、力を得るためには、次の階層へ到るためにはなんとしても必要な力。
あの青年に宿る力は、恐らく僕の中にある力よりもずっと根源に近い。
欲しい。
欲しい、欲しい、欲しい、欲しいほしいほしい欲しい欲しいほしいほしい欲しいほしいほしいほしいほしいホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイ――――――――っ!!
「うがぁぁぁあああぁぁっ」
茜色の世界が僕の内側に展開されていく。
≪死なない世界で殺し合う≫
≪ここは現世と地獄の狭間≫
≪不滅の牢獄にして贖罪の戦場≫
消し炭となった僕の腕が再生していく。
「なにっ!?」
青年の目が驚きに見開かれた。
体に異質な力が流れ込んでいく。
その力を無理矢理にスキルへと通し、魔法へと変換した。
「茜光、煉滅砲っ!」
茜色を含んだ光の奔流が、再度青年を呑み込んだ。
「があぁぁあ――――」
断末魔の叫びが光の内より僕を貫き、暫くしてそれはついに途絶えた。
「はぁはぁはぁはぁ」
体の中を満たす茜色の力は暴れまわって、三つの意識を食いつぶして消えた。
小さく分割されていたとはいえ、人の意識を三つ狂う暇もないままに消し潰した。
擬似機械神デムファとやらの加護がなければ、被害はさらに広がっていたと思う。
とはいえ、神と名乗るには格が足りないこの存在では、体の傷は治せても意識の消失は治せないだろう。
そもそも僕はこのデムファと言う存在にあまり好かれてはいない気がする。原因はたぶん茜色の世界に関係があるのだろう。あれも、似たような場所らしいから。
まあそれでも契約がある限り、これからも体の治療はしてくれるし、先へも進ませてくれるだろう。
これはそういう存在だ。
――敵勢力の死亡を確認
――023649番の生存を確認
――戦闘終了
ああ、どうやらようやく青年の死亡を確認出来たようだ。
外部の存在だったし、異なる神の力が介在していたから遅れたのかな?
――敵勢力の魂を解析
――敵勢力の魂が023649番へと吸収されます
うん、なんとか吸収は出来るみたい。神の力がどうなるかは分からないけれど、これでまた一歩近付いたわけだ。
――戦闘後結果を精算
――未消化の魂を一個確認
――スキルの取得を開始
――スキルは魂源衝動より自動的に選ばれます
前と同じように僕は願う。先へ進むためのピースを。
――魂源衝動への意識の逆侵入を確認
――スキルは魂源衝動より自動的に選ばれます
――スキル『闇魔法』を習得しました
――上位二属性の魔法を習得したことにより称号【光闇の使徒】を獲得しました
――続いて、緊急の襲撃者撃退報酬の精算
――条件を満たしたことにより称号【守護者】を獲得しました
――称号【四大を極めし者】と称号【光闇の使徒】よりスキル『空間魔法』が派生しました
――スキル『空間魔法』を習得しました
――称号【守護者】よりスキル『結界魔法』が派生しました
――スキル『結界魔法』を習得しました
お目当てのものが一つと、ついでにいいものが手には入った。
これがあれば……。
――023649番の一時隔離を解除します
――全工程終了
――023649番の魂への強制干渉、意識を強制睡眠へ移行
意識の片方をスキル『結界魔法』と、スキル『精神異常耐性』、スキル『分裂思考』の合わせ技で隔離する
“心理結界“
スキル『空間魔法』と、スキル『火魔法』、スキル『風魔法』スキル『水魔法』、スキル『土魔法』、スキル『光魔法』、スキル『闇魔法』の合わせ技で仮想空間を構築
“幻想空間“
さらにスキル『魔力操作』で結界を外部から認識しづらいように調整
“知覚偽装“
……うん、どうやらシステムとやらを騙せたみたいだ。
片方の意識は失われたけれど、そちらは囮。
それ以上の干渉はしてこない。
これで、少し自由に動ける。
とはいえ、出来ることは限られているけれど。
とりあえず、次の戦闘までスキルの訓練でもしていようか。
死んでしまったら、元も子も無いからね。
―――――――――――――――――
神滅プロジェクト
外来者 年齢:27歳 性別:男 種族:使徒
スキル:
称号:【破炎の使徒】
願望:
―――――――――――――――――
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