008.戦闘実験No7
「おとうさん。おかあさん」
「………」
「なんで、おねえちゃ――」
――再生中の記憶による魂への浸食を確認しました
――該当記憶を隔離します
◇◇◇
――対象、023649番
――記憶の封印を確認
――戦闘能力拘束解除
――意識、覚醒
――おはようございます
「おはよ」
何かの挨拶に返事をして、起きた。
真っ白な部屋の中、今日もそこに違和感はない。
「うん、さっさと行こ」
寝起きだとは思えないほど意識はしっかりと覚醒している。まるで身体から余計な物が取り除かれたみたいに健やかなのだ。
僕は元気よく白いベッドから飛び降りると、この部屋唯一の出口である扉に向かった。
そして扉を開けてその先へと進む。
――行動目標、扉の先へ
遅れて何かが行き先を示した。
「くふふっ」
それが面白くて、つい笑い声が漏れてしまった。
さあ、もっと先へ進もう。
鉄と木で造られた扉の先までやってきた。
――扉を開きます
扉を抜けた瞬間、乾いた風が吹き抜けていく。
そこは起伏に富んだ赤茶けた大地だった。
数歩先に進めば唐突に大地は終わり、深い崖が遙か底まで続いている。先に目を向ければ、ここと同じくらいの高さの大地が幾つか突き出しており、そこらを繋ぐように人一人が何とか通れるような道がくねくねと続いていた。
時折吹く風もそれなりの強さで、歩くだけでも一苦労しそう。
――023649番の入室を確認
――028432番の入室を確認
――室内全域に特殊戦闘領域を展開
人の気配を感じて前方に注意を向けると、遠くの崖上に誰かを見つけた。
その瞬間、スキル『看破』が発動する。
名前:028432番(須崎七華)
種族:魔人
年齢:17
加護:擬似機械神デムファの加護
魔力:E
スキル:『土魔法』『水魔法』『風魔法』『土魔法』『魔力強化』『魔力感知』『魔力操作』『闇魔法』『分割思考』『魔装甲』
称号:【四大を極めし者】【魔の泉】
僕と同じ、力を持った人?
えっと、違うのは……。
スキル
『魔力強化』魔力を強化する。
『闇魔法』魔力により闇を生み出す力。
『分割思考』思考を複数に分割する。
『魔装甲』魔力を鎧にして身に纏う。
称号
【魔の泉】
魔に魅入られし者へ与えられる称号。
魔力との親和性が上がり、魔力を扱うスキル全般に補正が掛かる。
『看破』で見る限り、完全に魔法特化と言う感じだ。
なんだか少し禍々しい感じがするのは、種族のせいかな?
まあ、僕も人のこと言えないんだけど。
――戦闘、開始
意識が切り替わった瞬間、僕は殺意に従い視認していた遠い相手に対して右手を向けていた。
「風刃」
遙か先を目指して放たれた不可視の刃は、空を裂きながら相手に向けて突き進む。しかし、相手は突如黒い何かを広げると高く高く飛び上がり、僕の放った風刃を避けた。
魔力の通った黒いそれは、『闇魔法』により造られた闇の翼だろう。それに目には見えていないけれど、相手の周囲を廻る魔力を感じる。これは恐らく『風魔法』により、周囲の風を操っている。
相手はその二つの魔法を同時に使うことで空を自在に飛んでいるのだ。
僕にそれは出来ない。恐らく『分割思考』が仕事をしているのだろう。
相手は黒い翼を羽ばたかせ、風の方向を操作して僕に向けて突き進んできた。
ここは狭い。背後の扉はすでに閉まっており、足場は数歩の大地のみ。満足に動けないこの場では、攻撃の手段が限定されてしまう。
前方に続く狭い道の先を見れば、まだここよりましな広場がある。
あそこなら。
即座に判断して僕は細い道を走り出した。
「疾風」
相手と同じように、背後から追い風を巻き起こしてさらに加速。さらに思考を加速させることで、地を踏み外すことを防ぐ。
ギリギリで相手が来るよりも早く広場に踏み込むことができた。もう相手は目と鼻の先だ。僕は右手を相手に向けた。
「風刃」
こちらに飛び込んできた相手は寸前のところで黒い翼を使い、軌道を変えて風の刃を避けた。
しかしそれは、想定済み。
加速した思考で相手の避ける方向を認識して、即座にそちらへ右手を振るい、追撃の風を放つ。
体制を崩していた相手は、それを避けきることが出来ず、風の刃は相手の黒い翼を切り裂いたように見えたのだが……風の刃は黒い翼を素通りすると、虚空へと消えていった。
あの翼で飛んでいると言うことは、風を掴んでいるはず。なのに風の刃は素通りした?
相手は風を魔法で操っている。魔法だからと言うことはないと思う。なら、あの闇は望むものだけに触れるということ?
あの闇に攻撃は効かない。あの闇は危険。
思考の結論を頭の隅に残しておく。
「闇槍」
相手の言葉と共に相手の周囲に闇が顕現、それは五本の漆黒の槍となり次の瞬間、僕に向けて四方八方から襲いかかってきた。
僕は思考を加速させ、それらをしっかりと認識し避けていく。右に左に降り注ぐ漆黒の槍は、大地に深く突き刺さった。当たればただでは済まないだろう。
「闇槍」
五本目を避けた瞬間、追撃が降ってくる。このままじゃ一方的に攻撃される。おまけにこちらの攻撃は遠距離限定で、それも風と闇の連携で避けられる。
ならば、風の方をどうにかする。
「凪界」
言葉と共に僕の身体から魔力が周囲に流れていく。それは留まる風となって、周囲の風の流れをその場で止めた。
その範囲には風と闇の力によって空を飛ぶ相手も当然収まっている。唐突に風がその場へ留まることで、相手は空中でのバランスを崩した。
闇の翼のお陰で即座に落下すると言うようなことは無いみたいだけど、少しずつ高度を維持できなくなっている。それも、そう長くは続かないだろう。
なぜならあの闇は、四属性の魔法よりも魔力を大量に消費するようだから。『看破』と『魔力感知』のスキルがあの闇に込められた魔力の強さを示している。風の魔法が無くなった今、闇の翼だけで飛行を維持すれば魔力はあっと言う間に減っていく。魔法に特化した相手と言えども、それを続けていればすぐに魔力は尽きる事になるだろう。
思った通り相手は、大地へと降り立つと闇の翼を消し去った。そしてその代わりに、
「闇剣」
その右手に闇の剣を生み出した。
接近戦を警戒。僕は迎撃のため、周囲の大地に土魔法でトラップを敷いていく。
次に相手は、身体の内より魔力を放出し、それで自らの身体を覆っていった。
目に見えぬ魔力が相手の身体を包み込むのを感じた次の瞬間だった。加速した思考による認識を上回る速度で相手の姿が掻き消えたのだ。
「土棘」
咄嗟に大地に敷いたトラップを発動させる。
自身を中心にして、土を固めて作られた棘が周囲の空間を突き刺した。が、それと同時に右腕が重力に従い落ちていく。さらに脇腹も軽く裂かれた。
遅れて『気配察知』が相手の動きを伝えてくる。相手は一瞬で僕の右に回り込むと、闇の剣で僕を上下に両断しようとしたのだ。
しかし、寸前で放たれた土棘を交わすため、その斬り込みは予定の半分にも達しなかった。その結果が右腕の切断と脇腹の切り傷だ。
良かったとは言えない。速度で明らかに負けている。速度と言えば風の魔法だろうけれど、あの速度をそれだけで出せるとは思えない。
けれど相手の力は魔法に特化していて、身体能力を上げるような力は見当たらなかった。
強いて言うのなら身体を覆う魔力、『魔装甲』のスキルだろうか。
魔力を鎧とするだけの能力だと思っていたけど、かなり違うみたいだ。
相手の分析を加速した思考で行うが、その途中で相手が動き、分析は中断された。この相手に対しては、戦いの最中に他へ思考を使う余裕はない。
相手の攻撃がくる。身体能力では相手が圧倒的。気配と魔力で相手を見て、反射でカウンターを喰らわせるしかない。魔法は一番慣れている火魔法を選択。もう加速させたとしても思考してからの攻撃では遅すぎる。
背後から縦に振られた漆黒の剣を体を反らして交わし、右手から火を生み出す。言葉を乗せる時間も、術を選択する暇もない。それは忘れるほどに久方振りのただの火魔法だ。
火は身体から溢れ出して相手へと襲いかかった。が、相手はそれを漆黒の剣で切り裂いた。
あの闇は、火を斬り裂けるようだ。
そのまま相手は返す刀で僕を狙う。僕は斬られる部位を最小限に抑えるべく、体を縮めながら相手の懐深くへ踏み込んだ。
左肩を斬られた。これで両腕が無くなったが問題無い。腕が無くても魔法がある。
至近距離からもう一度、相手に向けて火魔法を放つ。触れるほどの距離だ、避けることも斬り裂くことも間に合わない。
しかし、火は相手の身体を覆う魔力の装甲によって遮られた。『魔装甲』は文字通り、魔に対する鎧でもあるらしい。
『加速思考』で加速された思考はほんの瞬きの間にそれを理解にまで落とし込んだけれど、相手は一泊遅れて剣ではなく素手で僕を殴り飛ばした。
『魔装甲』で覆われた相手の動きは恐ろしく早いけれど、純粋な思考の速度では『分割思考』より『加速思考』の方が、
「闇纏」
僕の思考を遮って唱えられた言葉は力を持ち、相手の『魔装甲』のさらに外へ形を持った闇が覆っていく。
僕の魔法を防御して見せた『魔装甲』。それの上から覆う闇の衣は、さらに防御を固めているように見える。けれど、僕はそれに防御よりも攻撃を感じた。このままあれに触れれば終わってしまう。殺意がそれを囁いて、僕は咄嗟に大地に魔力を流した。
「地殻振動」
激しく大地を揺さぶると、深い地の底に突き立った足場全体にヒビが入り、一気に崩壊が始まった。
相手が落ちると共に、僕の身体も落下していく。
驚いた相手は次の瞬間、身体から闇の衣を消し去り、代わりに闇の翼を生み出した。同時に僕は、残った岩塊を足場として相手の懐へ飛び込んでいた。
相手の身体を覆っていた闇の衣は消えたが、魔力による装甲は未だそこにある。これを貫けなくては、この相手は殺せない。
ここだ。
「火炎球」
僕はありったけを込めて火魔法による火の玉を発動した。魔力全てに生命力まで込めた火の玉は相手の直前で燃え上がり、相手の身体を覆い尽くす。
しかしそれは一瞬のこと、闇の衣を解除して代わりに闇の翼を出した相手は滑空して降りていくのに対して、僕の身体を支えるものは何もない。相手と違って僕は重力に従って落ちていくだけだ。落ちた先で待っているのは固い地面、次はもう無い。
だから今、ここで滅ぼし尽くす。
加速した思考により魔力を限界まで操ったことで、生み出した火の玉の火力は一瞬で限界まで至った。
最初から全てをそこに懸けていた僕と、闇の翼と並行して『魔装甲』を纏っていた相手。相手が『魔装甲』に全力を注いでいたら、きっと僕にあの装甲を貫けはしなかっただろう。
火炎球は一瞬の抵抗を火力で上回り、相手の身体へと火勢を伸ばした。
僕の意識が認識できていたのはそこまでだった。
久し振りに視界が揺れる感覚。同時に身体が落ちていく。このまま落ちれば死ぬだろう。でも僕はこの相手を殺せれば。
殺せれば?
それでもう。
それでもう?
十分だ。
――028432番の死亡を確認
………違う。
まだ、終われない。
こんな所で、終わっちゃいけない。
僕は微かに浮かび上がった意識で、風魔法を下から上に吹かせた。削られた命がさらに減っていく。それでも尚、生み出された風は微風。
しかし続ける。少しでも落下の衝撃を減らすために。
そして、足に強い衝撃が
――023649番の生存を確認
――戦闘終了
殺意が止まない。
あの茜色に染まった世界の住人たちのように。
殺し合うことが世界の全てであるかのように。
殺し合うことだけが救いであるように。
――023649番は称号【殺意に呑まれし者】を獲得しました
――028432番の魂が023649番へと吸収されます
欲しいもの。欲しいものがあったんだ。どうしてもそれが欲しくて。最強へと至るための、それはただの道だったはずなのに。気が付けば、殺し合うことが全てになっている。殺意が、僕をそちらに引き込む。
僕が欲しかったものは、もっと別の……
――戦闘後結果を精算
――未消化の魂を一個確認
――スキルの取得を開始
――スキルは魂源衝動より自動的に選ばれます
殺意と夢がせめぎ合い、願望の形を歪める。
――スキル『分割思考』を習得しました
その瞬間、身体の奥底で何かがピシリッと音を立てた。
――023649番の魂の超過吸収が危険域を超えたことにより、魂の自己崩壊が始まりました
無理矢理組み込まれた力により溢れた器にはヒビが入り、崩壊の音が鳴り始める。
この感覚には覚えがある。いつだったか感じた恐ろしい終わりの気配。
嫌、嫌だ。
でも、酷使し過ぎた身体は一切動かず、声すらも出せない。
――崩壊に合わせて進化行程を実行、崩壊した魂を素体として新たな器を創造します
崩壊は止まらず、けれどそこに変化が現れ始めた。壊れていく器の欠片が、新たに集い始めたのだ。
崩壊と共に始まる創造。
それは以前の状況と重なって、その先に待っている力の強化を予想させた。
――構築中……構築中……構築終了
――023649番の魂の位階上昇を確認、023649番の魂の進化を完了しました
――進化特典を清算
――魂源衝動の介入により称号【殺意に呑まれし者】よりスキル『威嚇』が派生しました
――スキル『威嚇』を習得しました
――魂源衝動の介入により称号【修羅道】の影響でスキル『加速思考』がスキル『高速思考』へと進化しました
――スキル『高速思考』を習得しました
――魂源衝動の介入により称号【修羅ど、ジ、ジジ―――ジィ――――
――魂源衝動への意識の逆侵入を確認
――魂源衝動の介入により称号【四大を極めし者】の影響でスキル『分割思考』がスキル『分裂思考』へと進化しました
――スキル『分裂思考』を習得しました
――全工程終了
――023649番の魂への強制干渉、意識を強制睡眠へ移行
―――――――――――――――――
神滅プロジェクト
028432番 年齢:17歳 性別:女 種族:魔人
スキル:『土魔法』『水魔法』『風魔法』『土魔法』『魔力強化』『魔力感知』『魔力操作』『闇魔法』『分割思考』『魔装甲』
称号:【四大を極めし者】【魔の泉】
願望:万能の魔法使い
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