007.戦闘実験No6
久しぶりにあの茜色の世界の夢を見た。
夕日に染まる一瞬にのみ繋がるあの濃密な生と死の世界。
何故か僕にだけ見える狭間の幻風景。
あの姉にすら推測しか許さなかったことからも、あれが尋常ではない場所だと理解できる。
あそこには倫理も道徳も存在しなくて、ただ殺し合う永遠だけがあった。
あの時はまだそれを願ったりはしていなかったけれど、今思えばきっとあの光景こそが僕の願いの根源だった。
◇◇◇
――対象、023649番
――記憶の封印を確認
――戦闘能力拘束解除
――意識、覚醒
――おはようございます
「うん、おはよー」
朧げに聞こえた声に対して、僕は寝ぼけた声で挨拶を返した。
目を擦りつつぼやけた視界で周りを確認すると、そこは真っ白な部屋の中心だった。
同じく真っ白なベッドの上に僕は寝かされている。
記憶に無い光景なのに違和感はなく、なぜか自分の部屋のように寛げている。
「ほわぁー」
欠伸をしつつ腕と背筋を伸ばして、ベッドから起き上がった。
誰かに声を掛けられたような気がしたけれど、周りには誰もいない。気のせいだったのかな?
そのまま身体を屈伸させたり回したりして、凝りをほぐす。どうも長い間眠っていたような硬さが身体に残っている。それと同時に頭はすごくすっきりとしているし、体調もこれ以上ないってくらい調子がいいから、長く眠っていたってのも強ち間違いでもないのかもしれない。
さて、これからどうしよう?
――行動目標、扉の先へ
「うん」
部屋の中を見回して見つけた扉に近づいて、そのまま扉を開いてその先へ。
「うん?」
また声が聞こえたような気がした。気のせいかな?
「まあいいや」
頭はすっきりしてて、体調が良くて、気分もいい。少しだけ昔に戻ったようで、そのせいか独り言がちょいちょい出てしまう。
「まあ昔のことなんて覚えてないけど」
言いながら、どうやら僕には記憶が無いらしいということを確認した。
困るけど、今はこの通路の先に何があるかのほうが気になる。
通路を進みながら自分を見る。
『火魔法』『風魔法』『魔力感知』『水魔法』『土魔法』『魔力操作』『精神異常耐性』『看破』『加速思考』。
スキルと呼ばれるそれらが、僕の目に映った。僕の中にある力たち。
これは擬似機械神デムファの加護によるものだ。
そんな神の名前は聞いたことも無いけど、これはきっと間違っていない。
「ま、いいか」
今はただ、この好奇心に身を任せればいい。
どうせそれだけしか出来ることは無いのだから。
木と鉄で出来た扉が見えた。
僕が扉の前に立つと、
――扉を開きます
声が聞こえて扉が開いた。
何を言っているのかまでは聞き取れない。たぶん、スキルか力のどちらかが足りていないんだと思う。
扉の先は、密林だった。
僕の国では見ない南国を思わせる生命力豊かな木々や草花が生い茂り、数メートル先までしか見渡せない。空も木々の葉が覆い隠しており、隙間から射す光だけが薄暗い密林内での照明となっている。
見回してみるけれど、獣道すら見つからない。背後に扉と壁が存在しなかったら、突然ワープでもしたのかと思っただろう。それほどにさっきの通路から景色が変わりすぎている。
違和感がある。いや、そもそも違和感しかないんだけどね。
そう思いつつ違和感の正体を考えると、すぐに思い至った。
「ああそっか。生き物の気配がしないんだ」
別に特別な力とかそういうので、生き物の居場所がわかったりしてる訳じゃない。そう言うスキルは持ってないから。この気配って言うのはつまり、虫だとか獣の鳴き声がしないってこと。
だから間違ってるかもしれないけど、この野生の宝庫みたいな密林の中で何の音もしないっていうのは、やっぱり違和感だと思う。
どうなんだろうなー。
――023649番の入室を確認
――012134番の入室を確認
――室内全域に特殊戦闘領域を展開
――戦闘、開始
カチリと何かが切り替わる。
敵がいる。殺さなければいけない敵がいる。
どこだ? 見えない。感じない。分からない。
でもいる。確かにいる。どこかにいる。どこにいる。
探せ。探して殺そう。殺せ。絶対に殺す。
地面に手をついて、大地へ魔力を流す。
「地表探査」
広範囲に向けて大地を依代に魔力を流していくと、前方に大地を踏みしめる動きを見つけた。それは迷うことなくこちらに近づいてきている。
思考が加速する。
方向はこちらへ一直線。足運びには確信がある。迷いの無い動き。身体の重みを感じさせる足運び。速さは一定でかなり速い。そして、とても強い。
接敵まで残り4秒。
前方に向けて風を生み出す。
「風刃」
風は刃となって木々を切り裂きその奥にある的へ突き進む。
木々が倒れる音が響き、されどその上から影が飛び掛かってきた。
加速した思考で認識したそれは、狼のような灰色の毛皮に覆われ、頭に三角の耳、手の爪は鋭く伸びた獣の特徴を持った人間だった。
その毛皮に傷は無く、風の刃が避けられたことは明白。空中で鋭い爪を構えたまま、こちらに向かって襲い来る。
加速した思考は周囲の動きを鮮明に、緩慢に認識させた。しかしそれは周囲だけに限らず、狼人間の動きに合わせるように動かした僕の右腕の動きをも制限する。
普段と比べて酷くゆっくりと上げられた右手に魔力を流す。
「風刃」
身動きの出来ない空中を狙って、風の刃を打ち出した。
不可視の刃が空を走り狼人間に刃が当たる直前、狼人間はその右腕を振り下ろした。加速した認識の中であって尚、その動きは鋭く早い。風の刃は狼人間の腕の毛皮を薄く切り裂くが、その爪から繰り出される一撃は同時に風の刃を四散させる。そして狼人間は僕との距離をさらに詰めると、残った左の爪を振るった。
その動きは目で追える速度、しかしそれはあくまで加速した認識の中での事で。
避け切れないと即座に分かった。けれどこの狼人間の爪は必殺の威力があることも明白。
なら、それよりも早く相手の命を奪わねば。
防ぐでもなく、避けるでもなく、相手を殺すための一撃を。相手の爪が僕の命に届くというなら、僕の攻撃も同じく相手の命に届くはず。
僕は上げたままの右腕に魔力を通す。
「火炎球」
圧縮した丸い炎の固まりが相手の身体を呑み込むのと、その爪が僕の身体に届くのはほぼ同時だった。
「ヴォァーーーーーッ!」
獣の叫びが木霊する。
痛みが右の肩口から袈裟懸けに走ると同時に、放った火炎球が爆発し、身体の前面を焼くと共に背後へと吹き飛ばした。
激しく地面に叩きつけられ、数度跳ねて転がり止まる。
呼吸がうまくできない。目が見えない。耳も爆発の影響で聞こえない。魔力を感知しようとするが、この相手には魔力はないようだ。
なら、
「ィーーーーっ」
身体と接する大地に魔力を通して地表探査を発動しようとしたのだけれど、焼かれた喉では言葉を発せず土魔法は不発に終わった。
どうやら繊細な魔力操作を必要とする魔法は、呪文を発しないとうまく発動できないみたいだ。
これでは相手の位置が分からない。
そもそも立つことすら怪しい。
なら次だ。
魔力を周囲の地面に通して土魔法を発動寸前で留める。そしてそのまま、自分の感覚を総動員してその時を待つ。
十秒が過ぎて、一分が過ぎて、時間の感覚が消え始めて、それでも変わらず。
一瞬をただ待ち続けた。
そして、首筋に何かを感じたその瞬間、その方向に向けて、地面から土の棘を突き出した。
首が数ミリ切り裂かれて、そこでそれは離れていった。
避けられたか、それとも当たったのか。
その答えはすぐに分かった。
――012134番の死亡を確認
――023649番の生存を確認
――戦闘終了
その瞬間、僕の中に渦巻いていた殺意の嵐がすぅーっと消えていった。
――012134番の魂が023649番へと吸収されます
何かが僕の内へと吸収されていく。
――戦闘後結果を精算
――未消化の魂を一個確認
――スキルの取得を開始
――スキルは魂源衝動より自動的に選ばれます
――スキル『気配察知』を習得しました
――全工程終了
――023649番の魂への強制干渉、意識を強制睡眠へ移行
「あ」
何かが僕の心の奥底から染み出してくる。
それは意識を黒く染め上げて、何もかもが急速に消え去った。
――023649番の記憶を封印します
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神滅プロジェクト
012134番 年齢:16歳 性別:男 種族:獣人
スキル:『身体強化』『気力操作』『体術』『狂獣化』『爪牙術』『五感強化』『暗視』
称号:【獣の心】【孤狼】
願望:人間からの乖離
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