002.戦闘実験No2

 僕の願いは絶対に叶わない。それでも僕は。


 ◇◇◇


 ――対象、023649番

 ――記憶の封印を確認

 ――戦闘能力拘束解除

 ――意識、覚醒


 ――おはようございます


 目を覚ましたその場所は、真っ白な部屋の中。

 その中心に置かれた真っ白なベッドの上。

 クラリと頭が揺れた。似たようなことを昔どこかで、見たような気がする。

 これと同じ景色で、同じ事を思って、同じように……


 ――行動目標、扉の先へ


 グワンと視界が揺れて、部屋の壁に設えられた白い扉が瞳に映る。


 あの先へ行かないと。


 僕はベッドから身体を投げ出して、扉へと向かった。

 扉の先には真っ白な一本道の通路。

 既視感がする。どこで感じたことだったか。

 いや、そんなことよりも僕は一体、誰?

 ノイズが混じる意識の片隅で、浮かんでは排除される思考に翻弄されながら、僕の身体は通路を進む。

 そして僕の目の前に、鉄と木で出来た重厚な扉が現れた。


 ――扉を開きます


 ああ、この先にあるのは。

 扉が開く瞬間、脳裏に見えたどこかの景色。

 薄茶色の乾いた地面へまばらに植えられた草木と小川と池。どこか人工的に自然を模した大きな部屋の中。


 けれど、せり上がった扉の先にあったのは、全く別の景色だった。

 波の音。白い砂浜と、松の木が並ぶ防風林。

 青く塗られた天井には、暑いくらい眩しい真夏の太陽の如き照明。

 部屋の中とは思えない、大がかりな環境がそこにはあった。

 既視感が薄れていく。唐突に訪れた違う景色が、記憶の断片を否定する。

 そうだ、きっとただの気のせいだ。


 ――023649番の入室を確認

 ――023612番の入室を確認

 ――室内全域に特殊戦闘領域を展開


 ふと視線を前にやると、部屋の反対側にある扉から誰かが出てきた。

 白い大き目のシャツと同じく白いハーフパンツを履いた誰か。

 まだ遠くて顔は確認できないが、歳は僕と同じくらいじゃないだろうか。


 なんだろう。なにか、また……


 ――戦闘、開始


 カチリと何かが切り替わる。

 胸の奥から明確な殺意が実像を伴い湧き上がってきた。


 あれは、敵だ。


 考えるよりも早く僕の身体は、走り出していた。

 白い砂浜が僕の足を取り、普段よりも速度は出ない。

 相手を見ると、相手はまだ扉の前から動いていない。

 相手はその場で、その左手を真横に振り抜いた。

 何かを振り払うように振り抜いた手の先には松の防風林。


 なにが?


 一瞬遅れて突風が僕の正面から襲い掛かってきた。

 巻き上がる細かな砂から腕で顔を覆うことで逃れた僕が、再度前方に視線を向けると相手から見て左側の離れた場所に生えた松の防風林が、ズタズタに切り裂かれていた。


 走り続けていた僕は顔が見える程に相手との距離を縮めていた。だから分かった。相手の表情が笑みを形作っていることを。

 あれが、意図して行った結果だということを。


 相手にはそういう能力があり、恐らくそれを初めて試したのだろう。

 そうでなければ敵を目の前にして、あのように明後日の方向へ試し打ちなんてしない。

 知っていても、戦闘で使う前に一度試してみたかったということ。


 端的に言って、それは脅威以外の何物でもない。あれが僕に向けられれば、僕は一瞬のうちに粉微塵となる。それが明確に分かる破壊痕だ。


 でも、僕に恐れはない。

 ううん、違う。恐れはあっても、塗り潰される。それが湧く度に、殺意によって上書きされる。

 だから僕は、一瞬でも止まることなく走り続けた。そのおかげで、相手はもう目と鼻の先。

 僕は拳を振り上げる。


 相手の顔が一瞬驚きに変わり、けれどすぐさま鋭い殺意を湛えた瞳となって、僕に向けて右手を振るった。来ると分かっていたから、僕は横に振られた腕を避けるように体勢を低くとる。思った通りに僕の頭上を突風が吹き抜けていく。思ったのと違ったのは、その風と足場の悪さに重心のズレが加わって、数歩分後ろに吹き飛ばされたということだ。


 アレが風を操って行ったことだとは分かっていたけど、間近で感じた風は先ほどよりもさらに強かったのだ。

 僕はゴロゴロと砂の上を転がった。勢いよく回ったせいで眩暈がする。でも、そこで休める時間など無い。追撃にもう一度突風が来れば、それでお終いとなってしまう。


 よろけながら立ち上がった僕は、相手に視線を向ける。すぐさま次が来ることを想定して動ける体勢で相手の挙動を見るが、相手からの追撃は来ない。

 相手は大して動いてもいないのに肩で息をしていた。顔色は蒼白。視線もふらふらと定まってはいない。

 出来ることは分かっても、そこにあるリスクは分かっていなかった。


 能力には代償がある。


 この敵は明らかに、何かを失っている。それはきっと暫くすれば回復していく。このままであれば、死ぬほどの事ではない。でも、短い時間で使い続ければどうなるかは分からない。このまま使えなくなるのか、意識を失うのか、命すら失うのか。


 殺せ。


 それがなんだというのか。不安は浮かび上がる端から消えていく。問題となるのは、動けなくなるというその一点。相手を殺せない可能性だけだ。


 僕は相手へと慎重に走り寄った。出来るだけ急いで近づきたい。でも、まだ眩暈の残る状態で全力の走りをすればコケて余計に時間を食う。そんな相反する二つの妥協点がその行動だった。

 相手の視線は未だゆらゆらと辺りを彷徨っていたけれど、自分のピンチには気付いているようだ。一瞬こちらに向けてピクリと右手が動いたが、そのまま振り抜かれることは無かった。代わりに腰を沈めて右手を振りかぶる。自滅が頭を過ぎったのだろう。


 近づくこちらに合わせて、右の拳で殴り掛かってきた。

 僕も同じように右腕を振り上げ、殴り掛かる。違うのは相手の拳が握られているのに対して、僕は掌を開いているということ。

 相手は殴り合いになると思っていることだろう。でも違う。この相手に能力があるように、僕にもそれはある。

 一度も使ったことは無い。けれど、それの使い方はすでに理解している。


 相手の拳が僕の顔に当たる瞬間、僕は相手の身体の手前に広げた掌を合わせると、能力を発動した。

 右手に力を流し込み、それを一気に現象へと昇華する。

 相手が風を生み出したように、僕は右手から炎を生み出した。


「ぎぎぇああああああああああ――――」


 燃え上がった炎は一気に相手を包み込み、その内側からは恐怖と激痛による絶叫が響き渡った。

 燃える燃える燃える。相手はそれでもなんとか、水を目指して波打ち際へと近づいていく。このままだと最悪、水辺へ辿り着いて消火されてしまう。僕は相手へと近づいてもう一度、最短距離で炎を放った。


 炎の射程はそれほど広くない。確実に当てるために至近距離まで近づいたのだけれど、一度目はそれが功を奏した。もしもう少し離れて使っていたら、無駄打ちになっていただろう。

 チリチリと髪の焼ける程近づいて、再度炎を放った瞬間、自分の中から何かが削れたのが分かった。


 一度目はノーリスクで打てて、二度目も何とか打てる。

 でも三度目は危険だと思っていた。

 違うのだ。二度目も命を削っている。


 本当のところは一度目に本来能力で使う力の全てを消費して、二度目で命を削っていき、三度目で削り切るのだ。思った以上に危ない能力。ある程度体力の残っている状態でなければ、二度目でも死ぬ可能性はあるみたい。

 幸いなことに、僕は二度目で死ぬことは無かった。でもきっと、今僕の顔は土気色をしていることだろう。視線もうまく定まらない。

 それでも……


 ――023612番の死亡を確認

 ――023649番の生存を確認

 ――戦闘終了


 終わったのだと、何となくわかった。心に満ちる殺意がすっと鳴りを潜める。


 ――023612番の魂が023649番へと吸収されます


 何かが僕の中に入ってくる。

 でも今の僕は、このゆらゆら揺れる視界を止めるのに必死だった。


 ――戦闘後結果を精算

 ――未消化の魂を一個確認

 ――スキルの取得を開始

 ――スキルは魂源衝動より自動的に選ばれます

 ――スキル『風魔法』を習得しました

 ――全工程終了

 ――023649番の意識を強制睡眠へ移行


 視界の揺れが止まらない。意識が朦朧とする。ああ、ダメだ。

 そして僕の意識は、闇に落ちた。


 ――023649番の記憶を封印します






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神滅プロジェクト

023612番 年齢:13歳 性別:女

スキル:『風魔法』

願望:過去への回帰

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