緑色のバケモノ
白兎
緑色のバケモノ
私が物心ついた頃には、既にそれは家の中にいた。緑色のバケモノ。
私には父と母がいて、兄弟はいない。三人で一軒家に住んでいる。父はスーツを着て会社へ行く。営業の仕事だ。母は近所のディスカウント・ドラッグストアで、パートタイムで働いている。平凡で、ありきたりな家庭だ。
私は今年から中学へ通い始め、高校受験を見据えて塾通いを余儀なくされた。そのため、部活は活動時間の少ない文化部を選択することとなった。もとより、私は運動が苦手で、運動部に入るつもりはなかったが、選択の余地が与えられない事には不満だった。父は厳格という程ではない。母は大らかな
初めて見たときは確か、四歳か五歳くらいだった。母にその事を話したが、怪訝な顔をされた。幼い子供には、そういうものが見える事もある。いつか、それも見えなくなるからと。それを本気で言っているようではなかった。怖がらせないために言ったのだ。父には話さない方がいいとだけ、付け加えた。そういう話は、言っても信じないからと。けれど、母だって信じてはいなかった。私の話しなんて、空想だと思っている。なぜ私だけ、緑色のバケモノが見えるのかは分からない。何か危害を加えるわけでもなく、何も食べず、何も飲まない。だから、排泄もしない。これは生き物ではないのだ。妖怪の類なのかと、それらの資料を漁ってみたが、そんな見た目の妖怪は存在しなかった。大きさは大型の犬くらい。
それは決して家から出てはこなかった。家の中にしかいない。何のためにここにいるのか。存在することに意味があるのか。私にしか見えない事に意味はあるのか。考えても無駄だった。見えるのは私だけで、その答えを誰も知らない。友人にも話してはいない。見えないモノを誰も信じることは出来ない。いつまで、あれは見えるのだろうか? 母が言ったように、いつか見えなくなる。幼い子供には見えることがある。それは、気休めだったと気付いた時には、虚しくなった。
どこか冷たいと思うこの家庭に、問題があると気付いた時にも、同じ虚しさが込み上げて来た。父と母の取り繕う笑顔も、穏やかさも、私の前で見せる偽りだと知った。いや、違う。知っていたんだ。幼い頃から父と母の違和感を知っていた。この二人には愛がないと。その二人から生まれた私は一体なんだ? 愛されていない。そう感じてからは、早くここを出たいと思った。
時は流れて、高校を卒業し、県外の企業へ就職した。やっと、あの家から出られた。引越しを済ませ、住み始めた初日に、緑色のバケモノはそこにいた。なぜ? あの家から出た事がないのに? この時、私は気付いた。
「ああ、これは、あたしだったんだ」
それは鏡に映った自分の姿だった。
緑色のバケモノ 白兎 @hakuto-i
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