第19話 切り裂きジャックの影

逆光に浮かび上がる切り裂きジャックらしき人物のシルエットを目撃した後、切り裂きジャック事件の容疑者の1人であるドクターモートンと遭遇し、強引に匂いを採取されるという恐怖というか、不気味な体験をした私は、その後、病院からセバスチャンに電話をかけて迎えに来てもら、無事に帰宅することができたのだった。


翌日、いつものように目覚めてふと気づいた。

これまで、こちらの世界で眠りにつくと現代世界で目を覚まし、現代世界で眠りにつくとこちらの世界で目を覚ますという繰り返しだったのに、昨日病院で寝てからも… 帰宅してから眠りについてからも… 私は、現代の東京に戻っていない。


どういうことだろう、まさか… 元の世界に戻れず、ずっとこっちにいなければならないとか、そういう状況になっているわけではないよね?


そんな不安が頭をよぎると、またズキンと頭が痛んだ。


その後、セバスチャンが用意してくれたアーリー・モーニング・ティをいただき、着替えて朝食を済ませると、和戸早雲くんが家を訪れてきた。


「あ、妹さん。おはようございます。体調は大丈夫ですか?」


和戸くんは、心配そうに体調を気遣ってくれた後に、昨日私と別行動になった後、ドクターモートンに聞き込みをしに行って大変な目にあったのだと、話してくれた。


「それで突然、匂いを採取されて… 恐怖を感じて、逃げ帰ってしまったんです。なので、事件についての詳しい話を訊けないままで…」


「実は、私も昨日の夜に偶然、ドクターモートンに会って、同じように濡れた脱脂綿で何か所か採取されて…」



「妹さんもですか? でも、無事で何よりです。あの男は、色々な意味でヤバいですから。五感が鋭くて、五感が満たされることに悦びを感じる体質なようで、肉体を切り刻んだり、叫び声を聞いたりすることで、性的興奮を覚えるのだと言っていましたから」


「それじゃあ、やっぱり… 彼が、切り裂きジャック?」


「それが… たしかに、アリバイはなく、動機はある。容疑者とされている人の中では最も怪しい人物だとは思うのですが… 彼が切り裂きジャックなのだとしたら、あまりにもその怪しさを隠そうとしないというか。本当に彼が犯人だったなら、もう少し疑われないように上手く嘘をついたり誤魔化そうとすると思うんですけど、そんな様子は一切見えまなくて」


「あまりにも犯人らしいから、逆に犯人じゃなそうってこと? もし、ドクターモートンがそこまで計算して行動している可能性はないかな?」


「疑われないように、敢えて疑わしいことをしているというんですか? まさか…」


「これまで、何人も殺害していながら、逮捕することができずにいる切り裂きジャックなんだから… 普通の殺人犯と同じには考えない方がいいと思う。あり得ないだろうことも、あり得るかもしれない。そのつもりでいないと、被害者はこれからも増え続けることになるんじゃないかな」


「そうですね… そして、それは同時に現代においても連続刺殺事件の被害者が起こり続けるということになります。防げるものなら、ここで犯人をつかまえて防ぎたいですからね」


「そうそう、和戸くんに聞きたかったんだけど… ちょっと、おかしなことになってない?」


「おかしなこと、ですか? 現状がおかしなことだらけで、心当たりだらけですが…」


「昨日の夜は、向こうの世界に戻った?」


「昨夜は、事件の整理や犯人の考察をしていて、実は寝ずにここに来てるんですけど… どうしてですか?」


「実は… 多分、昨日からだと思うんだけど、寝ても向こうの世界に戻らず、こっちで目覚めることが続いてて…」



「本当ですか? だとしたら、大変なことになりかねませんね。ちょっと早急にその辺を確かめておきます。妹さんに昨日のことを話したら、帰って寝るつもりだったんです。それで、向こうの世界にちゃんと戻れるかどうか確かめておきます」


「そうしたら、今日の夕方ごろにまたここに来てもらえる?」


「わかりました。それじゃあ、僕は一旦これで… 妹さんは、できるだけ外出は控えた方がよさそうですね。昨日見たという影が、本当に切り裂きジャックだったのだとすれば、顔を見られたと思って、妹さんを狙ってくるかもしれません。十分に警戒をしておかないと」


「うん、わかった。ありがとう」

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