第11話 2人のイケメン
和戸くんと話始めてどのくらいの時間が経っただろうか。向こうの世界とこっちの世界のこと、兄と和戸くんも私と同じようにその世界を行き来していること、そして、こちらの世界の明治日本で起きた重大事件が高確率で21世紀の日本でも起きているということ… どれも、この世界を体験する前に聞いていたらとてもじゃないけれど、信じることはできなかったと思う。それでも今は、何か大きなうねりに巻き込まれてしまっていることだけは理解した。
そして、この世界で和戸くんとお兄ちゃんが見た「東京崩壊の予知」、そして、兄がその事態を調査する最中に消息不明になっているという、話を聞くことができた。それは、行方不明になった兄の痕跡を何1つ掴めずにいた私と隆太郎くんにとって、貴、重な情報であることは間違いないと思う。
でも、このことをどのように説明すれば隆太郎くんに理解してもらえるのか… 説明の仕方がわからず、困惑していた。もう少し詳しくこの世界のことを理解して、どうして私たちだけは、この2つの世界を行き来できているのか… その理由を知れたら、実際に隆太郎くんをこっちに呼んぶことができるようになるかもしれない。きっとどれだけ説明しても信じてもらえないと思うけれど、実際に来ることができれば、説明の必要もなく理解してもれるだろう。
昔から頭が良く頼りになる隆太郎くんが、一緒に兄を探してくれることになれば、きっとこっちの世界でも消息不明になっている兄の行方を掴むことができるかもしれない。そう思うと、これまで少しも見えずにいた希望の光が、僅かながら見えた気がした。
「こっちの世界の日本で起きたことは、私たちのいる日本のいつ頃起きるの?」
「望月さんと調査したところ、約1か月後に起こることが多かったです。ただ、これまでのケースでは高確率で起こるけれど、100%ではない。それに…」
和戸くんは、そこまで言いかけて言葉を飲んだ。
「それに… どうしたの?」
「いえ、その辺も含めて望月さんが調査してくれてるはずです。詳しいことがわかるまで、僕たちは大人しく待ちましょう」
「…………」
「脅かすようなことを言ってしまいましたが、実際にこれまで既に何度かこちらで知った重大事件を未然に防ぐことに成功してるんです。望月さんの指示通りに動けば、きっと今回も上手く回避できるはずです。望月さんが、お嬢さんのサポートをするように僕に指示をしたということは、それが何か重要なことに繋がる可能性があるのかもしれない。だから、妹さんはあまり神経質にならず、今まで通り過ごしていてください」
これまでずっと、素直で誠実に受け答えしてくれていた和戸くんが言葉を濁した。そのことが、若干気になった。もしかしたら、何か重要なことを私に隠しているのかもしれない… 兄に何か困難が起きてる? それとも、私に何か危険が迫ってる? それとも、私が何かを解決する鍵になってる? わからないけれど、兄が和戸くんを私のサポートに付けたということは、きっと私の身にも重大な何かが迫っている予感がしていた。
話が一区切りしたところで、ゲストルームのドアがノックされた。
「どうぞ」
話に夢中になっていたため、口を付けずにいたティーカップを手に持ち、冷めた紅茶で喉を潤わせながら私は言った。
「お嬢様、レストレード警部が相談にお見えです」
「もう、そんな時間なのね。ありがとう。こちらに来てもらって」
「ですが… まだお客様が」
「あぁ、ワトソンくんなら居てもらって問題ないわ。彼にはこれから私の助手をしてもらうことになったの」
「彼に、探偵の助手をですか…?」
「そう」
「助手でしたら、私が…」
「そういう訳にはいかないでしょ。セバスチャンは家の事で毎日遅くまで働いてもらってるのに、探偵業務まで手伝ってもらったら、寝る時間がなくなるじゃない」
「いえ、私はそれでも構いませんが… ですが、どうしても専属の助手が必要ということでしたら、優秀で信用のできる人物を私が厳選して…」
「ううん、彼にお願いしたいの」
「き、昨日今日会ったばかりの方をそんなすぐに信用されてしまうのは、如何なものかと… お嬢様にもしものことがあったら、私は…」
困惑した様子で話すセバスチャンだったけれど、時折和戸くんに向ける視線が鋭く冷たい…。事情を説明できれば、セバスチャンならすぐに理解してくれるのだろうけれど、それができないからもどかしい。いつも、私の意見を最優先にしてくれるのに、時々過保護になり過ぎてしまうと思うときがある。
「いつもは、こんな軽率な行動をしたりしない方なのに… 何か事情があるのでしょうか」
うんうん、さすがはセバスチャン。鋭い… それでも頑なにセバスチャンの要求を拒み続けると、ようやく折れてくれた。
「それでは、せめて… 彼にはもう少し身綺麗ににしていただきます。仮にもお嬢様の助手を務める者が、そのような薄汚い恰好をされていたら、お嬢様やエヴァンスハム家の威厳にかかわりますので」
それでも、かなり不満そうに渋々承諾し、セバスチャンは和戸くんを連れ出して行った。そして、10分と経たずに戻って来た彼は、まるで小説に出てくる名探偵の助手のような、こざっぱりとした恰好になって戻って来た。
「似合うじゃない、ワトソンくん」
「こっちの世界で、こんな綺麗な服を着るのは… 初めてですね」
浅草の探偵事務所で、制服姿の和戸くんを見てはいたけれど、先ほどまでの服装と髪形からのギャップもあり、思わず私は心を掴まれかけてしまった。
これまで好きになった男性は、年上が多かった。美青年に目がなく、一方的な片思いが多かったけれど、私が好きになる男性は決まってお金にだらしなかったり、女にだらしなかったり、性格がねじ曲がっていたりと… 結果的に後悔して失恋に至ることがほとんどだった。
年下の男の子か… う~ん…
などと、想いに耽っていると、ドアがノックされてレストレード警部が入って来た。
「これはこれは、名探偵。その後、体調は如何ですかな?」
「ご心配、ありがとうございます。今日はそこまで頭痛も酷くないですね。普通な感じです。警部はお元気そうですね」
「いやいや、連日の捜査でずっと寝不足ですよ。それもこれも、例の連続殺人鬼のせいでね」
「切り裂きジャックですか…」
「早いところなんとかしないと、世間の声も厳しい物になってきてるので」
「新聞で公表されてる限りでは、もう5人目でしたか?」
「そうですね。ところで、そちらの方は?」
上機嫌に話をしていたレストレード警部が、私の隣に立っている和戸くんを見て尋ねた。
「初めまして、ジョン・S・ワトソンと言います。ヒカリ・エヴァンスハムさんの助手をさせて頂くことになりました。以後、お見知りおきを」
「スコットランドヤードのレストレードだ。よろしく」
望月ひかりの人生には、顔はよくても中身に問題を抱えている男性がほとんどだった。そもそも、イケメンと言ってもこちらで出会うイケメンたちと比べてしまうと1ランクも2ランクも3ランクも違う。こちらの世界に来て、本当のイケメンたちと触れ合う機会が増えたとはいえ、そんなイケメン同士の触れ合いは、お目にかかれていなかった。セバスチャンは同姓に対して当たりが厳しいところがあり、神父様とも警部とも必要最低限の会話しかしていなかった。
こうして、レストレード警部と和戸くんがガッシリと握手を交わして目線を合わせている様子を見ていると、大好きな美青年を単体で見ているとき以上の不思議な興奮を覚えたのだった。
「それでは早速だけど、本題に移らせてもらっていいかな?」
ここで私は、ようやく現実に引き戻された。ヒカリ・エヴァンスハムはミステリー小説好きな推理おたくで、これまで何度も難事件を解決に導いてきた実績がある。それに対して、望月ひかりはただの素人探偵である兄を持つ学生でしかないのだった。
警部から切り裂きジャック事件についての詳しい説明を受けても、まったくもってチンプンカンプン。事件で忙しく寝不足な状態なのに、わざわざ時間を割いて来てもらったのが気の毒に思えてきた。
それに対して、和戸くんは真剣に警部の話を聞いて、几帳面にメモまでしている。これは成り行き上助手になってもらっただけだったけれど、推理や捜査は和戸くんにお願いした方がいいかもしれない…
そう思いながら、気の利くセバスチャンが入れ替えてくれた紅茶を口に含むと、その上品な香りについニコリと微笑んでしまった。
「おお、さすがは名探偵。もう事件の真相に辿り着いたんですかな?」
「…え?」
「今、微笑んだでしょう。決まって犯人に繋がる糸口をつかんだときに見せる微笑みを」
困った… 話を聞いていなかったとは言い出せない雰囲気だった。
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