第17話 法医学医、ウィリアム・モートン

探偵、望月拓海さんの妹さんの症状は、思っていたよりも良くなかったらしく… 妹さんは、しばらく休んでから帰ることになったらしい。それで、僕1人で次に聞き込みをする予定になっていたドクターモートンの所へ行って欲しいという伝言を聞き、法医学解剖室のある病棟へと向かっていた。



ドクターモートンは、現在被害者の解剖中らしく、看護師から解剖室の近くで待っていて欲しいと伝言を伝えられ、そこでしばらく待つことになった。


ふと、気が抜けて疲労がどっと押し寄せてきた。


思えば、ここ数か月… 激動の毎日を送っている。見ている夢の中に未来を予知するヒントが隠されていると知ったときは、都市伝説が大好きだったこともあり、正直胸が躍っていた。、その手の情報はこれまでも積極的に収集していたけど、まさか自分がそれを発信する側になれるなんて、夢のようだった。



まだ、確実な法則は掴めていないけれど、こちらの世界で起きた重大な事件や事故のいくつかが、後に現代でも発生するという現象は間違いない。となると、僕の知る被害者の数を越えているこの切り裂きジャック事件は、おそらく現代でも類似するなんらかの形で犯行が起こると予知できるのだった。


そして、そしてその凶悪犯である可能性のある容疑者の1人がこれから会おうとしている法医学医のモートンだ。


彼の一挙手一投足に注意を張り巡らせて、怪しいところはないか… 何か嘘の証言をしたりしていないか… 見逃さないようにしなければならい。



「やあやあ、お待たせ。名探偵… くん? おや、聞いていた話では、巷で話題のお嬢様探偵が話を聞きたいという事だった気がするんだけど… 僕の聞き間違いだったかな?」


法医学医のドクター、ウィリアム・モートンは、怪しげな雰囲気を感じさせるドクターだった。コーヒー片手にゆっくり歩いて来たところを見ると、待たせたことを申し訳ないなんて微塵も思っていないだろう。


薄気味悪くも見えるその笑えは、魔性の魅力を秘めているようにも感じた。



「初めまして、僕はヒカリ・エヴァンスハムの助手をしているジョン・S・ワトソンと言います。彼女は体調を崩してしまったので、代理で話を聞きに来ました」


「助手くんか。なるほど… そういうことね。理解したよ。僕は法医学医のウィリアム・モートンだ。知った上で来ているとは思うけれど、よろしく。くんくん」


そう言ってモートンは、僕の首筋の匂いを嗅ぎ始めた。


「くんくんくん…」


「あの… 何か?」


「キミ、いい匂いをしてるね」


「は?」


「いい匂いだ。匂い物質は鼻腔最上部の嗅上皮と呼ばれる特別な粘膜に溶け込み感知される。すると、嗅上皮にある嗅細胞が電気信号を発生して、電気信号が嗅神経、嗅球、大脳辺縁系へと伝達し、匂い感覚が起きる」



「えっと、あの…」


「香りを嗅ぐことで、脳の中枢部にある大脳辺縁系が匂いの情報を判断し、感情や記憶を呼び起こし、香りの情報は、内分泌系や自律神経系を司る視床下部や下垂体にも伝わるため、フェロモンの分泌が促進される。つまり、匂いで人のフェロモンは自動的に分泌されるんだ。本人の意志に関わらずね」


「はぁ…」


「キミの匂い、取らせてもらうよ」


ドクターモートンは、そう言うと湿った綿をピンセットで摘まむと、首筋やうなじを拭って匂いを採取した。


「くんくんくん… ん~ 最高だ…」


和戸は、そんな不気味なモートンを見て身震いをしていた。もう聞き込みどころではなく、一刻も早くこの場を立ち去りたい衝動に駆られた。しかし、目の前の男が、人間の皮を被った極悪人である可能性を思い出し、彼の言動に隠された嘘を見逃すまいと気を引き締めた。



「ドクター、そんなことより話を聞かせてもらえないですか?」


「…話? あぁ、この前の刺殺事件についてだったかな。あれは実に羨ましかったね」


「羨ましい…?」


「そうさ。麻酔を打たずに人間を切り刻むことは、医師免許を持っていても許されないからね」


「それはつまり… 人を切り刻んでみたいという衝動があるということですか?」


「まぁ、正解とも言えるけど、正確ではないかな。僕は人よりも五感が優れているらしくてね。人間の感情には興味ないけど、視覚、味覚、嗅覚、聴覚、触覚を通してのみ、快感を覚えるんだ」


「すみません、仰っている意図がよくわからないのですが…」


「キミは、人を切ったことがあるかな?」


「いえ…」


「人の皮膚や肉を切った時の触覚はたまらなく心地良く感じてね。それで僕は合法的に人を切ることが許される医者になった。その中でも、僕は人の内臓に視覚的な美しさを感じる。だから、好きなだけ解剖が許される法医学医になった。その際に漂ってくる匂いに関しては性的興奮させ覚える。ただ… 聴覚だけは、どうしても満たされない」



「叫び声を聞くことができないから…」


「そう、死体か麻酔で痛みを感じない状態になった人間でないと切ることは許されていないからね」


彼が切り裂きジャックだったとしたら、聞き込みで尋ねた質問に対して、巧みに犯行に繋がる動機や証拠を嘘で包み込むだろうと思って、一挙手一投足を見逃すまいと気負ってここに来ていた。ところが、ドクターモートンは、殺意や特殊な性癖を隠すことなく堂々とそれを語っている。ドクターの真意がつかめず、困惑していると…


「キミの声と匂いは、興奮に値するいいものだったからね。少し余計なことまで話してしまったかもしれない」


冗談とは思えない不気味な笑みに、背筋が凍りついた…


「キミの内臓の色や形も見てみたいし、味見もしてみたい。もし、キミが切り裂きジャックに殺されたなら、すぐに僕が解剖してあげられるのに…」


そう言って、ドクターがメスを片手に持ったのを見て、僕は事件当時の話をきちんと聞く前に慌ててその場を立ち去ってしまった。

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