第15話 もう1人の容疑者

神父様に事件当日の聞き込みをし終えた私は、和戸くんと一緒に一度、屋敷に戻ることにした。戻るとすぐにセバスチャンが神父の所へ行ったと聞いて心配していたのだと言って駆け寄って来た。そして、話したいことがあるから、少し時間を欲しいと言われて私たちは客間で話すことになった。


「丁度よかったです。僕も執事さんにお訊きしなければならないことがあったので…」

「そうですか、やはりご存じでしたか」


セバスチャンは、ソファに並んで座る私と和戸くんの向かいに神妙な面持ちで座り、深刻そうな様子で口を開いた。


「実は、レストレード警部から依頼を受けた切り裂きジャック事件のことで、お話しておきたいことがありまして…」

「どうしたの? 何か、気付いたことでもあるの? もしかして、心当たりが!?」


優秀なセバスチャンだったら、警察から提供された情報を見聞きしただけで、絞り込まれた容疑者の中から犯人を見つけ出しても不思議ではなかった。犯人解明に近づける自信のなかった私は、そんな淡い期待をしかけたけれど、残念ながらそうではなかった。


「レストレード警部から、切り裂きジャックの6人目の被害者が死んだと思われる、死亡推定時刻は2時から3時半の間で… その時間に犯行現場近くに出入りしていたのは被害者含めて5人だと考えられているそうですが…」

「うん…」

「実は、その時間帯に現場近くには、もう1人人がいたんです…」


それを聞いて驚き、ふと和戸くんに目をやると、和戸くんはそのことを知っていたのか、特に驚きの反応は見せていなかった。


「それは… 誰なの?」

「……私です」

「セバスチャンが!? どうして…?」

「私事の話で、お嬢様の貴重なお時間を奪ってしまい恐縮ですが…」


セバスチャンは、申し訳なさそうに目をつぶり、意を決すると私の目をじっと見ながら話し始めた。


「その日、私は… お屋敷勤めを終えた後、教会へ行ってお祈りをしていました。日曜日以外に胸囲会行くことは、滅多にありませんが、最近、お嬢様の頭痛が悪化しているようだったので心配だったので…」

「そんなことをしてくれてたの…? ありがとう、セバスチャン」


私が過去に好きだった男性が、私のために神社にお参りに行ってくれたことなんて無かったし、仮にあったとしても恩着せがましくそのことを私に言って、お金か物か、何かしらの要求を伝えてくるのが定番だった。それなのにセバスチャンは、こんな事態になるまで、言わずにいたなんて… と感激をして感謝の気持ちを伝えたのだけれど、セバスチャンは首を振って言った。


「私が勝手にやっていたことですから、感謝の言葉なんて勿体ないです」


その言葉を聞いて、セバスチャンはどこまで私の喜びを心得ているのだろうかと思うくらい、胸が躍っていた私だったけれど、状況が状況なので私はポーカーフェイスを維持して真面目な顔で話を聞き続けた。


「日常業務の後に向かったので、教会へけたのが夜更け頃になってしまったのですが、神父に頼んで礼拝堂の鍵を開けておいてもらい、お祈りをしていました。そうしたら、しばらくして神父が来てくれて、いつものように憎まれ口の1つ2つを交わしていたのですが… そしたら、突然彼が苦しみ出したので、慌てて病院へ運び込んだのです」

「神父様を…? でも、神父様はその日、危篤の患者のお祈りをしに病院へ行ったと言ってたけど…」

「病院でお祈りをしていたのは、真実です。深夜に緊急で神父の診察をしてもらったのですが、その時に処方された痛み止めを飲んだら、症状が安定して… もう大丈夫だからと、私には帰るように言われて、自身は危篤の患者がいると聞いて、入院病棟へ向かって行ったんです。私は、帰っていいと言われましたが、神父の容態が心配だったので、様子を見に入院病棟に行ったんです。それで…」

「でも、それなら… 神父様はどうしてそのことを警察にも私にも言わなかったんだろ…」

「おそらく、これは私の推測ですが… 私に病院に連れて行ってもらったと証言すると、私にも容疑がかけられる可能性が高いのと、もしかしたら、病気のことを知られたくなかったのかもしれません。特にお嬢様には…」

「…………」


「その日、お嬢様のかかりつけのドクターが当直でいてくれたので、彼に聞いてもらえれば詳しい病状などはわかると思います」

「実は、レストレード警部から渡された資料にその話は記載されていませんでしたが… 警部から、伝えるかどうかは私に任せると言って、そのことを伝え聞いていました。身近で信用する人物に容疑者の1人と知ったらショックを受けて捜査に影響が出かねないからと…」


「そう… セバスチャンにも容疑が… それに、神父様がご病気だったなんて… 知らなかった」

「私は、ただ付き添いで病院へ行っただけだったので、お伝えする必要はないかと思っていたのですが… まさかこんな事態になっているとは思わず… 報告が遅くなってしまい、申し訳ございません」

「でも、これでまた1つ。この事件を解決しないといけない理由が増えたね…」


和戸くんは、深く頷いて手帳をペラペラとめくり始めた。


「となると、他に容疑者は3人… ドクターが2人にギャング組織の人間が1人ですね。その中に犯人がいるのかもしれません。話を聞きに行くのなら、慎重に向かいましょう」

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