小噺

いつかの話

「ごめんくださぁい!」


 甲高い声に首を傾げて、寺の正門まで出て行く。

 すると門前にいたのは、幼い子どもの二人組だった。

 小さな手を固く繋いで、門の手前で待っている。

 俺は子どもの前まで行くと、しゃがみこんで目線を合わせた。


「おお、どうした。おつかいか?」

「えっと、ここにくれば、お薬がもらえるって聞いて」

「そうかそうか。えらいな」


 ぐりぐりと両手でそれぞれの頭をなでくり回す。

 小さな頭はされるがままにぐらぐらと揺れた。


「中で話聞くから、おいで」

「あ、えっと……でも……」


 もじもじと子どもは顔を見合わせた。

 不安げな様子に、なるべく優しく微笑んでみせる。


「ここは大丈夫だ。ほら」


 門の内側から、手を差し伸べる。子どもはもう一度顔を見合わせて、おそるおそる手を伸ばす。

 その手が門の境界を越えたところで、俺は二人の手を取って中に引き入れる。


「な? 大丈夫だったろ」


 笑いかけると、二人はぱちぱちと目を瞬かせ、同時に笑った。


 

 二人を本堂に招き入れると、俺は茶と羊羹を用意して、それぞれの前に置いた。


「名前は言えるか?」

りん

しん


 二人の顔はよく似ていて、くりくりとした丸い目が特徴的だった。

 琳と名乗った方はわらわ、信と名乗った方はわらわのようだった。


「そうか、琳と信だな。俺は清正という。薬を貰いに来たと言ったが、必要なのは誰だ?」

「おかあさん」

「怪我したか? 病気か?」

「病気……だと、思う」


 交互に答えて、二人の顔が暗くなる。

 だと思う。ということは、熱や嘔吐などのはっきりした症状ではないということだ。

 だからここに来た。


「どんな症状だ?」

「えっとね、お耳が、聞こえなくなっちゃったの」

「お耳に苔が生えちゃったの」

「苔?」

「ほんとうだよ!」

「うそじゃないよ、苔なの! とってもとってもなくならないの!」


 つい聞き返した俺に、疑われたと不安になったのだろう。

 半泣きで言い募る二人に、俺は慌てて謝った。


「ごめんな、嘘だなんて思ってない。耳が苔で埋まって、音が聞こえなくなっちゃったんだな?」


 二人が同時に頷く。その症状には心当たりがある。薬の材料も在庫があるはずだ。


「大変だったな、もう大丈夫だ。薬を用意してくるから、羊羹それでも食べて待ってろ」


 再び頷いた二人を残して、俺は薬草倉へ急ぐ。子どもをあまり待たせるものではない。

 

 手早く準備をして戻ると、羊羹を食べ終えたらしい二人は、少しばかり

 その姿に苦笑して、俺は少し手前に戻って、大きく咳払いをしてからわざと足音をしっかりと立てて歩き、本堂の中へと入っていった。


「琳、信、待たせたな」


 声をかけると、二人はびしっと背中を伸ばして待っていた。

 思わず笑みが零れそうになったが、顔の筋肉に力を入れて耐える。


「これが薬だ」


 俺は貝の蓋を開けて、二人に中身を見せた。


「この軟膏を耳に塗り込んでやるといい。そうすれば苔は取れる」

「ほんとう?」

「ああ。奥まで詰まっているように見えるが、手前の大部分が取れれば、奥もじきに乾いて取れるはずだ。暫くしてもなくならないようなら、今度は本人を連れてくるといい」

「また診てくれる?」

「もちろん」


 大事そうに薬を持って笑った二人を、俺は微笑ましい気持ちで眺めていた。


「あ、そうだ! お代」


 琳が声を上げて、ごそごそと袖から何かを取り出し、俺の前に置いた。

 

「こ、これで、足りる?」


 俺は置かれたを眺めてから、ちらりと二人の顔を見た。

 ひどく緊張した顔に、苦笑する。


「十分だ。まいど」


 受け取った俺に、二人はほっとしたように顔を見合わせた。


 

「先生、ありがとー!」

「ありがとー!」

「おー、気をつけろよー」


 ひらひらと手を振って、門から出て行く二人を見送る。

 今日は随分と可愛い客だった、とほっこりした気持ちで戻ろうとすると。


きよー!」

「おお、さね


 階段を上がってきたさねが、後ろを気にした風に振り返りながら門を潜ってきた。


「今子狸とすれ違ったんだけど。あれ何? 寺から出てこなかった?」

「ああ、会ったのか。客だよ。可愛かったろ」

「客ぅ?」


 怪訝な顔で首を傾げたさねに、俺は機嫌よく笑ってみせる。


「人間以外も診るんだっけ?」

「診られる範囲でな」

「へー。それやっていいやつ?」

「あまり良くはない」

「やっぱり……」


 怪病治療師は、基本的に人間に対して起こった怪奇を治療する。

 つまり怪病治療師を頼ってくる人間というのは怪異に対して恐怖や嫌悪を抱いている可能性が高く、それを取り除く怪病治療師が怪異の類を大っぴらに受け入れているというのは外聞がよろしくない。

 だから同業者からは眉をひそめられるかもしれないが、こういうのはばれなければいいのだ、ばれなければ。ばれてもやめるつもりはないが。


「別に駄目という規則はない。じいちゃんも受け入れてたしな」

「ああ……そうか。それでこの結界」

「あのくらいなら可愛いもんだ。害もないしな」

「害はないかもしれないけど……人間の金、払えるのか? 物々交換とか?」

「代金はこれだ」


 俺が取り出したものを見て、さねは目を瞬かせた。


「……木の実」

「変化させ続けるだけの力はまだないんだろうなー。出された時は辛うじて金だったぞ。ちと古いやつだったが」

「いいのかそれで」

「餓鬼から金は取らん」

「どこぞの陰陽師に聞かせたいな……」


 あいつはびた一文まけないからな、と遠い目をする。

 金の払えない奴は客じゃない、とか言いそうだ。


「なんか狸は寺、狐は神社、って印象あるよな」

「ああ、そうかもしらんな。狐は稲荷神いなりのかみの使いとされるから、狐と仲の悪い狸は寺に来るんじゃないか」

「どこぞの狐も神社に行けばいいのに」

「あんなのは稲荷大明神いなりだいみょうじんも遠慮したいだろうよ……。それに狐が寺に無関係ってこともないぞ」

「そうなの?」

「稲荷大明神と荼枳尼天だきにてんを同一視する説もあるからな。荼枳尼天を祀っている寺は稲荷の名で呼ばれることもある」

「なら狐が来ることもある?」

「俺は診たことないがなぁ。その内来るかもしらんな。妖を診るところは限られるから」

「ふぅん……。でもきよは狸の方が好き?」


 よくわからん問いかけに、俺は首を傾げた。


「どっちがどうということはないが……まぁ狸は好きだぞ。可愛いだろ」

「可愛い内はいいけどさ。狸も、人を化かす妖だからな」

「なんだ急に」

「なーんとなく、狐は狡猾って印象あるから、皆気をつけるんだけどさ。狸は間抜け扱いされがちで、気を抜くんだよ。あいつらそうでもないからな?」

「やりあったことがあるような言い草だな……」


 こいつまさか狸に化かされたことがあるんだろうか。

 しらっとした顔の俺に、さねはきまりが悪そうに目を逸らした。


「別に、狸だからと油断したりはしねぇよ。今日のは子狸だったから甘めに見ただけで、成獣ならそれなりに警戒する」

「……きよ子どもに甘いからなぁ……」

「子は宝、って言うだろ」

「自分の子どもに甘くしなよ」

「聞こえんなぁ」


 はっはっは、と大きな声でごまかすと、さねが溜息を吐いた。


「人間の子どもと同じ感覚で接するなよ」

「変わらんよ」


 即答した俺を、さねが見つめる。


「変わらん」


 再度言い切った俺に、さねが目を細めた。


 ――変わらんよ。何も。



__________________________

これにて「明治怪病治療師」完結となります。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

続きは書籍でお楽しみください!

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