3.ゲートオブアイテムボックス

 近づくにつれて、徐々に音が鮮明に聞こえてくる。やはり誰かが戦っているようだ。


 丘を越えるとすぐに、武器を持った集団に囲まれる、一台の馬車が見えた。

 そして、その馬車を守るように立ち回る、二人の護衛らしき男女。


 私は少し観察して、それから近くの岩場に身を隠す。

 馬車を囲むのは、十数人くらいの集団。汚くて臭そうな身なりからして、たぶん盗賊だと思われる。


「ど、どうしよう」


 盗賊に襲われる馬車って、私TUEEEEするには最高のイベントなんだけど、私に出来るのかな?


 ここに来て急に冷静になってきた。


「これが賢者タイムか……」


 って、ダメだ弱気になるな!

 逃げちゃダメだ! 逃げちゃダメだ!

 出来るのかな、じゃない。

 強い気持ちでやるんだ!


 無理やり自分を鼓舞してみるが、あそこに割って入る勇気が出ない。


 岩影から顔を出して、再度戦況を確認する。盗賊の数は減っていて、護衛の二人は倒れていない。しかしその顔には、焦燥の色が見えた。いや顔は見えないから焦燥は想像だけれども。


「まずい、早くしないと……」


 私の使える手札を考える。

 一つ目に可愛さ。二つ目に頭脳。


「三つ目は…………はっ!」


 まてよ私には暫定、唯一の魔法、アイテムボックスがあるではないか!


 あとはこれを上手く使えば!


 思考を巡らせる。私の二つ目の手札、頭脳をフル回転させる。しかし何も思い浮かばない。


「くっ、だめだ……」


 岩に手をつき、項垂れる。


 …………ッ!


 と、その時。ふと閃いた。


「――これだッ!」


 これならイケるかもしれない!


 そして私は立ち上がった。




 ──────────




「くッ、こいつらかなり腕が立つ。それに何故、こんな街の近くに盗賊が……」


「知らないわよ。アンタの日頃の行いが悪いからじゃないの?」


「黙れッ! 僕はいついかなる時も紳士だッ! それに日頃の行いが悪いのは貴様だろう! クソビッチが!」


「なっ!? 露出狂のアンタには言われたくないわよ!」


 そう言い合うのは、マントを羽織り、短剣を扱う青年と、身の丈ほどの大剣を豪快に振り回す少女だった。


 短剣の青年は、目にもとまらぬ速さで相手を翻弄し、大剣の少女は、ひと薙ぎする度に敵を吹き飛ばす。


 だがしかし、次第に動きが鈍くなっていった。


「くっ、流石に数が多いな……」


「そうね。私もストックがないし、このままだとちょっと厳しいかも」


 それを聞いた盗賊のボスは高らかに笑った。


「がははは! 冒険者二人ごときに、ここまで殺られるとは思わなかったが……どうやらここまでのようだな!」


 危機的状況に、二人は顔を少し歪めた。

 短剣の青年は目線を盗賊に向けたまま、大剣の少女に問う。


「なあ、クソビッチ。枷を外す――構わないだろう?」


「構わないわよ。でも、わざわざ私に確認を取るなんて、珍しいこともあるのね。――雨でも降るのかしら?」


 そう言いながら大剣の少女が乾いた笑みを浮かべると、短剣の青年はニヤリと口の端を持ち上げ、羽織っているマントに手をかける。


 そして、取り払った。


 ――時が止まった。


 そう錯覚するほど、辺りは静寂に包まれる。


「しがらみから解放された、この僕に……死角はない」


 一本の短剣と一本の短小を携えた、裸体の青年がそこにはいた。


 理解を置き去りにしたその奇行に、誰も動けない。


 対して、短小の青年は動かない。


 その姿はまるで、この静寂を楽しんでいるかのようだった。


 そして数瞬。いち早く理解が追いついたのは、盗賊のボスだった。


「――ッ!? ぐわぁああ!?!? ろ、露出狂だッ!!」


 それを聞いて、盗賊等の止まっていた思考が動き出す。


「へ、変態だッ!」


「ヒッ! 裸族だ!!」


「ち、ちっさすぎる!!!」


「に、逃げろぉおおお!!!」


 次々に浴びせられる正論が、短小の青年に降りかかった。


「うるさい黙れッ! 僕は誇り高き裸族だ! 断じて、露出狂でも変態でもない!」


「とはいえこれで形勢逆転ね。行くわよ露出狂! 反撃開始よ――――あれ?」


 盗賊が正気を取り戻し、大剣の少女が反撃に出ようとした瞬間、地面に影が差した。


 それに気が付き、盗賊も、短小の青年も、大剣の少女も、足を止める。


 そして空を見上げた。


 それと同時に岩の雨が降った。




 ──────────




 岩を収納して盗賊の上に呼び出すことが出来れば、盗賊を倒せるのではないかと思い至った。


 そして足元に転がる石を収納して、自分の任意の場所に取り出せるか試す。

 何度か試して、おそらく自分の知覚できる範囲なら、どこにでも呼び出せることが分かった。


 戦闘を遠目で確認しつつ、岩を次々とアイテムボックスに収納していく。

 準備が完了すると、気付かれないギリギリのラインまで近づいた。チキンな私はさほど近づけなかった。


 あとは戦っている二人と馬車を巻き込まないように、岩を落とすだけだ。


 ある程度の高さから落とす必要があるかもしれない。そうなると、全員の動きに加えて、岩を呼び出してから落下するまでの時間を計算し予測することになる。


 それが計算して予測できたら未来視並だ。


 私の頭脳を持ってしても無理だ!


 馬車に乗っている人を守るためには、護衛の二人とも巻き込むしかない。


 私は決意を固め、息を呑む。


 そして岩を呼び出そうとした。


 その瞬間、護衛の一人がマントをはためかせ、取り払った。


 ――全員の動きが止まる。


 そして数瞬のあと、盗賊が二人から距離を取ろうとと動き出した。


 ――ッ!? い、今だ!!


「いっけぇええ! ゲートオブアイテムボックスぅうう!!」


 うん。やっぱり人生初の攻撃魔法はかっこいい名前がいいよね!


 そして岩の雨が降り、地響きを立てながら盗賊を蹂躙した。

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