9.パーティ
閃光が網膜を刺し、轟音が耳朶を打つ。
突風に倒れ、肌に焼けるような痛みを感じた。目を開けると、街が廃墟と化していた。
「おねえ、ちゃん」
先程まで手を握っていた姉の姿を探す。
すぐに瓦礫のそばに横たわる、赤黒く染まった姉を見つけ、駆け寄った。姉から流れ続ける赤黒い液体を止めようと、必死に手で押さえる。
自分ではどうすることも出来ないと、誰かに助けを求めようと叫ぶが、誰も来てはくれない。今度は抱えて運ぼうとして、それも出来ずに転ぶ。姉からこぼれる、温かなもので作られた水たまりに、ぱしゃりと倒れ込んだ。
温かい。温もりを感じた。
私の泣き叫ぶ声が、遠くに聞こえる。
それはいつまでも、止むことはなかった。
──────────
「うぅ……んっ」
安らかな温もりを感じて、目を開ける。
「知らない天井だ……」
まどろみ、頭が回らない。
なんだかいい香りがする。
ここは天国かもしれない。
「目が覚めたのね」
耳元でささやくような声がした。
そちらを向くと、赤い髪の女の子がいた。
「かわいい。寝顔もいいけど、やっぱりその真っ黒なひとみが見えるほうが、私は好き」
そう言いながら私の顔に触れてくる。
全肯定されるの気持ちいい。
なんだ。ここは天国か。
「この顔の傷ですら、貴女を際立たせる」
顔の傷ってなんのことだっけ。
ああ、私の頬のかっこいい傷痕か。
まあ褒められているなら、なんでもいい。
「貴女は初心だろうから私が教えてあげる」
教える? 勉強はきらいなんだけどなあ。
「安心して。私は夜の営みもS級並よ」
S級。こころおどる言葉の響き。
教えてもらおうかな。
「こういうのは心の距離を一番大切にしないといけないから、遠くから攻めるの」
遠く? 体の中心から遠い手足とかかな?
「まずはベッド……いいや、部屋の床から優しくナデナデするの」
遠くない?
それ、心の距離が遠のかない?
布団をめくって、赤い髪の女の子がベッドから降りて床に立つ。そして、その場で膝をついて座り込み、慣れた手つきで床を撫で始めた。
きれいなからだしてるなー、スタイルもいいなー、と思って私もベッドで身体を起こす。私の身体は薄く傷痕があり、まな板だ。
……にくい。この世界がにくいッ!
神がいるなら貧富の差をなくせよな!
怒りで睡魔が吹き飛ぶ。覚醒のときだ!
私はこの世界を変えて――
「新世界の神となる!」
世界に不満を訴えて宣戦布告をしていると、床を舐めていた女の子が顔を上げた。
「て、あれ、ミアさん。そんなところでなにを……」
あれ、私たち何で裸なんだろ。
あれ、さっきまで裸同士でベッドに……
「ぎ、ぎゃあああああああああ!」
「ど、どうしたのアイリ! 落ち着いて!」
「いやぁああ! 私のはじめてがああっ!」
わめいていると、部屋の扉が開く。
「どうした! なにがあったんだ!」
そこには金髪全裸のホルトさんがいやあああ!
「いやああああああああ!」
「なるほどな――いぃやっほおうい!」
私の叫びと共鳴するように、全裸のホルトさんが踊りだした。
さらにドタドタと部屋に人が集まってきたのを認識した瞬間、私は気を失った。
──────────
「うぅ……んっ」
まどろみから目が覚める。
「夢で見た、天井だ」
「目が覚めたのね」
声がしたほうに目を向けるとミアさんがいた。椅子に座って、湯気が立った温かそうな飲み物を口にしていた。
「私は、確か森にいて……」
オークと戦って、そうして気が付けば夢を見ていた。それから、目が覚めたと思ったらまた夢の中だった。
私とミアさんが裸でベッドを共にしていた。そのあとミアさんが床を舐めて、全裸のホルトさんが来て踊りだし、そこに何人かが駆けつけて来くる。
そんな訳の分からない夢。ミアさんも私も服を着ているので、夢に違いない。
ふふっ。我ながら面白い夢だな。私の想像力は、なかなかのものかもしれない。
「そうよ。貴方が森でオークの顔にめり込んでいた所を見つけて、それで助けて街まで戻ってきたってわけ。目が覚めて良かったわ」
見たところ異状もなくて一安心ね、と笑顔を向けてくるミアさん。
そうだった。オークと唇が重なり、そのまま顔がめり込んだんだ。わ、私の初めてが……い、いやいやあれはキスじゃない。ただ顔がめり込んだだけだ。うん。
「うっ……うげぇ……」
「とりあえずこれでも飲んで」
私は手渡された温かいお茶を飲む。
「ありがとうございます。助かりました」
ここはミアさんが泊まっている宿屋の一室らしい。この宿屋は一階で食事も提供しているのだとか。
ミアさんと軽食をとることになった。お昼はとっくに過ぎた時間だけれど、ミアさんもまだご飯を食べていないらしい。
「あとでギルドに行きましょう」
あのオークについて事情を聴取されるとのこと。すでにミアさんとホルトさんで話はしているから、一応本人からも聞くといった、軽いものだそうだ。
どうやら、あのオークは変異種だったようだ。通りでE級にしては強かったわけだ。
一階に降りると、いつかの目元に傷がある、獣人のおっさんがいた。他に客はいない。
テーブルに新聞紙のようなものを広げて読んでいる。私は気配を消して瞬時におっさんの背後に回った。
「もっふもっふ」
「っ!? なにしやがんだてめー!」
「尻尾が揺れていたので。すみません」
「……なんだ。イカれた嬢ちゃんか」
ため息を吐くおっさんに、ミアさんが近づいてきて食事を頼んでいる。どうやらこの宿屋兼、食事処である、アンナキュート亭の店主らしい。
パンとスープをちびちび口にしていると、店主が話しかけてきた。
「そのな、宿でそういうことをするなとは言わんし、3人でするのは間違っている、とも言わん。だが声は抑えてくれ。うちの娘はまだ小さいんだ。俺があの状況を見た娘に、説明するのがどれだけ大変だったか……」
「そうね。気を付けるわ」
ミアさんがそう言う。
なんだかよく分からないけれど、子育ては大変だという話だろうか。ちがうか。
店主は私にも目を向けてきた。
「イカれた嬢ちゃんも分かったか?」
「なんの話ですか。心当たりがありません」
「……叫び声がきこえたから部屋に行ったら、てめえら3人が裸でその、淫らなパーティをしてた話だ」
淫らな、パーティ?
……ま、まさかあれは!
あ、あの夢は現実だったのか!
「ししし、し、してないですよそんなこと」
いいいい言い訳を考えるんだ!
あわあわと、口をパクパクして目を泳がせる。気分は陸に上がった魚だ。知力も魚並みになったのか、何も考えられない……!
「あわわわわわわわわわ」
ていうか! ミアさんは! よく平気な顔でスープをすすっていられるな!
この件に関して何とも思っていないと、ひしひしと感じる!
慌てふためく自分が馬鹿みたいだ。
「あわわわわ――ふっ……」
私は一瞬で感情をゼロにして息を吐く。
店主もため息を吐いた。
場の空気を変えるような、元気な足音が店の奥から聞こえてきた。
「ぱぱー! ただいまー!」
「うおう! アンナ! おかえりー!」
かわいい獣人の女の子が店主に抱きつく。
店主の娘さんらしい。絵面が犯罪的だよ、とは口が裂けても言えない。ギリギリ父親と娘、と見えなくもない。
娘さんの後ろから奥さんらしき人も顔を覗かせていた。めっちゃ美人だ。アンナちゃんは母親に似てよかったね。
「いつもアンナはキュートでプリティだ!」
なるほどね。アンナキュート亭の名前の由来は店主の娘、アンナちゃんからきているのか。親バカだな。
「あ! おとなな、おねえちゃんたちだ!」
アンナちゃんが私とミアさんのことを見て目を輝かせている。とてとてと走って、私の元に来た。かわいいな。
「あたまがおかしいひとはねえ、ナデナデするとなおるんだよー」
よく分からないことを言って、頭を撫でてきた。悪い気はしないからお礼を言っておく。
「お姉ちゃん頭おかしくないよー。でもありがとうね!」
無垢な笑顔に、こちらも自然と笑みを浮かべていた。無償の愛を注ぎたい気分になってくる。
お礼にと、適当にアイテムボックスからお花を模した髪飾りを取り出す。それをアンナちゃんに着けてあげた。
私は誰かにものをあげるタイプではないけれど、子供の前だとタイプチェンジするらしい。
「おねえちゃん、ありがとお!」
にぱっと笑って抱きついてくる。
小さくて安っぽい髪飾りで、ここまで喜んでくれるなんて……心が満たされる。
急に子供が欲しくなってきたな。
妊娠と出産に育児の大変さなんて知らない今の私には、子供のいい所しか見えていないのだろう。そうと分かってはいる。
しかし、どんなことをされても許してしまいそうなほど、可愛いのは確かだ。
「さっき、ままとおかいものしててねー! みんなにおねえちゃんたちの、はだかのパーティはすごかったんだって、おはなししてきたの!」
わあ! やってくれたな! ガキ!
私は口をパクパクして白目を向いた。
許さん! 絶対にだ!
「おねえちゃん、へんなかおー! パクパクおもしろーい!」
きゃっきゃと笑うアンナちゃんは可愛かった。その笑顔に危うく許しそうになった。――すぐに許した。
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