10.この街に名を馳せる

 私はミアさんとホルトさんと一緒に、冒険者ギルドに向けて街を歩いている。

 そんな私達を見て、街の人がコソコソと話をしているのが分かる。私の優秀な聴力は、その内容を聞き取ることが出来ていた。


「おい、あれが噂の……」


「アンナちゃんとこで乱交パーティ……」


「美少女二人と……うらやましい……」


「ねえ、ままー。あれって――」


「しっ! 見ちゃいけません!」


 なぜだろうか。まるで目薬をさした時のように、視界がにじんでいる。しばらくすると、頬に水が伝うのを感じた。空を見上げてみるが、雨なんて降っていないのに……どうしてだろう。


「もうお嫁に行けない……」


 ていうか、なんでもうあの一件がここまで広まっているのだろう。比較対象はないけれど、おそらく大きめの街なはずなのに、明らかにおかしい情報の伝達速度。まるで田舎の村社会だ。


 横を見ると、珍しくちゃんと服を着ているホルトさんが口元に手を当てていた。何か考え事をしているようだ。


「やけにこちらを見てくるやつが多いな……これは脱ぐべきか、否か。判断に迷うな」


 迷うな! 答えはもちろん否だよ!


「考えるまでもなく、答えは否よ」


 ミアさんが呆れ顔をしてそう答えた。二人ともイカれているけれど、まだミアさんのほうがまともだよね。うん。


「みんな宿屋の一件に関して噂をしているみたいですね……広まるの早くないですか。しかも顔まで割れているのは、おかしい気がします」


 私はそう疑問を口にする。そうなのだ。アンナちゃんの影響で噂が広まったとして、なぜ顔まで割れているのか。おそらくこの異世界に写真なんてないはずなのに。


「ごめんねアイリ。この馬鹿が所かまわず裸になって、何回も衛兵の世話になってるから……」


「つまり元々、僕が有名人だったというわけだ。ふっ……やれやれ、人気者はつらいな」


 おいおいこいつ殴っていいかな。

 法律がなかったらイッてんぞ、こら!


「こんな人をよく街に野放しにしてますね。ここの衛兵は無能なんですか?」


「衛兵が無能なんじゃない。僕が有能なだけの話さ」


「なるほど、ポジティブですね」


 ホルトさんが顔を赤らめて、もじもじとしだした。


「あまり僕を褒めないでくれ。照れるだろう」


「褒めてないですよ! 殴りますよ!」


 ホルトさんが今度は頬を膨らませた。

 可愛くないぞ!


「アイリ、馬鹿は放っておいて行きましょ」


 そう言いながら、ミアさんが私の手を握ってくる。なんで恋人繋ぎなの?

 にぎにぎしてくるから振りほどこうとするが、恐ろしいほどの握力を発揮されて抵抗をやめる。私の腕が千切れても繋ぎ続ける、という意志を感じたからだ。勘違いであってほしい。こわい。


 後ろを振り返ると、ホルトさんはまだ頬を膨らませていた。ちょっとだけ可愛いかもしれない、と思った。




 ──────────




 しばらくして冒険者ギルドに着いた。

 ギルド職員に連れられて建物の一室に入り、あのオークに関して話をした。

 ギルドに入ってから部屋に入るまでの間、乱交パーティと冒険者達が噂をする声が耳に入り続けていたのは、きっと気のせいだと思う。


 ロビーに戻るとミアさんとホルトさんが近づいてきた。


「ねぇ、アイリ。しばらくの間、私達とパーティを組まない?」


「み、淫らなパーティはしませんよ」


「一緒に依頼を受けるパーティのことよ」


 なんだそっちか。動揺してしまった。

 先輩冒険者と一緒に行動が出来るのは魅力的かもしれない。変な二人だけれど、悪人には見えないから組むのもいいかもしれないなー。


「そのパーティのことでしたか。では、不束者ですが、よろしくお願いします。……ちなみに、淫らなパーティはしませんよ」


 念押しのためにそう言うと、ミアさんが目をそらした。おいっ!


「南の森の調査依頼が出ているから、明日からそれを受けましょう。今日はパーティの申請をして、ギルドの訓練場で軽く手合わせをお願い出来るかしら」


「ちなみに、淫らなパーティはしませんよ」


 目をそらされた。


「……分かりました。では、魔法双剣士の本気をお見せしますね」


 受付でパーティの申請をする。すぐに申請が下りて、無事にパーティが結成された。そこで二人がC級の冒険者だったことを知った。そういえばフロリアンもC級だったなー、と思い出す。思い出したくなかったな。


 三人で訓練場に向かう。

 ちらほら人がいたが、広く空いているスペースがあったので、そこを使うことにした。


「とりあえず、このサンドバッグに全力で攻撃してみて」


 ミアさんはホルトさんを指差す。


「え、いいんですか……?」


「ああ、全力でこい。僕は誇り高き裸族であると同時に、公言はしていないがマゾ族でもあるからな。裸族とマゾ族のハーフなんだ。耐久力にも自信がある」


 なんだマゾ族って。もしかして獣人族にエルフやドワーフ的な感じで、裸族とマゾ族も存在するってことかな。なんだこの異世界ファンタジー。


「そもそも服を着た状態でも、ある程度は魔力の流れを感じ取ることが出来る。つまりは攻撃を僕に当てることすら困難だ。心配するな」


 まるで服を着ることが枷であるかのような言い回しをする。まあ、それだけ自信があるなら全力でいかせてもらおうかな。


 私は背負った二本の片手剣(長剣はアイテムボックスを使わないと、長すぎて抜けないので装備するのをやめた)のうち、右手で片方を抜き構える。左手は背中のもう片方の剣の柄に添えた。


 すでに魔力での身体強化は終えている。運動能力の向上と、その速度についていけるように感覚、神経をも向上させていた。これで自分の速さについていけるはずだ。


「では、いきます」


 そう呟き、踏み込む。同時に左手の剣をアイテムボックスに収納した。

 一瞬で距離を潰し、右手の剣に魔力を込め、下から切り上げる。ホルトさんは予見していたかのように半歩、移動していた。


 その瞬間、私は収納していた剣を、左手に呼び出す。アイリ流抜刀術奥義、剣が遅れて現れるやつだ。しかし左手に呼び出し、突き出された剣は、ホルトさんを貫くことはなかった。


 腹部に強い衝撃が襲った。蹴りを食らったらしい。


「おっと……思わず反撃をしてしまったな。すまない」


 けほけほと咳き込む。痛い。


「……よく、私の奥義を避けられましたね」


「いやなに、踏み込みと同時に背中の剣が消えたのが分かったからな。警戒していただけだ」


 なるほど。アイテムボックス持ちだと悟られたくなくて、わざわざ剣を収納して呼び出したのが間違いだったようだ。背負った剣をそのままに、新たにアイテムボックスから別の剣を出すべきだった。……そうなると抜刀術と言い張れなくなるけど。


「それは私の抜刀術で消えたように見えただけですよ」


「なるほどな。なかなかの絶技だ。僕も本気を出させてもらう」


「いや、次は私が相手になるわ。サンドバッグは下がりなさい」


 そう言ってミアさんが大剣を手に取り、ブンブンと片手で素振りをしている。こわい。

 横目でホルトさんを見ると、頬をふくらませて不貞腐れていた。くせなのかな。ちょっとだけ可愛いぞ!


「模擬戦といきましょう。私はサンドバッグじゃないから、そのつもりでいてね」


 ミアさんの体格には不釣り合いなはずの、その大剣。私よりも背が高いとはいえ、私と年齢はさほど変わらないように見える少女。

 だがしかし、大剣を構える姿は不思議と様になっている。


「分かりました」


 ミアさんが大剣を腰だめに構えた。すると、その身体が、大剣が、淡く光を放ち、その赤い髪が、服が、ゆらゆらと揺れ動く。さらには大気さえ、震えていることに気が付いた。

 圧倒的で濃密な魔力が、徐々に大剣に集約されていくのが分かる。


 そして大剣を振り上げるのが分かった。そこは剣を振るうにはあまりにも遠い――遠すぎる間合い。しかし、何かがあると確信する。


 ミアさんは濃密な魔力を帯びた大剣を振り上げ、そのまま手放した。宙を舞う大剣を目で追った――追ってしまっていた。


 まずいと気付いた時には、すでにミアさんが私の懐に潜り込んだあとだった。


「ざんねん」


 その言葉と共に組み伏せられる。

 馬乗りになり、両手を押さえられていた。


「ねぇ、ホルト。この模擬戦の勝敗条件は、なんだったかしら?」


「ああ、そういえば決めていなかったな」


「あはは、そうよね」


 ホルトさんとよく分からないやり取りをしていたミアさんが、こちらを見て微笑んでいる。ま、まずい!


「み、淫らなパーティはしませんよ」


「あは、楽しい楽しいパーティの始まりよ」


 だめだ! おわった!

 会話のキャッチボールが苦手なタイプだ!


「ぎ、ぎぃやああああああああああ!」


 私の叫び声が響き渡る。


「ぎゃああ――んほぉおおおおおお!」


 その日、私達のパーティはこの街に名を馳せることになった。

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冒険者アイリ、ただいま参上! @inoukou

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