冒険者アイリ、ただいま参上!

祈右

1.普通の異世界転生者

 こんにちは! 私の名前はアイリ。どこにでもいる普通の異世界転生者だ。

 いつも通り高校へ行かずに引きこもっていたらあら不思議。突然部屋中が光り出して、魔法陣的なものが足元に浮かんだ。

 その瞬間、私の天才的な頭脳は、その異常な現象を正確に理解していた。


 こ、これは! 確実に召喚魔法陣だ!

 夢と希望にあふれた異世界転移!

 チート無双に逆ハーレムだ――ってね!


 そして激痛と共に意識を失った。


 気が付けば白い空間にいて、神様的なやつもいた。そいつに聞かされた話で私はキレ散らかした。

 曰く、異世界で勇者召喚の儀式があったらしい。それで地球からどんな優秀な人材が召喚されるのか見てみれば、ヒキニートの女子高生だったから慌てて召喚されないように君を殺したと。


 うんうんなるほど?

 私の自称天才的な頭脳でも、理解するのにかなりの時間を要したのは覚えている。

 そのあと全世界の引きこもりに喧嘩を売った神様的なやつにキレ散らかして、最終的に勇者召喚を行った世界に転生させてもらえることになった。

 女の子がキレたらどれほど恐ろしいか教えてあげた結果だ。

 それでどんな流れでそうなったのか詳しくは覚えていないけれど、晴れて異世界転生だと喜んだのは覚えている。


 そして気が付けば森の中にいた。

 空を見上げてみる。


「今日の空って、こんなに青かったんだ……」


 初めて目にする異世界の空と、久しぶりの屋外に感動で涙を流していると、ふと疑問が浮かんだ。

 異世界転生と聞いていたからてっきり赤ん坊スタートだと思っていたのに、どうやら成長した姿での転生らしい。

 赤ちゃんプレイをしなくて済むと思えばありがたい。あの神様も気を利かせてくれたみたいだ。


 心地よい風が全身の肌をなでる。視界の端で黒い髪が揺れた。前世と同じ黒髪。でもツヤがあまりないので要改善事項に追加だね。

 視線を下に向ける。肌は所々が泥か何かで汚れていて、傷や傷痕が目立つ。うん、泣きそうなんだけど。


「なんで転生そうそう傷だらけなの……治るよねこれ……」


 気が利かないどころか嫌がらせの域だ。いや、もはやそれすら超えている。

 ついでに視界には何とも慎ましい胸も映っていた。転生しても私は勝ち組にはなれなかったらしい。

 いや、まだ決めつけるのは良くない。この体が何歳なのかで、まだまだ成長の余地があるではないか。

 軽く腕や胸に触れてみる。肌ツヤは前世とさほど変わらない気がする。ということはまだ若いのかな。


「うんうん将来性に期待っと……あれ?」


 ふと違和感を覚えた。何かがおかしい。

 空を見上げてみる。そこには雲ひとつない青空が浮かんでいる。

 次に視線を下に向ける。私の身体が視界に映った。一糸まとわぬ自身のからだ……?


「――ッ! 全裸じゃねーかッ! おいッ!」


 おお、おうおうおうおうつおうつお落つつききたたまえわたし!


「あばばばば」


 うろたえ、慌ててうずくまりながら辺りを見回す。

 見えるのは木々ばかりで人はいない。セーフだ! セーフだよね!?


 あっぶねー! 転生そうそうに変質者になる所だった。あの神様やってくれたなクソが!


「ビークール! し、深呼吸だ!」


 何度も深呼吸を繰り返し精神を落ち着かせにかかる。

 脳内であまり姿を覚えていない神様をボコボコにしながら、しばらく吸って吐いてを繰り返す。メンタルの強い私は20分ほどで落ち着くことに成功した。


 そうだ。もしかしたらこの異世界では、裸が普通なのかもしれない。なるほどね。私はコナンくん並の推理力まで持ち合わせていたらしい。


「ふぅ……」


 気を取り直して現状の確認をしようと思い立つ。

 もう一度辺りを見回してみると、地面の一部が抉れていたり、木々には深い切り傷が刻まれ、なぎ倒され、さらには焼け焦げているものもあった。


「な、なるほどね」


 恐れおののき、思わず一歩後ずさる。

 すると足に何かが当たった。恐る恐る振り返って足元を見る。


「んー?」


 よくよく見ると人間サイズの人型の化け物が朽ちていた。ほんの少しだけ青みがかっていて、普通の生物ではないオーラをひしひしと感じる。足で触ってみるが、ピクリとも動かない。


「こんにちは! 私の名前はアイリ! あなたのお名前はなんですか!」


 返事がない。ただの屍のようだ。


「ふーん。なるほどね?」


 私が転生した世界は魔法のある世界で、人も何種族か存在し、さらには魔物も存在すると聞いていたことを思い出す。おそらくこの有り様は魔物によるものだろう、とあたりをつけてみる。

 となると、全裸少女の私が魔物とエンカウントしたらどうなるかは、天才でなくとも分かる。死だ。


 とんでもない場所に転生させてくれたものだ。初期装備も何もない状態でどうすればいいんだよ……


「いや、まてよ」


 異世界に転移や転生した創作物の中にはステータスが存在するものもあった。

 この異世界もゲーム的要素である、能力値や自身の状態が分かるステータスがあるかもしれない。

 そのステータスの情報の中には、この状況で役立つものもあるはずだ。そうに違いない。今日も私は冴えている!


 早速試してみよう。


「ステータス!」


 何も起こらない。言葉が足りないのかな。


「ステータスオープン!」


 何も起こらない。んー、もしかしたら気合いが足りていないのかもしれない。


「すてぇたあああすッ! うおプンぬッ!」


 何も起こらなかった。

 天を仰いで頭を振る。

 ふーむ、だめかー。だとすると何が足りないのだろう。

 腕を組み思案する。より深く、何が足りないのかを模索する。あらゆる可能性が浮かんでは沈んでゆく。そうして見えた一つの妙案。いや、これは真理なのかもしれない。


 なるほどね、足りなかったのはカッコ良さ……だったと。


 そうと分かれば話は早い。

 まずは咳払いをして喉の調子を整える。


「あーあー」


 発せられるクールでビューティな声。

 次にかっこいいポーズを記憶から呼び起こす。次々に浮かぶそれらから一つを選び取り、体にトレースする。脚を内股気味に少し開き、右手は下げ、左手を顔の前に、左脇を締める。イカしたポーズの完成だ。

 そして唱えた。


「ステータス! オォプンぬっ!」


 何も起こらない。静寂だけが辺りを包む。

 不意に風が吹き、ざわざわと木々を揺らすのが分かった。何故だろうか。それはまるで、こちらを嘲笑っているかのように思えてならない。感受性豊かな自分に思わず、ふふっと笑みが浮かんだ。


 思考を切り替えることにする。

 するとすぐに別の理由に思い当たった。


 ふふふ。ステータスを表示するプレートがあるパターンね。満ち足りている私が思うに、足りないのはステータスプレートだ。


 ステータスは一旦、後回しにしてと。

 そしてまた思考をめぐらせることにした。

 私の頭脳はすぐに別の異世界モノのテンプレートを思い出す。

 たしかアイテムボックスという、異空間に物を収納する魔法と、言語理解という現地人とコミュニケーションをとるための魔法が定番、だった気がする。

 今検証可能な魔法、アイテムボックスを試してみようかな。


 足元に目を向けて、転がっている人型の屍に触れた。そして異空間に収納するイメージをして唱えてみる。


「アイテムボックス」


 すると目の前の屍が消えた。成功だね!

 転生者特典なのかもしれない。これは神様を少し見直してもいいかもしれないな。少なくとも感謝は述べるべきだろう。


「ふぁっきゅー!」


 よし、とひとつ頷く。次に収納したものを取り出すイメージをしてみる。すると先程の屍が脳裏に浮かんだ。


「ん? なんだろう、これ」


 脳裏に先程の屍以外の物も数多く浮かぶ。

 まさかのまさか。神様はアイテムボックス内に色々と用意をしてくれていたらしい。


「あっ! 服もある!」


 早速取り出すイメージをすると手元にワンピースが現れた。これで全裸少女卒業だね!


 しかし異世界人裸説は立証ならず。

 私は名探偵にはなれなかった。かなしい。


 要らなそうな布を取り出して体を拭き、次々に必要そうな物を取り出して身につけていく。しばらくして異世界アイリが完成した。


 なんと言っても目を引くのは背中のロングソードが二振り。二刀流スタイルだ。

 二刀流で魔物をバッサバッサ切り倒して私TUEEEEからの逆ハーレムの未来が今、私には見えていた。

 あとは私TUEEEEするためには魔法も必要かなと思いをはせる。


 アイテムボックスはイメージで使えたわけだから魔法もいけるんじゃないかな。とりあえずイメージして唱えてみよう。


「ファイヤーボール」


 私の声に、世界は何も反応を示さない。

 なるほどね。何かが足りないパターン。


 私はあらゆる可能性を試し続ける。幾百、幾千と様々な魔法を唱え続けた。しかし現実はいつも非情だ。いつまで経っても私の想いに応えは返ってこない。


 私は日が暮れるまで叫び続けたが、魔法が発現することはなかった。

 目から出た、何か温かいものが頬を伝う。でも私は長女(ひとりっ子)だから泣いてなんかいない。……けれど、次女だったら泣いていたに違いなかった。

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