7.第一森人発見

 フロリアンに勝利した次の日。まだ日が昇らないうちに宿屋で目を覚まし、冒険者ギルドに寄ってからリプトンの南にある森に来ていた。

 ちなみに私が転生した山沿いの森は、リプトンの北側だった。そこには有益な薬草がないらしい。ついでに魔物もほとんどいないのだとか。


 だがしかし山頂付近には薬草の群生地があり、そこには竜種が生息しているという。

 竜種――そう、ドラゴンだ。


 竜種の等級は最低でもA。

 ネームドの賞金首になるとS級の怪物もいるらしい。それほどまでにドラゴンはこの世界でやばい存在みたいだ。


 同じ等級の冒険者と魔物は、おおよそ同じくらいの『強さ』を持っているとのこと。

 なので、S級の魔物を安全マージンを考慮して確実に討ち取るならば、同じ等級であるS級冒険者が数人は必要ということかもしれない。こわすぎる。


 私はS級の冒険者がいかに人外じみているのかを、理解していた。


 朝にギルドで聞いた話を思い返す。


 等級が一つ上がるごとに、『強さ』は5倍にも及ぶらしい。


 パーティが平均すると、5人ほど。

 なので例えば、平均的なC級のパーティと、平均的なB級の冒険者一人が、およそ同等ということになる訳だ。


 まあ実際に戦えば、パーティによる連携などを考えると、パーティ側に軍配が上がるのだとは思う。怖いからそう思いたい。

 一個人の強さがインフレしすぎだ。


 C級のフロリアンで考えてみるこにした。

 B級とフロリアン5人が同等。

 A級とフロリアン25人が同等。

 S級とフロリアン125人が同等。


 うぇ、なんか気持ち悪いなこの想像。

 恐怖より嫌悪感のほうがまさる。


 ということは、私がフロリアンより少し強いとすると、大体100アイリいれば、S級の冒険者や魔物と五分に戦えるってことだ。

 私より100倍強いなら、私が百人いても勝てる気しないけどね……


 話がそれてしまった。

 そんなわけで、怪物であるドラゴンさんがいる北の山に行っても意味がない。


 それに比べて今いる南の森は、浅い所は程々の魔物が出て、奥深くに進むほど魔物が強力になる、まさに冒険者向きな場所なのだ。


 昼間にもかかわらず、どこか薄暗い森の中を歩く。


「うぇ……」


 フロリアンで変な想像をしたせいか気分が悪い。血濡れのフロリアン125人が、私の脳内で「くくく」と笑っている幻想が……


 私は昨日のフロリアンのセリフを思い出す。

 VSフロリアンに勝利したあとのこと。


「くくく、気に入った……! 君は強い。私が教えられることはなさそうだ。君も直に『奥義、強制キッス』をマスター出来るだろう。……ああそれと、もし何かあれば、その時は私に声をかけてくれたまえ。力になろう」


 フロリアンは腹と口から血を流して微笑んでいた。恐怖を抱いた。


 今後、声をかける気も、もちろん強制キッスをマスターする気もないけれど、とりあえず頷いておいた。

 そうしたら血濡れの口が弧を描き、くくくと笑っていたのが印象的だった。


 ちなみに私の抜刀術で貫いた傷は、フロリアンの持っていたポーションで完治した。


 ポーションとは何と便利なものなんだろうと思ったけれど、私の手には届きそうにない値段だったので諦めることにした。


 でも万が一のことを考えると一つは持っておきたいし、お金が貯まったら買おうかなと思っている。


 まあその前にお金が貯まったら、防具を買わないとな。じゃないと、すぐに死んじゃいそうだし。


「はぁ……」


 ポーションと防具くらいアイテムボックスに入れといてほしかったよ。


 そんな低防御力の私は今、魔物を探している。そう、低防御力のくせに魔物を狩ろうとしているのだ。

 いや、最初は薬草でも採取しようかなと思ってたんだけど、見分けがつかなくて諦めた。


 ふむ、それにしても魔物に遭遇しないな。というより動物すら見かけない。本当に魔物なんているのかな?


 すでに森を通る道から外れて二時間は経っている。そろそろ遭遇してもいい頃合いだと思うんだけどな。


「――むむ?」


 するとその時、遠くにある木の根元に、体長1メートル程の緑色の魔物の姿が見えた。

 朝に冒険者ギルドで読んだ資料にあった、ゴブリンの情報と一致する。間違いない。


「ふふ、第一森人発見……!」


 数は一体。ゴブリン単体の等級はFだ。まあ、C級のフロリアンさんに勝てた私なら余裕でしょう。


 私は昨日の試合を思い出し、魔力を全身に巡らせる。感覚が冴え、体が軽くなるのを感じた。


 二本の長剣のうち片方を抜き、息を潜めてゴブリンに近づいていく。そして、その姿がはっきりと捉えられる位置まで近づいた。


 そのゴブリンは木にもたれて目をつむり、呼吸に合わせて肩を上下させていた。その傍らには太めの棍棒が転がっている。


 ちょっと、お昼寝って……なんて間抜けなゴブリンなんだ。さすが雑魚の代名詞。


「はあ、緊張して損した」


 よし、さっさと殺すか。


 私は歩いてゴブリンに近づき、剣を振り上げて魔力を込める。そして剣を振り下ろそうとした。――その時。


「ッ!」


 背後から複数の風きり音が聞こえ、とっさに横に跳ぶ。


 視界の端で、地面に刺さる4本の矢が見えた。


 ――クソッ、このゴブリンは囮!?


 転がり、そのままの勢いで立ち上がる。


 そして二の矢に備え、矢の飛んできた方向に視線を向け――真横から衝撃を受けた。


「ぐッ!?」


 とっさに差し込んだ左腕が嫌な音を立てる。


 その衝撃は、さっきまで寝ていたゴブリンによるものだった。


 ゴブリンは棍棒を力任せに振り抜く。


 私はそれに逆らわずに飛ばされ、受身をとり立ち上がった。


 すばやく剣を構えて、状況を確認する。


 ……6体のゴブリンに囲まれていた。


 増えた5体は、刃の欠けた剣や棍棒を持っている。


 あ、あれ、もしかして詰んだ……?


 ゴブリンは私を囲んだまま、ギィギィと醜い声を上げている。攻撃は仕掛けてこない。矢も飛んで来ない。


 私は考える。考えるが、いい打開策が思い浮かばなかった。


 よし、逃げよう。


 その一点に思考のリソースを割く。


 身体能力は魔力を使えば私が上だ。本気で走れば振り切れる。そう思いたい。

 ならば、あとは隙を作るだけでいい訳だ。


 数瞬で策をひらめく。


 私は魔力を練り、足に力を集める。それと同時にアイテムボックスを発動させた。


 私から少し離れた空中に、アイテムボックスに収納された岩のうち一つが呼び出され、落下する。その衝撃で地面が揺れ、音が鳴り響く。


 そしてゴブリンの視線がそれた。


 その瞬間、私は駆ける。


 二歩で正面にいたゴブリンとの間合いを詰めた。


 かろうじて反応したゴブリンの、横薙ぎにされた剣を屈んで躱す。


 そして三歩でトップスピードに乗った。


 背後から矢が飛んできて身体を掠める。しかしもう止まらない。そのままゴブリンを振り切った。


 しばらく森を駆け続けて、十分離れたと判断した所で足を止めた。


「はぁ、うぐ……」


 左腕が痛む。折れているかもしれない。最悪だ。


 ……いや、今は生きて逃げ切れたことを喜ぼう。


 それにしても、ゴブリンおそるべし。まさか囮とは。F級だと思って、完全に油断していた。……次からは気を付けよう。


 でも本気で身体強化すれば、あのまま戦っていても勝てた気がしないでもない。


 いや、まだ弓を使うゴブリンが潜んでいたことを考えると、逃げて正解だったかも。次も矢を避けられるとは限らないし。


 それにしても、寝たフリをしてたゴブリンが切れ味の良い剣を持っていたら、と思うと……恐ろしい。

 本当に生きてて良かった。もう今日の運は使い果たした気がする。


 よし、もう帰ろう。幸いにもまだ生活費はある。


 そう思い、辺りを警戒しながら歩き出そうとして、ふと気がつく。


 ――あれ、ここどこだろう?


 どうしよう迷ってしまった。帰り道が分からない。


 このまま夜になれば終わる未来が見える。

 魔物のいる夜の森は初心者には危険だと聞いた。


 転生初日に泣き疲れて寝た場所はと違い、ここには明確に魔物がいるのだ。やばい!


 するとその時。どこからか、金属音が聞こえてきた。


「……ん?」


 耳をすませて、音を探る。


 ふむ、遠くで誰かが戦闘しているみたいだ。


 どうやら今日の運はまだ残っていたらしい。


「……ふふ、ツイてる!」


 私は魔力で身体強化し、走り出した。

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