4.馬鹿には見えない

「ホルトさん、ミアさん。それからアイリさん。本当に、ありがとうございます」


 そう言いながら、乗合馬車の御者のおじさんが頭を下げた。それに続いて、乗客達も口々に感謝の言葉を述べていく。乗客は何故か子供が多い。異世界子供かわいいな。


「いえ、人として当然のことをしたまでです」


 金髪全裸……いや、腰に短剣を一振り帯びた、ホルトと呼ばれた青年が、そう言って爽やかに微笑む。


 うん、やっぱり裸だよねこの人。ずっと気になってるんだけど、なんで誰も指摘しないの?


「ほほう。これはお見逸れしました。あの数の盗賊を前にして、護衛任務でないにもかかわらず、逃げずに戦ってくださる冒険者の方は珍しい」


 あれ、普通に会話が続いていくよ。


 おかしいな。私にだけ裸に見えてるのかな。でも、どこからどう見ても裸だよね。


「僕は紳士ですから。あの状況で、逃げという選択肢はありませんでしたよ」


 ホルトさんは得意げにそう言った。


 うん。もしかするとこれは、子供の頃に読んだ童話に出てくる、馬鹿には見えない服的なやつ、なのかもしれない。


 でもそうすると、私は馬鹿ということになる訳だ。いやいや、それはない。私は馬鹿じゃないって。


 ……馬鹿じゃないよね?


 そんなことを考えていると、御者のおじさんがこちらに目を向けてきた。


「それに、加勢してくださった奇特な方もいるらしい」


 そして、その目付きを鋭くする。


 いや怖い、怖いよおじさん、その目怖い!


 と、とりあえず、おお、落ち着いて答えよう。


「あ、ああ、争う声が聞こえてきたので来てみたら、馬車が盗賊に囲まれていたので。お、おおお助けしようと思いまして」


 やばい、ちょっとキョドった。


「それはそれは、殊勝な心がけです。それで、この岩は……あなたの魔法、ですか? 奇特な魔法使いさん」


 くっ、なんか怪しまれてる……!?


 どう返すのが正解なのだろう。

 とりあえずは魔法、アイテムボックスに関してだ。冒険者とは己の切り札、技能を隠すものだと昔に見た作品で聞いたことがある。

 なんかそういうのかっこいいから私もそれに倣うことにする。まあ私はまだ冒険者じゃないけれど。


 という訳で魔法、もといアイテムボックスに関しては探られたくない。……よし、話題を変えよう。そうしよう。


「はいそうです。実は私は、遠い東の国から旅をしてまして。それでここら辺の地理には疎いのです。よろしければ、街まで同行したいのですがいいですか?」


「ふむ、旅ですか。見たところ手ぶらのようですが」


 御者のおじさんはさらに目付きを鋭くした。


「あ、いや、それは……」


 ダメだ、余計に怪しまれた。どうしよう。

 アイテムボックス持ちだと言えば、納得してもらえるのかな。いやでも、この世界でこの魔法がどういう扱いを受けているのか分からない。


 例えば転生者特典だとしたら、異世界人だ死ねえ! となるかもしれないし、仮に神話級の魔法だったらおじさんに惚れられて求婚されてしまうかもしれない。どうしよう。


 何も言えずにいると、大剣を担いだ赤髪の少女、ミアが助け舟を出してくれた。


「それはそうと、ここより東の国といえば帝国よね。それよりも東ってことかしら?」


 ナイス話題転換!


「そ、そうです! 帝国よりも東です!」


 それを聞いたミアさんが、にっこりと微笑んだ。


「へー。てことは、あの魔の海域を越えてきたのね」


 ――おっふ。何かまずい発言をしたみたいだ。




 ──────────




 私は今、乗合馬車に乗せてもらい、街に向かっている。


「これからは遠い東の国から来た、とは言わないほうがいいわね」


 色々と怪しまれたが、記憶喪失で気が付いたら森にいた、と話したらみんな優しくしてくれた。そして恐らく疑われてもいたが、恩人だからなのか分からないけれど、あまり詮索はされなかった。 


 そして親切なことに、この国のことや街のことなど、他にも色々と教えて貰っている。

 ちなみに今向かっているのはリプトンという街らしい。


「ふむふむ、なるほどー」


 適当に相槌を打ち、記憶喪失設定便利だな、と内心で微笑む。


「なに、にやにやしてるのよ」


 どうやら表情に出てしまっていたらしい。


「色々とありがとうございます」


「いや、お礼はいいわよ。体で返してもらえれば」


 そう言って微笑むミアさんと、隣で頷いているホルトさんは、二人とも顔面が良い。馬車の乗客の皆さんも子供達も顔面力が高い。

 ということは、この世界の私の顔は、きっと良いに違いないな。


「ん? からだで……?」


「あはっ、冗談よ」


 異世界ジョークおもしろい。


 そんなミアさんとホルトさんは冒険者らしい。

 そう、この世界にも冒険者があったのだ。ならば目指すはその頂き。

 

「アイリは馬鹿そうだから街に着いてからが心配だ」


 ホルトさん、さては口が悪いな。私は馬鹿じゃないからキレたり、言い返したりしないけどね。私が馬鹿だったら殴っているところだ。御者のおじさんには敬語を使ってたんだから私にも使えよな! 殴るぞ!


「そうね。確かに心配ね。……そうだ、もし何かあったら、アンナキュート亭で宿を借りるから、そこを訪ねて。しばらくはリプトンを拠点に活動するから」


「はい、ありがとうございます!」


 なんだアンナキュート亭って。変な名前。

 まあでも、みんな良い人で良かった。

 盗賊に襲われていたのは高貴な御方ではなかったけれど、他の乗客のみんなも優しいし、御者のおじさんも、お礼としてお金をくれたし。いい事ばかりだ。ありがたやー。


 それからしばらく乗客の皆で話していると、御者台から声が掛かった。


「もう少しで街がみえますよ」


 それを聞いて、客車から顔を出して進行方向を見る。すると、ちょうど丘を越えて、街道の先に城壁で囲まれた街が見えた。


「でかー」


 でも特に感動は覚えなかった。


 しばらくして城門に着くと、その前には馬車と人の列が出来ていた。


 次々と列が進んでいく。そしてすぐに自分たちの番になった。


「カールさん。今日もお疲れ様です」


 そう言って一人の兵士が、御者のおじさんに話しかけた。二人は親しそうに挨拶を交わしている。そして盗賊についても話しているみたいだ。


 いや、それよりも、御者のおじさんの名前ってカールなんだ。てことはカールおじさんか。なんだその家が飛びそうな名前。

 そんなことよりもカール食べたくなってきた、お菓子の。……ああ、もう二度と食べられないと思うと、ちょっと悲しいな。


 気が付くと、カールおじさんとの会話を終えた兵士が、こちらに目を向けていた。


 あと、なんか口を開いて、わなわなと震えている。なんだ。


「き、貴様! なんて格好をしているんだ!!」


 怒鳴られた。


 さっきまでカールおじさんと親しげにお話をしていたのに、この変わりようは……情緒不安定なのかな?


 確かに皆と違って、手荷物ゼロだけど、それって怒ることなの……て、あれ?


 その兵士の視線が、私ではなく、さらに後方へ向いているのに気づく。


 疑問に思い、振り返る。


 そこにはホルトさんがいた。


 ホルトさんに対するこの反応は、まさか!


「なんで裸なんだよッ!!」


 ――だよねっ! やっぱり裸だよねっ!


 乗合馬車のみんなが、あまりにも普通に接していたから、本当に馬鹿には見えない服を着ているのかと思っていたよ。


 ああ、よかった。私は馬鹿じゃなかったんだ!


 そして、ホルトさんは数人の兵士に、どこかへ連れていかれた。


 その横顔は、どこか嬉しそうに見えた。

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