第2話 肉はウサギだと言ったな、あれは嘘だ

 夕食分のスズメを確保したら、北の森から流れて来ている川に行って、ドブネズミを撃つ。

 河原を結構な数のドブネズミがうろついている。何喰ってるんだか。

 無駄に走りながら撃っていると、行射が走射になった。

 後は、毎日霊気が空になるまで撃っていたら、連射が生えた。

 しかし両親が納得してくれない。


「九つ前に森に行くのは危ないだろ」

「二つは授かりの技を上げたんだ。二つで一つだ。もう一つ生やせ」


 心配してくれるのは判る。

 普通は十歳になったら、親や引率の大人が連れて行って、弱い魔物と戦わせて生やさせる。

 それ以前に自力で三つ生やせれば、人並み以上と認識されるのだけど。

 速射か遠射が生えるように、射程ギリギリからドブネズミを撃つ。

 出来るだけ気力を込めて撃っていたら、攻撃力一倍半の強射が生えた。

 強撃と乗算されるので、霊力を込めれば大人並の一撃が撃てる。


「俺の子だから、出来るだろうとは思っていたが」

「約束だから、しょうがないね」

「ま、森で通用するような武器防具は自分で買え。さすがに、その格好で行くのは許さん」


 大人ってズルい。

 裸に布一枚(正確には二枚だが)でモンスターハントに行くほど、無鉄砲ではない。未だに裸足だし。

 スズメ撃って出来る資金では、通常は買い食いのおやつを買うのが精一杯である。

 ドブネズミを止めて、ひたすらスズメを撃ったが、大して変わらない。

 このまま親の思惑通りになるのは悔しい。


 相談事と言えば神官様なので、儲け話はないか聞いたのが、将来が期待できる出来のいい子が早く森に行こうとするのは嫌がる。


「スズメを獲って来てくれると、他の子の仕事が増えて、ありがたいのですけどね」

「なにか獲って来れば加工出来るものはありませんか」

「アリの殻をたくさん集めて、盾を作った子がいましたが、一年かかりましたね」


 危なくない南側の荒れ地に、クワガタかよって大きさのアリがいるのだが、今からやったら、十歳まで待つのとさほど変わらない。

 アリで盾が出来るってのも凄いが。

 アリの巣にアルミ溶かして流し込むってのがあったけど、アルミがないよな。

 掘るの大変だし。焼けたのが使えるかも判らないし。

 ドブネズミのいる川は魔物の棲む森から流れて来ているわけだが、良さそうな流出物は上流で浚われてしまって、砦の中を流れているのは、ただの川だ。

 ザリガニはいるけど、味かよくないので売り物にはならない。


 砂金が取れる訳はない。後は、砂鉄ならあるか。

 ガラスは石粉に霊気を混ぜて錬成するので、様々な硬度に出来、ビニール袋みたいな軟質ガラス袋がある。

 川底の黒い砂をすくってみた。袋に入れてゆすって上の石を捨てて、残った黒い物は重さが砂ではない。

 一枡ほど溜まってから、いつもスズメを渡している、同じ年では腕がいい生産系の女の子香嬉コウキに見せた。


「これは、鉄じゃないか」

「あたしじゃ判んない。ちょっと、姉さん見て」


 十歳くらいの子を呼んで、収納させる。


「鉄だけど、精錬が手間。十倍くらいで、短剣一本かな」


 製作費込みならそんなもんか。


「剣の他に鋼の丸小盾と額当てが欲しい。この黒い砂は持って来られる」


 十歳児の名前は珠輝タマキ姉さん。姉妹ではない。

 スズメとドブネズミを撃って増えた収納のお陰で、八歳児でも結構な量が運べる。

 さほどかからずにバックラーと額当て、鋼の短剣が出来た。

 大人が本気で儲けられる量はないが、子供の小遣い稼ぎと技能向上にはなる。

 真似をしてただの砂を持って来る子がいたが、ガラスの材料にしかならない。

 砂鉄なんて地球では中世どころか、古代から知られていたのだけど、鉄は森から取って来るのが常識、と言うより固定観念。

 文明が発達しないように、意図的に思考に制限が掛かっているように思える。

 これを少しだけ改善するために呼ばれたのか。


 砂鉄を売った金で、胸と腹に安い皮鎧を買った。

 服を着ていれば体温が漏れ難いように、防具があればそれだけで霊気が感じ取り難くなる。

 人間にも魔物にも、生命力を見られるのがいるので、霊気を抑えるだけでは、森の少し奥では安心できないが。

 装備が揃ったら、親に見せる。

 独りで森に行けるかどうかは、年齢や見た目ではなく、能力で判断される。


「明日から肉はウサギだ」

「ま、それがお前の実力で手にいれた物なら、文句の言いようもないが」「入口だけだよ、少しでも奥はだめだよ」


 翔鷹君九歳前の森林デビューである。

 それを許すのもおかしい、とはこの時は思わなかった。自分では子供じゃないつもりでいたから。

 地続きの森と言っても、ダンジョンだと考えた方がいい。

 この世界は気温が低くなると霊気が濃くなり、魔物が強くなる。

 日が当たっている場所と、日が差さない森の中では、別空間だ。

 獲物は大きな地鶏の茶鶏、茶色いホロホロ鳥の藪ウズラ、皮が売れるムササビサイズのリス、名前通り体重十キロの一桶ウサギ。


 敵は、ジャッカルか大きな狐の見た目の小野干、似ているけど、耳が小さく全体に丸っこい藪犬もいる。

 小野干は単独だが、藪犬は五、六匹から十匹程度の群れ。

 どちらも、少し奥にいる同じものよりやや小さく弱い。

 ただ猿と呼ばれている、チンパンジーサイズのテナガザルも単独で出て来る。

 これがチンパンジーと同じように群れで襲って来るなら、子供一人では絶対無理。

 更に鷹と言うだけのイヌワシくらいの鷹。同じサイズで、頭が丸くて大きい昼フクロウ。

 犬系は森から出ないが、猿、鷹、フクロウは少し外に出て追ってくる。

 夕暮れ過ぎると砦近くまで飛んでくる宵フクロウがいるが、昼間は出て来ない。


 俺が気を付けなければいけないのは、猿、鷹、フクロウ。犬系は俺の闘気弾を避けられない。

 強撃、強射なので、威力は十分だと親から言われている。

 じゃなかったら一人で出さない。

 木の大きさと生え具合から猿が来ない処を選ぶ。

 樹上から襲ってきて、地上でも戦闘力が変わらずに飛び跳ねる猿が一番の強敵。


  辺縁は藪と呼ばれているが、背の高い下草が覆っていて、八歳児には中が見えない。

 索敵で何かがいた処に闘気弾を撃ち込む。人間と魔物の区別はつく。

 グァっと吠えて何かが来る。もう一度闘気弾を撃って勢いを殺して、それでも跳びかかって来たのを盾で殴ると、茶色い犬が倒れた。

 吊るした丸太を張り倒す訓練は、さんざんやった。

 鋼の盾での強撃強打は止めになって、小野干から命が抜けた。


 五十キロの犬を収納する。小野干と言っても、でかいシェパードくらいある。

 小の付かない野干は、見た目はジャッカルだが、六十キロ以上ある。

 スズメを獲りまくったお陰で、収納量は三十桶(三百キロ)を超えている。


 鋼の短剣で下草を切り払い、獣道に出た。神殿を意識すると、方向が判る。

 こう言うのがないと、初めて入った森から出られなくなる。

 前世で山菜取りに行って遭難なんて、毎年やってたと思う。

 この獣道が、行き止まりか分岐に当たったら今日は帰る。

 左側から、何かが見ている。

 闘気弾を撃ったら逃げた。深追いは禁物。

 暫く進んで、行き止まりではないけど、大きく曲がっていたので引き返した。


 下草を払って獣道に出た所まで戻ると、俺が付けた道から茶鶏が出て来た。

 お互いに見合ってしまったけど、茶鶏は逃げずにぼさっと立っている。

 俺の方が現実に戻るのが速かった。

 ヘッドショットで、頭が消し飛ぶ。体もちょっと飛んで横倒しになったのに、足がじたばたしている。

 魔物は脳が死ぬと体も動かなくなるが、初撃で潰れてしまった場合、小型の魔物はこんな風に暫く体が動くことがある。

 立っている鳥だとそのまま逃げられてしまったりする。怖いので追い掛けない。


 動きの止まった首なし死体を収納して、森から出た。

 砦の門に辿り着くと、守衛の人に「生きて帰って来たか」と言われてしまった。

 親が許したので口は出さなかったが、やはりかなり無理があったようだ。

 子供じゃないと言う意識が、かえって子供っぽい危ない行動になっていた。

 神殿で小野干を出して、珠輝姉さんに防具の製作を頼む。


「全身用なら足りないけど」

「肘当て、膝当て、股当てと履物でいい」

「なら、残りの皮をくれるなら明日迄にはやっとく」

「頼む。香嬉はこっちを」


 首なし死体を出す。


「代金は毛と羽根でいいかな」

「うん」

 

 解体している間に、鎧の寸法を取る。

 手足の分だけなので、脱ぐ必要はない。

 ある程度自動調節されるにしても、子供なので標準的なサイズが当てはまらない。

 肉と骨と内臓を貰い、骨を調理代に、内臓はキノコと交換して炒め物にしてもらった。

 家に帰ると、両親が先に帰って来ていた。


「どうだ、ウサギ獲れたか」

「いや、獲れなかった」


 お父にまあそうだろう、みたいな顔をされる。


「今日の飯はどうなる」

「茶鶏と太しめじの炒め物だ」

「茶鶏獲れたのかい」

「一匹(一羽か)だけだけど」

「おう、一匹でもてえしたもんだ」

「調理を頼んで、小野干も一匹獲れたんで、防具にしてくれるように頼んで寸法取ったんで、遅くなった。明日出来る」

「そうか」


 お父は黙った。お母が受付を代わる。


「危ない事は、なかったのかい」

「背が低いんで、草で先が見えない。跳躍を取りたいが、リスのいる場所を教えてくれ」


 お父が正面から見てくる。


「明後日、一緒に行くか」

「いいのか」

「無茶されて死なれるよりましだ。思ったより強いから、気が付いたら藪より奥にいるなんて事に成りかねない」


 いつにない真面目な雰囲気の夕飯になった。


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