第10話 人生は長い

 将来の希望に溢れて帰って来たのに、祥鶴殿の父上の大佐殿が、怖い顔で待っていた。


「英豹の身の程知らずめが、其方に試合を申し込んだ。祥鶴が不満があれば上申しろと言ったと」


 普通、佐官が将官の身内を呼び捨てにはしない。


「どのように致すのでしょう」

「素手の戦闘躯での一騎打ちだ。それなら死にはしない」


 祥鶴殿が悪い顔で笑う。


「おやりなさいませ」

「いいのですか」

「あちらが挑んできたのです。今のあなた様の実力を話す必要はありません。なさいますね」

「ええ、やっていいなら」


 他の偉い人の血縁者も笑っている。


「父上、英豹殿に連絡を」

「なにか、あるのか」

「見てのお楽しみです」


 魔物とは違うパターンの戦闘をする人間同士の試合で、不測の事態に対処出来るようになるとして、戦闘躯での試合はわりと行われている。

 早目に帰って来たので、夕飯前にさっさと済まそうとしたのだけど、騒ぎが大きくなって、守護将閣下同席の御前試合になった。

 鎧は着けていいので、用意しておいた甲革で足を出来るだけ隠す。


 試合は城塞の訓練所で行われた。

 二十メートル離れて、戦闘躯を出して向かい合う。

 英豹殿の戦闘躯のベースは飛べる走鳥と思われる。

 大きな曲がった嘴は、サルクイワシのようだが、太い爪の生えた足は、鳥になりかけた恐竜のものだ。

 飛行力があり攻撃力が高く、防御力もそれなりのものを、最初に獲れるだけの実力者なのは間違いがない。


「勝敗はこの場限りの事とし、遺恨を残さぬように。始め!」


 審判の合図と同時に前に跳び、掌底を打ち込む。

 腕を交差して受けられたが、斜め上に突き飛ばし、浮いている間に腹を蹴って、数メートル飛ばした。


「それまで! 勝負あり!」


 審判の声で、開始位置に戻る。


「英豹、立てるか」

「はい」


 守護将閣下のお言葉で、英豹殿が立ち上がる。


「翔鷹上尉、足を見せてくれるか」

「はい、どうぞ」


 甲革を取って見せる。


「英豹、そこから見えるか」

「山羊の足です」

「でなければ、これ程の差は付くまい。翔鷹上尉、他の者に教えてくれるか」

「はい、明日、剛鷲殿が同じやり方で挑みます」

「英豹飛べるか」

「はい」


 英豹殿がゆっくり飛んで、開始位置に戻った。


「翔鷹上尉殿、明日、同行をお許し願いたい」

「どうぞ、是非にあれをお獲り下さい」


 これだけの実力者を腐らせてしまうと、後に助かったはずの命が助からなくなる。

 実力のない者が真似しないように、やり方は公表せず、軍が出来ると認めた者だけが教えられる事になった。

 仔細を守護将閣下にお話しすると、やれそうなのが二人、見学者に増えた。

 こちらから見て、後手に回っていると判断したら、全員で攻撃して仕切り直す。

 一度で取る必要はない。何度も挑んで攻めきれないでいたので、普通の事だった。

 見付けたら正面から挑む。その方が咆哮を躱し易い。

 溜を作っての強力な吐き方の他に、無拍子の「わっ!」みたいなのがある。

 この速射の中距離攻撃がやっかいだったのだ。


 溜めて口を開くと同時に跳躍、上を向いた鼻面を撃って牽制、空中戦に持ち込んで、どんどん上がって行く。

 格闘戦を得意としている剛鷲殿は、俺より取り付くのが上手かった。

 蹴りの威力も高い。後頭部を蹴られる山羊の悲鳴が上空に響き渡る。

 さほど待たずに山羊が落ちて来た。

 墜落の衝突に合わせた蹴りも、俺より遥かに威力があるのが、音と上がった土煙で判る。

 落ちた山羊は立つこともなく、重い闘気弾一発を受けて命を解放した。

 全員隠れ場所から這い出して、ぞろぞろと寄って行って祝福する。

 剛鷲殿も足を山羊足にした。

 今までは獲れても、歩き慣れた獲る前の状態のままが多かった。

 山羊足にする人もいない訳ではなかったそうだが。


 見学の三人は興奮したが、余裕をもって一日一匹にする。

 このやり方なら、俺が見ている必要はないのだが、三人に俺に連れて行って欲しいと頼まれた。

 三日で三人とも山羊足になった。

 この後我が国では、山羊足にあらずんば猛者にあらず、と言う風潮になって行く。

 英豹殿の戦闘躯のベース蹴速鳥をお父とお母に入れたいので、生息地を聞いたら、英豹殿が付いて来る。

 知っている人に案内してもらえば確実だけど。


 鳥のテリトリーで獲物を獲って、少し肉を切って血塗れのを持ってうろつく。

 強烈な殺気を感じたら、後を見ないでお母のいる方に逃げる。

 射程範囲に入った途端に、後ろで霊障壁と闘気弾の衝突音がした。

 振り返ると、羽根のある恐鳥が横倒しでじたばたしていた。

 流石に一発では死なないようだ。胸に二発撃ち込まれて動かなくなった。

 英豹殿が複雑な顔をしている。


「こんなに簡単に、獲れてしまうとは」

「不意打ちで、五体目ですから」

「一体目でも同じではないか」


 高い攻撃力と敏捷性、空中静止しての蹴りでの高速十連斬。痛い絶叫。

 普通は一体目に選ばないこれを獲るのに、英豹殿は相当苦労したはずだ。

 絶叫を吐く暇もない高速での逃げ、嘴の突きも斬撃入りの蹴りも届かない横殴りの射撃。ひどい話である。

 お母は走り易そうなので、ラプトル足にした。


 祥鶴殿以外はこれでいいや、となって、順番に獲って行く。

 香嬉もやれそうなので、見学させた。

 途中の魔物を撃って訓練する時には、耀蘭は理凰殿に預ける。

 士官学校組は順調に獲れたが、香嬉に当たった鳥は、撃たれて倒れ、起き上がろうとしては撃たれ、起きようとしては撃たれ、首を上げては撃たれ、かなり悲惨な死に方をした。


 小柄で敏捷性が高い者が獲物を獲って逃げると、蹴速鳥は追って来る。

 俺以外にも、引き寄せが出来る者が育成された。

 命中率の高い者なら、高速で走る鳥頭を狙い撃てる。

 猛者は山羊足、巧者は鳥足と言われるようになる。


 風属性組は攻撃力を上げるために、英豹殿が入れている大きな猫の一色豹と、鷹にしては大きい十桶鷹を獲った。

 最後に祥鶴殿が咆哮山羊に挑んだ。

 攻略法が判ってしまえば、適正レベルなら負けることはない。

 祥鶴殿も山羊足になり、俺は本来貢献ではなれない正規兵扱いの大尉になった。

 責任や義務はないが、国がそれだけ目を掛けているのを示された。

 関係者全員が、獲れるものを獲ると、守護将閣下に呼ばれた。


「この後は、どうする」

「中層奥に行きたいとは思っていますが、暫くは中間で修行をするつもりです」

「では、躯体取りの合力も頼めるか」

「はい、命を浴びるのは同じですので」

「善き哉」


 中層で狩りを続けている内に、十二歳になった。


「下士官養成所、行く事はないか」

「大尉が行ったら迷惑なだけじゃねえか」

「行くなら士官学校だね」


 守護将閣下に相談したら、


「卒業資格が欲しいなら出すが」


 と言われてしまった。

 入学式に出て、戦闘躯を見せたら卒業になる。

 意味がないので止めておく。


 五球戦闘躯なんて持つ気がなかったお父とお母は勿論、士官学校組にも今の状況に不満はない。

 若手トップだった英豹殿でも、二十歳までに咆哮山羊が獲れればいいと思っていた。

 香嬉はただ俺が持って行く素材を錬成していれば腕が上がる。

 十五歳未満で戦闘躯持ちの職人は、他にいない。


 朝砦を戦闘躯で出発して、中層の中程に着いたら生身に戻って、主に集団の猿や狼などを狩る。

 大きいのを見つけたら、戦闘躯で狩る。数の暴力で下には逃がさない。

 安全になったら砦に飛んで帰り、採集人を抱えて飛んで来る。


 士官学校に通っている年齢の余剰戦力なので、少しでも中層の魔物を間引いていれば、国への貢献になる。

 中層の魔物を減らしておくと、湧き出しが起きた時に被害が少なくなる。

 半年やっていたら、かなり基礎能力が上がったと感じられるようにいなったので、中層奥の魔物に手を出してみた。

 中層物の戦闘躯が近づいても、逃げない。

 当然のことながら、雑魚が咆哮山羊より強い。


 英豹殿は次は顔も豹の躯体獣を獲って、頭を豹頭にするつもりだった。

 どのくらいの強さなのかは、獲っている人がいるので、聞けばわかる。

 佐官の人に戦闘力を想定して組み手をしてもらったら、敏捷性は俺と理凰殿で互角、防御力は英豹殿、剛鷲殿、祥鶴殿の渾身の一撃でなんとかダメージが入る。

 攻撃はおそらく、受けたら一発で戦闘躯でも戦闘不能なので、うかつに近づけない。


「最初の一体は戦闘躯が使えるけど、その次は生身で獲るんですか」

「普通は最初の一体も二十歳前に五球を獲れた者が、十年修行して、三十過ぎに挑むのです」

「では、十年修行しましょう」

「大尉殿なら、何か工夫があるのではありませんか」

「いえ、思い付きません」


 みんなでそんなキラキラした目で見ても無理。

 まあ、三年後くらいなら、何か思いつくかもしれないけど。





 お読みいただいてありがとう御座いました。

 予定としては佐官になるまでだったのですが、中ボス戦終わったら満足してしまいました。

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異世界雑兵物語 袴垂猫千代 @necochiyo

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