第6話 躯体取りが具体化して行く

 お母は女の子を産んだ。

 ヤモリに近いんじゃないかと思ったが、五日もすると人間の赤ん坊に見えなくもなくなった。

 名前は耀蘭ヨウラン。どんなふうに育つと思って付けたんだ?

 お母は乳離れしたら空跳を取りたいと言う。

 子守は香嬉がしてくれる。

 料理も、みんなで香嬉の作ったものを食べている。

 すっかり主婦である。お母はなんなの?


 一月もすると、お母は耀蘭を連れて狩りを始めた。

 浅層なら香嬉も戦力になる。

 お父が意識して索敵すると魔物は寄って来ない。

 耀蘭を香嬉に預けて、お父が護衛役でお母が見つけた獲物を撃つ。

 お母が遠射持ちだから狩れる。


「こっちは心配いらないから、お前は躯体取りの準備をおし」


 なんて言う。

 砦の上の方の人達も、俺が比較的安全な躯体の取り方をやるんじゃないかと期待している。

 獲り易いものを取って、後からカスタマイズするのが普通なのだけど、牛を鳥には出来ない。

 高機動で、出来れば飛行力のあるのが欲しい。

 狼は人を襲うが、馬はテリトリーから追い出せばいいくらいなので、戦闘躯持ちになってしまうと、追い掛けて来なくなるかもしれない。


 三ヶ月で耀蘭が離乳食を食べだしたので、お母を空跳取りに連れて行った。

 香嬉に預けておけば、お母がいなくても泣かない。

 遠射持ちで命中率の高いお母は、まっすぐ走っている馬を横からなら、目を狙い撃ち出来る。

 出目が悪くて二日掛ったが、無事に空跳を取れた。

 両親にはあからさまに子育てを終了された。


「あとは、お前の好きなように生きていいんだよ」

「お前はもっと上に行くやつだからな」


 丁稚奉公とか住み込みの行儀見習いとか、中世ならこんなもんだろうし、長子の扱いは、肉食獣の親がそれなりに育った子供をテリトリーから追い出すのにも似ている。

 それはいいんだが、香嬉が耀蘭を抱きしめている。

 俺と二人きりより、家族でいたいんだよな。


「コウは、ランが可愛いか」

「……うん」

「あのさ、なんで俺だけどっか行く前提なの? みんなで俺が躯体獣獲る場所に行っちゃ駄目なの?」

「それは、そうか」

「正規兵じゃないんだから、何処だろうと魔物を減らしていればいいんだよね」

「そうだね。なんで、お前だけどっかやろうとしたんだろ」


 これは、やはり強制力なのかな。

 香嬉はここでリタイアの負けヒロインだったのかもしれない。

 下士官養成所なんか行ったら、上級士族の娘が出て来るはずだし。


「一緒に行くんだよ」


 香嬉に撫ぜられて、耀蘭はニャーニャー泣いている。喜んでるのか。


「どこに行きたいんだい」


 お母が他人事のように聞く。


「最初から飛べる躯体が欲しい」

「走鳥ならお前の方が動きがいいかね」


 走鳥は防御力攻撃力が高いので、接近戦になって一発食らっただけで死にかねない。


「鷹にしたい」

「名前に拘らなくてもいいんだよ」

「いや、防御が低い分獲り易い」

「走射があれば空中でも鳥より有利かね」

「ショウはやれるだろうとは思うが、俺だと弾足が遅いし短い。次は真似じゃ獲れねえな」

「あんた、戦闘躯持ちになる気かい」

「湧き出しが起きた時にどっちが安全かってこった。俺たちゃ決められた場所守る必要はねえから」

「簡単に獲れるもんじゃないだろ。あたしらこの子とは違うんだよ。空跳だって取らせて貰ったんじゃないか」

「だからよ、最初の一体くらいはこいつの工夫で獲れるんじゃねえの」


 お父も走射持ちだが、火属性だ。どうするかは、実際に戦ってみないと判らないね。


「同じもの、は無理かもね。お父もお母も俺とは持ってる力が違う」

「な、別のなら獲れるってんだろ」

「この子が技能を授かる前は、空蹴も取ろうとさえ思ってなかったのにねえ」


 何かの拍子に人生が全く変わってしまうのは、ある事ではあるんである。


 戦闘躯は後から別の躯体球を足して改造できるのだが、後から入れるのは、前に入った物と同格か上でないといけない。

 同格でも足せるのは四つまで。しかも獲る時には格下でないと躯体球が出ない。

 格上の躯体獣を獲るなら格下の戦闘躯が使えるが、複数の躯体球を入れるには、毎回生身でないといけないのだ。

 何を獲ってどの技能を足すか以前に、生身で獲れるか獲れないかが問題になる。


 最初は鳥頭で背中に翼のある戦闘躯になる、銀鷹を選んだ。

 いるのは王都を護る三つの砦の西側の砦、祥声。

 砦と言っても王都の守りなので、大将が守護将をしている大都会である。

 薄茶色の錬成煉瓦で造られた四角い建設物が、整然と建ち並んでいる。

 建物一つ一つがでかい。


 思いっきりお上りさん一家なのだけど、表通りは道が広くて判りやすいので、迷わない。

 北側の三分の一ほどが守護将の居城と軍の要塞になっている。

 臨時居住許可を取るために、西翼の陣に挨拶に行った。


「ようおいでた、翔鷹徒士頭殿。ご活躍は聞き及んでおります」


 受付の徒士長には連絡が行っていた。

 空跳取りの合力をした中には、上級士族の身内もいた。

 霊気を意識的に隠そうとしなければ、初対面でも大体の強さが判るので、子共扱いもされない。

 4LDKの客間付き長屋を二つ借りられた。将校用じゃなかろうか。

 取り敢えずお父とお母の方に、四人で入る。一緒に食事するし。

 香嬉はずっと抱っこ紐で耀蘭を抱えていたが、料理をするためにお母に渡したら、赤ん坊は泣き出した。


「お母、ランを構わな過ぎ」

「だって、コウが抱いていたいって言うから」

「ラン、飯作る間だけ我慢しろ」

「お父も、我慢じゃないだろ」


 騒いでいるうちに良い匂いがしてくる。

 作ったのを収納に入れておいて、再加熱するだけなので手早い。

 あったまったのを収納して持って来て、並べて行く。

 何種類かの焼肉、野菜やキノコと肉の炒め物、肉のスープなど。

 ちょっとの間に豪華な食卓になった。基本肉ばっかり。


 耀蘭は挽肉入りの白黍のお粥。ほぼ毎食これなんだが。

 栄養価が心配なので、森で採って来た果物を気にして食べさせている。

 そのせいでお母より俺に懐いている。お父は論外。

 夕食後に部屋を出ようとしたら、お母が耀蘭をよこそうとしたので、流石に拒否した。

 香嬉も受け取ろうとするな。


 収納があるので引っ越しの荷解きとかはないし、能力が上がっているので多少の長旅では疲れもしない。

 翌日から森に入って狩りをする。お父とお母は浅層奥辺り。

 俺だけ中層入り口の討伐隊に混ぜてもらう。

 大尉(女性である)が隊長なので、そこそこ危ない敵を狩らないと仕事にならない。


 「あれは、どうだ」


 隊長が指差した方向に、毛の塊があった。

 分類はイノシシなのだけど顔が横に広く、見た目で言えば牙が四本はみ出している毛深いカバだ。


「はい、やれます」


 低く跳んで正面から向かい、一発撃って顎を引かせて上に跳ぶ。

 そのまま空中から射撃で翻弄し、隙を見て側頭部に倍撃強打の蹴りを見舞って、倒れて上を向いた目に突きを入れて仕留めた。


「十二歳前に躯体取りをすると言うから、猛者ではあろうと思ってはいたが、実際に見ると見事なものだ。敵が逃げねば、躯体獣も空跳取りのように引き寄せが出来ようか」

「やって見ないと判りませんが、やりたいと思っております」

「頼もしい」


 お父とお母に躯体獣を獲らせるには、軍の協力が必要になる。

 躯体獣だけ相手にすれば良い訳じゃないので、三人でここまで来て、大物獲って帰れるものではない。

 隊長殿に、今士官学校にいる娘の躯体取りの合力を依頼された。

実際にどんなのがいて、どう戦うか見たいので、承知した。


「娘は流紋猫リュウモンビョウが欲しいと言っていた」

「あれなら、今でも逃げ切れると思います。まだ自分が躯体獣に勝てるとは思えないので、もう暫く力を付ける修行をいたしますので、宜しければご息女をお呼び下さい」

「そうか! 有難い!」


 娘思いの良いお母さんだ。

 流紋猫は最初に取得する躯体の代表で、ジャガーサイズのアメショー。顔が猫。

 空蹴しか持っていないので、危なければ上に逃げてしまえる。

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