第2話 太鼓の練習
あれは社会人になって何年目のことだったか。
時期的には学生達が夏休みに入っている頃だった。
いつも通りに最寄りのバス停で降りて、家へと歩き始めた時だ。
風に乗って、何かを叩く音が聞こえた。
この時期、鳥や虫の声以外の音がするのは珍しくもない。
時期になれば、結構遠い場所で開催されている野外フェスの喧騒がかすかに聞こえることもあるくらい静かな場所だ。
ましてや、ここは建売住宅の団地なのだから、窓を開けて何かしていれば音は簡単に漏れる。
聞こえてきた音に耳をすますと、小太鼓を叩いているような音だと分かった。
タン、トン、タン。
どうやら、ゆっくり目にリズムを取りながら叩いているようだ。
脳裏には、小学生低学年の女の子が小さな太鼓を教科書か何かを見ながら叩いて練習している……そんな姿が浮かんでいた。
それにしても、なんで女子?
ん~~~、何となく。
タン、トン、タタン。
また聞こえた。
夏だから、窓を開けてやっているのだろう。
トン、タ…タトトゥン。
あ、躓いた。
どうやら失敗したらしい。
しかし、すぐにまた音が聞こえてきた。
タン、トン、タン。
最初からやり直すことにしたらしい。
妄想の練習風景を想い、なんとなくほっこりしながら、頑張ってほしいものだと思った。
結局、家に着くまでに、その太鼓は何度も同じ場所で同じ様に躓き、やり直していた。
それでもめげずに聞こえる太鼓の音。
タン、トン、タタン。
頑張れ、頑張れ。
いつしか、すっかり保護者の様な気持ちで応援していた。
トン、タ…タトトゥン。
ああ、惜しい。
次はイケるよ。頑張れ。
タン、トン、タン。
家で部屋着に着替え、自分の部屋に入っても、やはり太鼓は同じ場所で躓く。
もう、間違えるのが癖になってるんじゃないかな?
そう思いながら、ふと窓へ目をやって気付いた。
ここは自分の部屋。
そして、窓は閉まっている。
なのに……太鼓の音は、家に帰ってくるまでの道中で聞こえていたのと同じ音量で聞こえている。
え? どういうこと?
トン。
それに気付いた次の瞬間、太鼓の音は聞こえなくなった。
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