第3話 影絵

あれは社会人になって何年目のことだったか?

時期的には学生達が夏休みに入っている頃だった。


いつも通りに最寄りのバス停で降りて、家へと向かっている時のことだ。

自分が曲がる角に建っている家の2階の窓を覆う厚手のレースらしきカーテンに人影が映っているのが見えた。

窓際にいて床に座っているのであろう上半身の人影と、追い掛けっこをしているかのように動き回っている2人の子供らしい小さな影だ。

子供の影は時折大きくなったり小さくなったりしているので、光源から離れたり近付いたりしているのだろう。

ということは、部屋の灯りだけではなく別の灯りも点けているのかも知れない。


と言うか、あの家にあの年頃の子供がいただろうか?

まあ、付き合いのない家なので、詳しい家族構成なんて分かる訳もないから、実際は知らんけど。

あ……子供は夏休みだから、遊びに来てるというのも考えられるか。


しかし、さすが子供。ほとんど休みなく動き回っている。

教育実習で小学校に行っていた時も、昼休みに体育館で走り回る子供の体力に驚いたっけ。


にしても、あれだけ走り回って危なくないのか?

この辺は建売住宅の団地だから、どこの家も間取りは似たような感じで、2階のあの部屋ならそんなに広くはないはずだが……



そう思った時だ。


影が映っていたカーテンが揺れた。

よく見ると、窓が少し開いている。

そこから吹き込んだ風でカーテンが揺れたのだろう。



なのに、その部屋からはなんの音も声も聞こえない。

子供の声も、走り回る音も、何も。

今も影は動いているというのに。


辺りは静かなままなのだ。

虫の声さえ聞こえない。


すぐに窓から目を逸らし、その家から逃げるように角を曲がって足早に家に帰った。



結局、アレが何だったのかは分からない。


確かめようとは思わなかった。

だから、あの部屋の光景が本当にあった事なのかも分からない。

自分は何を見たのか?何かを見たのか?

全てが疑わしく思える。


本当にあの部屋に誰かがいたのか?

本当にあの部屋に灯りが点いていたのか?

もしかしたら子供が声を出さず、音も立てずに走り回っていたのかもしれないし、そうではなかったのかもしれない。



ただ、その時の自分は、影絵のようなあの光景をそれ以上は見たくないと思った……それだけは確かだ。

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