第4話 灰色の男・屋根からの声(2篇)

【灰色の男】

あれは社会人になって何年目のことだったか。


ある夏の日、外出中の昼日中、下を向いて歩いていると、前から来た人の足のすぐ後ろに灰色の足が見えた。


凄い灰色だった。

服も、靴も、見えている足の全てが灰色だった。

夏の昼、日光の下なのだ。

影になっているにしては、色がおかしい。


うわ。


思わず顔を上げると、今まさにすれ違わんとしている人の肩越しに灰色の男の顔が見えた。

髪も、肌も、目も、全てが濃さの違う灰色で構成されていた。

その灰色の顔は、すぐ前を歩いている人と同じ様に真正面を向いたままではあったが、嫌な笑顔を浮かべていた。


うわ。


変なモノを見た、と目線を下に戻し、歩いている人とすれ違った。


だが、やはり気になったので……すぐに、たった今すれ違った人を振り返った。


その人の後ろに灰色の人影はなかった。

周囲を見ても妙な色の人影はない。


きっと夏の暑さが変な幻を見せたのだろう。

そう思うことにした。




【屋根からの声】

大学時代。

自分は実家から離れた所の大学に通っており、寮は満室で入れなかったため、大学の近くの下宿に入る事にした。


その頃は貧乏暮らしで、真冬の夜中には室温が零下になり、夏には西日がガッツリ照りつける部屋で、最初の1年目は暖房こそあったものの、残りの3年間は冷暖房の器具なしで暮らしていた。


そんな下宿で、一度だけ、奇妙に思えなくもない体験をした事がある。

微妙な言い回しなのは、自分の中では、それは既に怪奇現象ではなく物理現象だと区別が済んでいるからだ。



それは、ある真冬の夜中。

せんべえ布団にくるまって寝ていた時だ。


自分は、天井から突然聞こえた女性の金切り声のような悲鳴で目が覚めた。

いわゆる事件性のある悲鳴って奴だ。


驚いたのはもちろんだったが、「ええ……何、今の?」と不安になった。


耳を澄ませど、悲鳴以外の声も音も聞こえない。


その下宿は2階建てで、自分の部屋は2階の角部屋。

つまり、この部屋の天井の上は部屋ではなく屋根。

そして、そこから聞こえた悲鳴のような声。


これが日中なら、屋根の雪下ろしでもしていて屋根から落ちそうになったとか、ある程度の想像はつく。


しかし、今は真夜中。

泥棒だって、雪が積もった屋根の上には登るまい。

じゃあ、何が?



自分の結論は、その悲鳴は単に屋根に積もった雪が滑り落ちた音だというものだ。


こちらの地方では、瓦屋根などなくて、トタン屋根がほとんどだ。

現に下宿もトタン屋根だった。

おそらく、屋根に積もって圧縮されて氷になった部分が屋根から落ちる際にトタンが擦れあって甲高い悲鳴に似た音が出たのだろう。

うん、納得。

他の下宿生や大家さんから悲鳴を聞いたという話も出なかったし、それ以降は悲鳴なんて聞こえなくなった。

全部が全部、怪奇現象ではないという証左だ。


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