第5話 墓参りの帰り
あれは社会人になって何年目のことだったか。
会社も夏休みの終戦記念日。
両親は出掛けて不在だし、天気もいいので、都合で行けてなかった祖父母の墓参りに行こうと思い付いた。
場所は、バスを使うと乗り換えが必要な上に盛大に遠回りするので、最短でも30〜40分くらい、最悪だと2時間以上掛かるけれど、家から最短距離を行くなら車で10分くらいの所にある霊園。
ちなみに、何故にバスでそこまで時間が掛かるかと言うと、実際に乗った事はなくて前に調べただけなのだが、乗り換え先のバスが1日数本だったのだ。
つまり、最悪、かなり、待つ。
ただ、自分は車もバイクも免許を持っていないし、今は自転車もない。
となると、歩くしかない。
歩くとおそらく2時間ちょっとは掛かるだろう。
今は昼過ぎだが、バスは行ったばかりの時間。
次のバスは1時間後……
あ、これ……もし、ここで次のバスを待ったら、おそらく面倒になって行かない気がする……
よし、歩いて行くか。
という訳で、歩いて墓参りに行く事にした。
ちなみにその霊園までの道は、街灯はまばらで、建物もほとんど無い。
建物といえば、霊園の手前にある民家を除けば、途中にゴルフ場のクラブハウスがあるくらい。
あと、その道は途中まで大きな川に沿っているので、川と道の間に大きな堤防があり、堤防の上はサイクリングロードになっていた。
もちろん、サイクリングロードに街灯は一切無い。
快晴の空の下、サイクリングロードを歩いて行く。
途中、川が合流する地点があって道路は橋になっているが、堤防の位置が高いので、足の下を通って川が合流している事など全然気にならない。
そんなこんなで陽が傾きかけた頃に霊園に到着。
霊園は広いし、年に一度しか墓参りには来ないので、墓の場所もあやふやだったが、なんとか墓を探し出してお参りを済ませた頃には、すっかり夕暮れになっていた。
後は帰るだけ……なのだが、来るのに3時間近く掛かった道をまた歩くのかと思うとゲンナリした。
しかし、それ以外に帰る方法がないのだから仕方ない。
来た道を戻って1時間ほど歩くと、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。
サイクリングロードには灯りが無いが、幸いにして月が出ていたので何も見えない真っ暗闇を歩くという事態は避けられた。
とはいえ、堤防の右側は下った先に大きな川との間に森が広がっていて真っ暗。
左側はごくたまに車が通る道路で、街灯がまばらなせいで思ったほど明るくない。
懐中電灯を持ってくればよかった。
ちなみに道路の横にある歩道を歩かなかったのは、時折、その道を珍走団が走るらしいと聞いたことがあったからだ。
そんな連中に絡まれたくないので、堤防の上を歩いていたのだ。
すると、風に乗るようにして、どこからか小太鼓を叩くような音が聞こえ始めた。
タン、トン、タン。
この音には聞き覚えがある……前に帰り道で聞こえた音だ。(第2話を参照)
相変わらずつっかえてはやり直している。
何故だか、怖いと思わず、少し安心してしまった。
以前に聞いた音だったからだろうか?
そうして太鼓の音を聞きながら歩いていき、川の合流地点に差し掛かった時だ。
突然、太鼓の音が聞こえなくなった。
そして次の瞬間、太鼓の音に代わるように、右後ろから低い男の声が聞こえてきた。
『$#※%@*¥#=~』
声は小さくて何を言ってるのか聞き取れない。
だが、それを聞いただけで背筋がゾッとした。
思わず立ち止まって振り返ってしまったが、誰もいない。
周囲を見渡しても自分以外の姿は無いし、堤防の右の下り部分にも、その先の森にも灯りは無く、誰かがいるようにも見えない。
なのに、相変わらず男の声が右後ろから聞こえてくる。
お教や別の言語といった聞いて意味が分からないというのではなく、単に声が小さくてよく聞こえないから言語として聞き取れない、そんな感じ。
もし聞き取れて意味が分かったら……そう思うと不安や恐怖、不快感が膨れ上がる。
その場にいるのが嫌になり、とりあえず先へ進むことにした。
しかし、声の大きさは変わらないし、ずっと聞こえている。
どうやらついてきてるようだ。
『>=※#~¥$@%=※#$¥¥※%』
相変わらず何を言っているのか聞き取れない。
まさか、このままずっと、家までついてくるのだろうか?
それは勘弁してほしい。切実に。
だが、川の合流地点を過ぎると、急にその声が聞こえなくなった。
そのまま足を進めても、再び声が聞こえる事は無かった。
その後は何事もなく家に帰り着いた。
自分のテリトリーに帰ってきた気がしてホッとすると同時に、あの声がなんだったのか、改めて気になった。
ずっと右後ろから聞こえていた声……
川との合流地点の上にいる時だけ聞こえた声……
何を言っているのか聞き取れなかった声……
きっと太鼓の音の主が居なくなったのも、あの声の男が来たからじゃないのか?
いくら考えても分かる事など無く、想像する事しかできないので、考えるのをやめた。
どうせ、自分にできることは無いのだ。
いや、できることが一つだけあった。
夜に、あのサイクリングロードを歩かないことだ。
それは今も守っている。
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