第6話 ネカフェ奇譚

あれは社会人になって何年目のことだったか。

時期的には高校野球の夏の甲子園が真っ盛りの頃だった。


当時、自分は友人達とオンラインでプレイする狩りゲームにハマっていた。

そりゃもう、ドップリと。

会社にゲーム機とゲームを持って行き、退社後にネカフェに泊まり込んで深夜までゲームするくらいだったのだから。


自宅の通信環境が充実していたらそんな事をしなくても良かったのだが、残念な事に自宅の通信環境は嫌になるほど弱いのだ。


故に、連休や長期休みとなるとネカフェにそのまま泊まり込んだりしてオンラインを満喫していた訳だ。


その時も、会社が夏休みだったので、よく利用していたネカフェに泊まり込みでゲームをしに行っていた。


午前中からネカフェに突撃して席を確保したら、身長より少し高い程度の板壁で仕切られた個室もどきでゲームの準備を整え、ヘッドホンをしたら早速オンラインの街にログイン。


すると、板壁の向こうから、子供のくぐもった声が聞こえて来た。イケとか、ウテとか言っている。

そのうち、父親らしき大人の男性の声も混じり始めた。

自分のいる個室もどきの通路を挟んだ向こうにはファミリールームなる複数人用の大部屋が一つだけあるので、おそらくはそこから聞こえているのだろう。

そして、多分だが、野球……この時間帯なら高校野球かな?…を見て応援しているようだ。


そういや、自分も小学校の頃なんかは夏休みに高校野球を見て、地元の高校を応援してたっけなぁ……


けどね、自分は思う訳ですよ。

なんでネカフェで見てるん?

わざわざここで見なくても、家で見たらいんじゃね?

テレビ壊れた?


わざわざゲームをやりに来てる自分を完全に棚に上げている。

盛大なブーメランだが気にしない。

心に棚を作れ。


狩りを始めてから1時間ちょっとが経った頃だろうか。

狩りの間にも、そして今も、応援の声はかすかに時々聞こえている。


ふぅ……トイレに行くか。

そして、自分は、ヘッドホンを外して気が付いた。


ヘッドホンしてて、他の部屋越しの声って聞こえるものか?


個室もどきを出ると、目の前にはファミリールームがある。

ドアに嵌められているガラスから室内を見る限り、部屋の灯りもテレビも点いておらず、薄暗い室内には誰もいないファミリールームが。


さっきまで聞こえていた応援の声は、それからは聞こえなかった。



自分がそのネカフェを出たのは2日後である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る