第9話 因果応報

あれは確か、大学3年目の秋だったか……


最初に言っておくと、これは完全に自業自得、因果応報な話だ。

自戒の意味も込めて、書き残す事にする。


その日、文化祭の打ち上げがあり、大学の研究室でしこたま酒を飲んだ後に、宿泊場所として大学近くの小さな会館を借りたのでそっちに移動して更に飲もうという事になった。

途中にあるコンビニで先輩達が好みの酒やつまみを買い足している間、自分は、コンビニの向かいにある古びた平屋の家の壁を見つめていた。


実はこの家、大学でまことしやかに囁かれる怪談でキッカケになる場所だと言われているのだ。


その怪談はこうだ。

地方から来た新入生が下宿を探そうとしたが、タイミング悪くどこも満室だった。実家から通うには遠すぎるので、何とか不動産屋に交渉して、平屋の一軒家で良ければ……と言われて紹介されたのが、目の前にある家だったそうだ。

あからさまに何かがあると言わんばかりに、家賃は破格の安さだったらしい。


とはいえ、他に当てもなし。

既に下宿が決まっていた地元の友人と内見に入らせてもらう事にした。

内見を進める内、ある和室の押し入れから嫌な感じを受けた新入生……意を決して押し入れの襖を開けると、目の前に男の子が据わっていたのを見たそうだ。

腰を抜かして友人を呼ぶと、友人もびっくりしていたが、それは押し入れにポツンと男の子の人形が置かれていたからだった。

新入生が確かに男の子を見たと言っても信じてもらえない。

新入生は怖さを怒りで振り払うように人形を雑に押し入れの奥へと放り投げ、他の部屋を見に行った。


結局、人形の件を不動産屋に言ったら簡単な謝罪をされただけだったし、やはり気持ち悪かったのもあって、その家はやめて、新入生はまだ空きがあった大学の寮に入ることになった。


入寮して初めての夜。

新入生は他の1年生と一緒に寮の先輩達から「伝統ある扱い」を受けさせられて悪酔いしたままフラフラで部屋に戻り、鍵を掛けるのも忘れて寝床に入ったそうだ。

ウトウトし始めた頃……


コトン。


何かが落ちた音がした。

部屋には棚もあるが、まだ落ちるような物を置いてないはず……何が落ちたのか確かめようと灯りを点けた新入生は、思わず悲鳴を上げてしまった。


それを聞きつけて、友人や先輩達が集まって来た。

皆が口々にどうしたか尋ねてくる。


新入生は怯えた顔で、棚の足元を震える手で指差した。


そこには、男の子の人形が転がっていた。


間違いない、あの家の押し入れで見た人形だ。


新入生とその友人が怯えながら説明するが、やはりマトモに信じてはもらえない。

そのうち、先輩の1人が「分かった分かった」と人形を自分の部屋に引き取ってくれる事になった。


まあ、そこからはこの手の怪談にありがちな、人形がいつの間にか戻って来るとか、なんだかんだあって、例の家に人形を戻しに行ってチャンチャン〜という展開が繰り広げられる訳だ。


いわゆるテンプレ怪談ではあるが、その怪談の舞台ではなく、キッカケとなった場所というのが珍しい気がする。


さて、そんな家を前にして、その時の自分は何を考えたのか……きっと酒を飲みすぎてテンションは上がり、代わりに抑制力がガタ落ちしていたのだろう……


「おらぁっ!」


その家の壁を思いっきりヤクザキックで蹴ったのだ。


何やってんだ自分……


やっちゃいけないと分かっている事をやってしまうのって、大半が、他の全てに勢いが勝った結果なんじゃなかろうかと思ってしまう出来事だった。


結局、その日はそのまま会館で飲んで、自分は下宿がすぐ近くなので部屋に帰って寝た。



異変は翌朝、早々に現れた。

唇の右端が鬱血したように変色し、大きく腫れ上がったのだ。

触ってみると、痛みこそ無いがブヨブヨした感触が気持ち悪く、引き攣れる感じがして口を大きく開けられない。


飲んでいた際に何かあってこうなったのか?

いや、こうなるような事は飲み会では何も無かった。

というか、何があったら一晩でこんな酷い腫れ方をするのか?

物凄く強く何かにぶつけた?

いや、そんな痛い思いをした記憶はない……昨日は部屋に帰って寝るまで記憶はしっかりしていたから、それは間違いない。

とりあえずその日は、病院に行く時間的余裕が無かったので、常備薬のオロ◯インを塗って絆創膏で隠して大学に行った。


それから、薬をいくつか試したり、冷やしたり、温めたり、思いつく方法を色々とやってみたが、2日経っても、3日経っても、一向に治る気配がない。

むしろ少しずつ大きくなってる気さえする。



こうなって来ると、もう頼みはオカルトしかない。



という訳で、4日目の深夜。

あの家の、蹴った壁の前に行き、コンビニで買った酒を供えて心から謝った。

申し訳ありませんでした、このような事はもうしません、と必死に。


謝るのが遅いよ、と思われるかもしれないが、当時の自分は「できそうな事は全てやって、それでダメならオカルト頼み」と考えていたのだ。

何でもオカルトが最初に来るのはダメだ、と。

オカルトは好きだが、オカルトが全てになるのは違う、と。



さて、翌日。

朝起きると、唇の変色も腫れも、まるで何も無かったかのように綺麗に引いていた。

ビックリである。


そりゃ確かに、偶然と言えなくもないだろう。

たまたまタイミングが重なっただけだと。


だが、自分の中では、「許されて良かった……」とストンと腑に落ちてしまったのだ。

だから、他人が何と言おうと、やっぱ、ああいうのって、馬鹿にしちゃいかんのだと思ったのだ。


それ以来、心霊スポットと呼ばれる場所に、そうと知って行く事はなくなった。



もう一度言う。

これは完全に自業自得、因果応報な話だ。

自分が馬鹿をやって報いを受けた、ただそれだけの話なのだ。

そして、この時の自分は、幸いにもこれだけで済んだのだ。

次も許されるかどうかなんて分からない。

むしろ、次は無いと思ったほうがいいし、何の力も無いのだから、これからも下手に余計な首を突っ込まない方がいいのだ。


自戒を込めて。

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