第8話 道を渡るモノ
あれは社会人になって何年目のことだったか。
時期的にはお盆が近く、会社も夏休みに入った頃だった。
連休なのをいいことに、たまの贅沢とばかりにホテルを取って、昼から夜中までネカフェにゲームをしに行っていた。
ちなみに、最初はホテルの部屋でゲームをしようと思ったのだが、予想以上にホテルの回線が弱かったので、早々に部屋でのゲームを諦めてネカフェに走ったのだった。
そしてゲームを終えてネカフェからホテルに帰る途中……時間は大体、午前3時近く。
さすがにその時間ともなれば、いくら結構な大都市と言えど、歓楽街ならタクシーなどが走っているかもしれないが、終電もとうに過ぎた駅前では車は一切走っていなかった。
普段は目にする事の無い、自分以外に動くモノが無い景色。
活気がある時間帯には明るい看板も今は夜に染まり、街灯と信号くらいしか辺りを照らす物がない。
聞こえる音も、自分の足音と歩行者用の信号から聞こえるガイドの音だけ。
なんとなく、見慣れているハズの景色が垣間見せる特別感というか……そういう舞台って分かる人には分かる大好物ではないかと思ってしまう。
そんなこんなで、ちよっとした高揚感を感じつつ、車が全然来ないのをいい事に、広い道路のど真ん中を堂々と斜め横断してみたりした。
道路の真ん中まで来た、その時だ。
突然背後から足音が聞こえた。
ズザッ、ザッ……ズザッ、ザッ……ズザッ、ザッ……
片足を引きずってゆっくり歩くような足音が。
意外と近い。
さっきまで自分以外に誰もいなかったはずなのに?と驚き、振り返ると……
それは居た。
道路のど真ん中を渡ろうとするのではなく、道路に沿って真っ直ぐ歩いている……
白い下半身が。
それはまるで、白いジーンズのようなズボンを履いた腰から下だけの姿。
要するに白いズボンだけが、まるで強い光に照らされているように白く輝きながら、片方の足を引きずって歩いていたのだ。
上半身は黒い服を着ていたから見え難かったとかそういう事では無い。
上半身が在るべき場所に何も無かった証拠に、向こう側の景色が見えていたのだから。
靴についてはよく覚えていないが、白いスニーカーの様な靴を履いていた気がする。
ソレがゆっくり近付いてくる。
今にして思えば、叫び出してもおかしくない状況だった。
しかし、何故か自分は冷静に「うわ、ヤバいのいる」と思っただけで、すぐにソイツに背を向けてホテルへの道を早歩きで急ぐ事にしたのだ。
背を向けたら飛びかかってくるんじゃないかとか、逃げ出したら速度を上げて追いかけてくるんじゃないかとか、そんな事は一切考えてなかった。
見るからにヤバいのから離れたい。
それだけを考えていたと思う。
それでも走るではなく早歩きに留めたのは、我ながら中途半端な対応だったな、とは思う。
しかし、結果としてその作戦が功を奏したのか、引きずるような足音はどんどん遠ざかっていった。
交差点を右に曲がると、やがて足音は聞こえなくなり、周囲を見渡しても何もいなかったので、安心してホテルの部屋に帰ることができた。
幸いにしてホテルで変な目に遭う事もなく、それ以来、その変なモノは見ていない。
ちなみにその後、自分の中ではアレは実は腰が直角以上に曲がったご老人だったのではないか?という説に落ち着いた。
自分はほぼ真正面から見た訳だし、腰がそれだけ曲がっていれば上半身が無いと勘違いするのもありえない話ではないだろう。
それに、そんな老人なら、そんな時間に徘徊していても、足を引きずりながら歩いていても、別段、不思議ではないと思うのだ。
うん、きっとそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます