エピローグ
第49話 そのあとも人生は続く
アルヒ村は心象風景の具現化が発動した段階で、空間ごと消滅していた。ただ幸いにもその日はジャックとダリアの結婚式を執り行うため、ほとんどの者が村の離れにある神殿で寝泊まりして準備をしていたらしい。建造物は消し飛んだが、被害者は最小限に抑えられた。
今回の一件は黒魔獣の襲撃として処理。
ジャック、ダリア、クレア、Aランク冒険者数名は、黒魔獣の手にかかり死亡。その後、
ちなみに《魔王の代行者》とは、俺のことだ。
事件から二週間が過ぎた現在、アルヒ村の再復興のため人員を増やして急ピッチで建造物の建設に取り組み、俺も力仕事を手伝っていた。
本当なら魔王と対峙するはずが実現していない。というのもあの
俺単品ではレベル87なので地道にレベルを上げて99になってから出直すことに。ただ鬼道丸が「暇潰しに付き合え」と、三日に一度は相手をさせられる。
「実に気骨ある青年だ。まさに原石、血が滾る!」などの発言をする彼は間違いなく瀧月朗の孫ツバサだ。だがこの二人は未だに「血縁関係ではない」と否定している。なぜだかはよくわからん。
(明後日あたり手合わせとか言って呼び出されるな。……ん?)
ふと通信魔導具のイヤカーフに通信が入る。かかってくるのは一人しかいない。
『ふん。毎度毎度我が側近、鬼道丸に敗れるとは情けな──』
速攻で通信を切ったのだが、数秒置いて再び通信が入る。
『ちょ、俺だ、俺! 切るとは何事だ!』
「俺々詐欺は間にあっている」
『どんな切り返し方だ! というかこちらは毎日毎日、お茶会の準備をしているのだぞ!』
律儀に毎日お出迎えの準備をしている魔王を想像したら面白かった。というか笑った。
「仕方ないだろう。オレ単体ではまだまだレベルが足りないのだから」
『む。ならば早くレベル99になれ』
「う、わかっている。……魔王になってからやることは多いが、その前にやっておきたいことがたくさんあるからな。慈善事業?」
『そういうお節介なところは、姉貴に似てきたな』
「いいや単なる偽善だよ」
それだけ言うと通話を切った。自分自身と会話するのは言い得て妙だが、悪くはなかった。
***
魔王は玉座に座したまま、ステンドグラスから差し込む光へと視線を向けた。
静寂な玉座には不釣り合いな丸井テーブルが一つ。
その上には二人分のティーカップにスコーンやケーキ、サンドイッチなどが並び、向かいに簡素な造りの椅子が用意されている。今や体の半分は竜人亡霊となり、魔王らしい外見に戻りつつあった。
「まったく呑気なものだ。そう思わないか、鬼道丸」
音もなく緋色の鎧武者が玉座に姿を見せた。
鎧の関節から一気に水蒸気が噴き出し、甲冑が解除され騎乗者が大理石の床に降り立つ。
外見は十代そこらの森人族の美少女だった。長い耳、金色の髪に、宝石のようなオッドアイの瞳、真っ白な肌。華奢な少女は白装束を身に纏い黒塗りの下駄を履く。
「む、良いのではないか。『遠きに行くには必ず邇きよりす』と先人たちも言っておっただろう。順序よく強くなっておる。我は魔王の次に、いい男だと思っておるぞ!」
腰に手を当て鬼道丸は破顔する。魔王は反応に困り、話を逸らした。
「そ、そうか。……それで長年探していた『爺様』に会えた感想はないのか?」
「むむ。爺様がどこにいるのだ! あんな貧弱な森人族が、私の崇拝する爺様なわけがない」
「でも強かっただろう」
「肉体がまったく馴染めていない。後百年ぐらいでなければ、ナントカ流派の力は百パーセント引き出せん」
確かに森人族は比較的筋肉がつきにくい種族のようで鍛えても肉体強化に弱く細身のすらっとした体系が多い。鬼道丸も筋骨隆々の猛者に負けぬ膂力を持ち合わせているが、まったく筋肉がつかず絶望し、
「それに比べて煌月殿の腹筋や背筋は中々に育っておってよかったぞ」
(この筋肉オタクは、自分の祖父を探す目的よりも強者との戦い大好きっ子だからな……。レベル100越えの冒険者の寿命は長い。結論を急ぐ必要もないだろう)
鬼道丸は椅子に腰かけると今日も二人分のスイーツを頬張る。そうやって食べているところは、年相応の少女と変わらないのだが。
「ふむ。黒魔獣の反応はないし漆黒花の発生率も減少している。この星の干渉によって暫くは平穏だとよいが。あの者は気まぐれすぎる」
「だろうな。紺碧竜が生まれたことにより、
「かかかっ、つくづく面倒な星回りよのぅ」
「だろう。鬼道丸も面倒になったら、いつでも自分の役割を終えて構わないからな」
それを聞いて鬼道丸は豪快に笑った。
「かかかっ諄い。恩を返す前にこの世界に召喚された故、世界の終焉まで存分に付き合うと申しただろう」
「その恩は俺じゃなくて姉が命がけでしたことだ。俺に返ってくるのはおかしい」
「貴公の姉に命を救われ二度目の転生は貴公の計らいなのだ、なんら間違いではない。姉君に負けず、貴公は我らの心を救ってくれた。感謝している」
魔王は「そうか」と呟いたが、その口元は少しだけ綻んでいた。
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