第35話 裏切り者は誰?
この世界に魂をデータ化して、新たな肉体を与えて再現させた――といってしまえば、なんとも味気ないがイメージとしては間違ってないだろう。
「レベル100を超えた方には、この事実をお伝えしているようです。もっともレベル100になっている者の殆どは、代理戦争時代の記憶が断片的に蘇っていたりしていますから、この世界の真実を理解するのは早いでしょう。それでも現実を受け入れられず精神異常を起こす者もいたので、隔離あるいは記憶改竄、レベルダウンを起こさせるなどの対処をしてきました」
となると漆黒花というのは、魔王が意図的に作り出した存在ではないのだろう。それは魔王とは真逆の世界を望んでいる。
「この世界の設定がゲーム寄り――システム化したのは、管理しやすくするためでした。そして一元管理外に生まれたバグ。それは旧人類の怨念であり、概念であり形はなかったが百年という年月をかけて種に宿ったのです。物に魂が宿るというアニミズムという概念が日本では根強く存在しており、その概念を漆黒花は利用したと魔王はおっしゃっていました」
「……」
だとすると黒魔獣という形状もまた
陽菜乃のおかげで妙な知識はあったし。
「平和な世界だったが漆黒花の出現により、魔獣専門殲滅部隊である《狩人》の設立、異世界人の手厚い保護が必要になったということか」
「はい。黒魔獣の出現は約百年前から始まっており、その圧倒的な脅威に対抗すべくSランクに新たな役割が与えられました」
「それは──なんとも面倒だな」
「厄介ではありましたが、報酬として《探し人》の再転生率の優遇、Sランクの肉体の維持に寿命が延びることなどの特権を得ました」
一度は絶望と断絶で終わったからこそ探し人との再会を切に望み、今度こそ幸せな人生を謳歌したいと思うのは当然だ。
その気持ちはわかる。
「私もずっと彼女を待っております。元の世界でいつも助けてくれた大事な人。ダリアやシエスタは出会えたみたいで羨ましいものです」
シエスタ。その名にドキリとした。
「陽菜乃──シエスタのことを」
「ええ。彼女は貴方が再転生するのを、ずっと待っていたのですから。そして魔王直々に《魔王の半身》を漆黒花から守るように命じられていました」
「なっ!?」
思い返すと陽菜乃は俺の傍にずっと居たし、やたら高価な魔道具を身につけるように渡してきた。
「でも、それなら三年前に俺たちが黒魔獣に襲われた時に、シエスタはなぜ本来の力を解放しなかった!? その後も、すぐに姿を消したのは──」
ずっと胸の内に引っ掛かっていた感情が爆発する。だが途中でこの感情をぶつける相手はクローではないと気づき言葉を切った。
「そう思うのは当然でしょう」
「すまない。……貴女にいう言葉ではなかった」
「かまいません。……そうやって感情をぶつけたいと思う相手がいるのが羨ましいですわ。あの一件によって漆黒花や黒魔獣の脅威判定は跳ね上がりました。それほどまでに旧世界の怨念は深く年月を重ねるにつれ狡猾になってきています」
「漆黒花に人格が芽生えたことで、三年前以上の厄災が降り注ぐ可能性があるというのか?」
「はい。漆黒花と結託した冒険者が出た以上、状況は最悪といえるでしょう」
「!」
冒険者が敵側に寝返った。なにかの冗談のように聞こえたが、クローは言葉を続ける。
「普通ならあんなモノと手を組もうなどと考えません。なにせ漆黒花の本懐はこの世界の破壊なのだから。でも世界を破壊してまで手に入れたい願いがあったとしたらどうです」
「──っ!」
たとえば《探し人》との再会。再転生するとはいっても欠けた魂の
「待てなかった──ということか」
「ええ。それが三年前の襲撃を手引きした実行犯なのです」
「それは、一体──」
三年前。
黒魔獣の襲撃で得をする人間などいるだろうか。あの一件がなければ陽菜乃は俺の傍に居てくれた──と思う。そう考えて俺が《魔王の半身》だということを前提に思考を巡らせる。あの一件がなければ三年でレベル86になれたか不明だ。
俺のレベル上げ、そして急成長を遂げさせるのなら──。
(主犯が陽菜乃という可能性も──いや。もし俺が急速に強くならないといけない状況になったのなら、もっと別のやり方があったはずだ。なにより得をしているとは思えない)
陽菜乃を容疑者から外すとして、他に得をした人間。
「ここは図書館。気になるのでしたら調べることを推奨しますわ。そして答えに辿り着いたら、私から一つ贈物を差し上げましょう」
そう言ってクローは、図書館の更に奥へと消えた。
彼女が去ったことで力が抜けて座り込み、暫くその場から動けなかった。
どのくらい経っただろう。
腕の中で身じろぎする存在に気づき、俺は視線を落とした。幼竜は「あるじぃ……りんご」と、規則正しい寝息を立てている。その姿に力が抜けてしまった。
「ははっ……。ほんと、お前には救われてばかりだな」
情報量が多かったものの、ずっと胸の奥にあった靄が少し晴れた気がした。確かにいきなり魔王に会うより、自分の中で受け入れ易かった気がする。
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