第39話 探し人と花束
《エストレリャ洞窟》を出て陽菜乃に会うため《大都市デケンベル》に戻った。
仮宿で風呂に入って身支度を整えてから彼女を探したのだが──アルム村とは違い大都市の中で女性一人探すのは思ったより困難で、その日は何の収穫も得られなかった。
(すぐに会えると思っていたが誤算だったな。……こうなると先に鬼道丸と接点を持つのを急ぐべきか? 次に《クイーン》が動くとしたら、ギルマスとジャックの結婚式しかない)
その日はアルム村に様々な人が訪れるし、《狩人》や上位冒険者たちも《クイーン》の討伐のためにかなりの数が徴収されているはずだ。現に大規模転移が可能な《大都市デケンベル》に上位冒険者たちが集まっている。
もっともこの時期は地下闘技場での決闘大会の開催と被るので、今年は上位冒険者たちが多く集まってもあまり気にならないのだろう。
「(さて新しく得た特権でできそうなことは……)ステータス・オープン」
ステータス画面とは別に真っ黒なポップアップ通知が出た。これは俺が《魔王の半身》だと自覚したときに表示されるようになったものだ。
魔王特権。
・《狩人》の報告書の閲覧が可能になっています。※一部閲覧不可があります。
・個別通話、個々人の位置特定の利用は魔王の承認が必須です。
・魔王特権の究極能力(アルティメット・スキル)は魔王の承認が必須です。
《褐色の聖女》クローから渡されたイヤカーフは通信用魔導具だというのはわかるが、これを使うのは少なくとも魔王特権の究極能力を使用するときに取っておくべきだろう。
(……にしても、今回の《クイーン》討伐の殺害リストに、あの二人も入っている。計画立案は誰だ? 鬼道丸、いや、魔王か?)
昔の──損得勘定で動いていた俺ならやりかねない。そして
確かに過ちを犯して罪を重ねた。けれど前回と同じようなバッドエンドなど許せるものか。やはり《クイーン》討伐のプランを変えるためにも鬼道丸と接触すべきだという結論に至る。
ふとそこでレベル99で《摩天楼グラドナス》に向かった瀧月朗のことを思い出し、すぐさま《大都市デケンベル》のギルド会館へ向かい、《摩天楼グラドナス》のギルド本部に通信連絡をする。
『はい。冒険者ギルド・グラドナス会館です』と平坦な声が返ってきた。俺は会館に寄るだろう瀧月朗に言付けを頼んだのだが、そう上手くはいかなかった。
『申し訳ございません。瀧月朗様は現在、鬼道丸様と通算八十九回目の模擬戦の最中でして、連絡にはかなりのお時間がかかると見込まれます』
(あの戦闘狂っ!)
思わず叫びそうになるのを堪えて、とりあえず言付けだけを頼んだ。
(──ってか、瀧月朗の奴、ジャックたちの結婚式のこと忘れてないだろうな)
こうなると戦闘中の鬼道丸と謁見するのは難しい。かといって正攻法で魔王に会う場合、《クイーン》に勘づかれる可能性もある。下手に《魔王の半身》であることを周囲にバレるのは避けたい。
(一足先にアルム村に戻るか。……いや、ジャックに頼まれていた花屋の受け取りも終わってないし、今言ったら結婚式の準備を手伝わされて身動きが取れなくなる。鬼道丸が難しいのなら、《狩人》の構成員である陽菜乃に──)
《クイーン》討伐の件がなくても陽菜乃に会いたかった。
魔王だった頃の記憶が鮮明に戻った今、もう一度陽菜乃の顔を見たい。そのために世界の理を作り替えたのだから──。
そこに後悔はない。
たとえもう一緒にいることができなくなったとしても、彼女と会って話がしたい。
***
翌日、彼女の足取りを追うことは困難を極めていた。こんなことなら陽菜乃が転移魔法でこの都市に戻ってきた時に、声をかけておけばよかったと後悔する。
(あーーーーー、手詰まり、か)
少し休憩しようと近くのベンチに腰を下ろした。すぐ傍に見える石造アーチ橋は見事なもので、橋一つからでもこの大都市の歴史が感じられる。ライラに陽菜乃を探すよう頼んでみたが、集中力が続かず食べ物の匂いに釣られて失敗。警察犬のようにはいかないようだ。まあ、竜だし。
俺は中央広場で見かけた陽菜乃──シエスタの姿を思い出していた。華やかで注目を浴びていた彼女が普通に歩けるわけもない。それこそ出歩くたびに厄介ごとに巻き込まれて、気が休まらないだろう。
空を仰ぎ見ると大きな雲が悠々と通り過ぎていく。元の世界と異なるのは雲と共に
「あるじ」
袖を引っ張るライラは、白いワンピースを着こなした幼女の姿をしている。
「ん? どうしたライラ? リンゴのお代わりか?」
「あるじ。お花、取りに行かなくていいの?」
「……ああ。ジャックの頼まれごと。そうだな」
明日はジャックとダリアの結婚式がある。そのまえに陽菜乃に会いたかったが時間切れだ。
(鬼道丸への根回しはできなかったが、まあいい。《クイーン》が介入するのは恐らく結婚式の最中だということを念頭に入れて動くしかない)
漆黒花の女王、《クイーン》は、勇魔システムの筋書きを熟知している。幸福から絶望に叩き落とすタイミングを考えて式直前、または式の最中に《クイーン》と黒魔獣が出現するだろう。問題はそれらの相当ではなく、実行犯とその関係者を救う方法だ。
(こっちの方法も手詰まりで解決方法は見つけられなかった。俺がもっと早く魔王としての記憶が戻っていれば……)
「あるじ?」
「ん、ああ。行こうか」
立ち上がると、ライラも俺に倣ってベンチから離れた。そんな所作すら可愛らしい。完全に保護者としての目線だが。
***
それから俺とライラは、はぐれないよう手を繋いで花屋を訪れた。女性客からの視線を感じつつ、ジャックが依頼していたブーケを受け取り、アイテム・ストレージに収納する。
それにしても様々な種類の花や色が見られた。
(桃色以外にも色があるんだな。少し意外だ)
「桃色の花以外を見るのは珍しいですよね」と快活な女店員は営業スマイルで話しかけてくる。
「あ、ああ」
「近年は
それにしても店の店員とはこんなに懇切丁寧なものなのだろうか。以前アクセサリー店などでもやたら話しかけられて食事に誘われることもあったな。全部断ったけど。
「スズランのような白い花は数が少ないんだな」
「そうなのです。白は結婚式などで重宝するのですが栽培が難しくて。……それにレーヴ・ログのスズランは葉全体に猛毒があるので扱いが厳しいのです」
「そ、そうなのか。毒……。(クローは流石に知っているよな)」
ぞくり――と背筋が震えた。
『縺輔≠縲∫焚荳也阜莠コ縲よ・ス縺励>蜑榊鐙謌ヲ繧貞ァ九a縺セ縺励g縺!』
それは三年前に聞いた人外の言語。
膨れ上がる殺意に身構えた直後、店内で悲鳴が上がった。
「きゃあああああああああああ!!」
悲鳴のほうに視線を向けると、大量の白い花に交じって毒々しい黒い彼岸花が一輪、店員の腕に絡みついている。
手を伸ばすが――間に合わない。漆黒花の太い茎が店員の胸を貫いた。
(漆黒花っ!? なんでこんなところに!)
「──あ、あああああああああああああああああ≠縺ゅ≠縺ゅ≠蜉ゥ縺!!」
店内にいた他の店員や来客はパニックに陥り、一斉に外に逃げ出す。
三年前の一件で村や都市内だろうと黒魔獣あるいは魔物との戦闘に限り、戦闘が許可されるようになった。三年前はギルド会館の緊急事態宣言により一時的に解消されたが初動が遅れたことで被害も大きかった。
「
俺は距離を詰め――無詠唱で灼熱の炎を右腕に纏い、漆黒花を握り潰す。
「辟。鬧?□辟。鬧?□辟。鬧?□辟。鬧?□辟。鬧?□辟。鬧?□!」
(チッ、核はやっぱり心臓部分か!)
表面の漆黒花は炭化させるたが、核は店員の胸の奥に侵入したままで何の解決もしていない。まだ店員は生きているがすぐに心臓が止まり完全に漆黒花の器となり果てるだろう。
その証拠に店員のHPゲージが急激に低下。しかし三年前は一瞬で冒険者に寄生したはずなのに今回はかなり進行が遅い。
この違いは――。
鑑定眼で店員を見ると《植物耐性》、《毒物耐性》、《都市結界加護》と記載されていた。
(《都市結界加護》の効果で、漆黒化の動きを低下させ寄生を遅らせているのか。なら完全に心臓が止まる前に核だけを破壊して回復薬を使えば――)
自分でも驚くほど冷静に分析できているものの、体が鉛のように重い。
今ここで彼女が黒魔獣になることを阻止できなければ、被害者は増えるだろう。被害者最小限に抑える方法は一つしかないというのに、俺は覚悟ができなかった。
(なにかないのか、彼女を本当に助ける方法は──!)
轟音と地響きが遠くから聞こえた。
連続的に爆発音や剣戟が近づく。
(まさか、ここ以外でも漆黒花が紛れ込んでいるっていうのか!?)
外の戦闘にほんの数秒、意識を逸らした刹那。
店員の体から漆黒の枝が無数に生え、鞭となって襲い掛る。
(しまっ──)
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