第38話 それでも俺は偽善を選ぶ
「──っ、あ!」
飛び起きると、木漏れ日が差し掛かり淡い若葉色の木々が目に入った。一瞬、ここがどこかが分からず困惑していると「あるじ♪」と幼竜が俺の胸元にタックルしてきた。
「ぐふっ」
幼竜的にはじゃれて抱きついたつもりなのだろうが、総重量とスピード的に常人なら肋骨が折れている。俺のHPゲージもちょっと削れていた。
「あるじ。やっと起きた」
「……ライラ。飛びつくなら、もっとゆっくりな。危ないから……というか俺以外だったらHPゲージが三割切るぞ」
「はーい♪」
片手をあげて元気よく返事をする幼竜に、自然と気持ちが緩む。
自分の正体やこれまで何があったのかを知った後で取り乱さずにいられたのは、《ミミズクの館》の緑豊かな景色と天真爛漫なライラの存在が大きい。
「陽菜乃……」
魔王の記憶があるていど戻ったことで、不可解だったピースが一気に繋がった。
まず陽菜乃が剣を握れなくなったのは、恐らく俺──魔王を刺したことに起因している。そして三年前、俺の傍から黙っていなくなったのは『Sランクの冒険者の極秘任務が終了した』と周囲に、いや、漆黒花と手を組んだ人物にそう印象付けたかったからだ。
夫婦として居続けるには俺のレベルはあまりにも低すぎたし、《魔王の半身》であることをあの時点で絶対に気取られる訳にはいかなかった。だから陽菜乃は何も言えずに去ったのだ。
(陽菜乃はそれを笑顔でやり通す。アイツがとんでもないものを抱えているってのはわかっていたのに……。くそっ!)
歯を食いしばり、自分の不甲斐なさに腸が煮えくりかえりそうになる。
「あるじ? いらいら?」
「あ。いや、大丈夫だ」
ライラの言葉で冷静さを取り戻し、俺は大きく息を吐いた。
(陽菜乃のことも大事だが、優先すべきは三年前の真相を調べる必要がある)
《ミミズクの館》にある図書館はレーヴ・ログの記録データが全て保管されており、保管作業要員であるウサギは燕尾服に身を包み二足歩行で忙しなく働いている。ライラには負けるがウサギたちは中々に可愛らしい。
(そういえば《ミミズクの館》の主は《魔物使い》って書かれていたな)
その日から図書館の本を読むのが日課となった。
元々、洞窟でのクエストは終わっているので時間に余裕はある。それに魔王が《ミミズクの館》を俺に用意したのは《魔王の半身》としてのセーフティゾーンを作るためでもあったのだろう。漆黒花の脅威に対抗するためにも拠点は大事だ。
《ミミズクの館》にある書物は一見本の形を保っているが、ページを開くと指紋認証によって白紙に文字が浮かび上がる仕様になっている。
「あ、あった」
俺が調べていたのはCランク《夜明けの旅団》の死亡記録だ。彼らは四年前、《迷宮の大森林》で消息を絶ったと記載されているがその後、一年の空白があり黒魔獣の器となって俺たちと遭遇。
最終的にシエスタとギルマスによって討伐された。
(俺たちが戦ったのは弓使いのサカモト、守護戦士のシロ、暗殺者のムラサキの三人だけだ。だがあの時、神官のレンジの姿はなかった。……彼はどこで死んだ?)
俺と戦った三人の死亡データに間違いないのだが、そこに四人目のデータがない。
詳しく調べた結果、神官の死亡場所はアルム村内とある。さらにアルム村での死亡リストが他の町や村よりも多いことに気づいた。日付は三年前のあの襲撃となっているがその死亡者リストの殆どはA、Bランクの冒険者とある。この内容に強い違和感を覚えた。
(当時は治療や復興作業でバタバタしていたが、なるほどそういうことだったのか)
裏切った冒険者は誰なのか。
なぜ裏切ったのか。
三年前、陽菜乃は黒魔獣に背を向けてなぜアルム村に戻ったのか。
そもそもなぜ三年前に黒魔獣の襲撃が起こったのか。
なぜアイツは呪われてしまったのか。
その答えは《狩人》の機密文書に記載されていた『人格を持った漆黒花が出現』に起因している。
人格を持った漆黒花、
(……クローが問いたいのは真実を知った俺がどう動くつもりなのか――ってことだろうな)
答えを導き出し、その足で俺は中庭に向かった。
若葉色の植物が生い茂り、中庭を埋め尽くさんと白いスズランの花が揺らいでいる。
奥の東屋には《褐色の聖女》クローが一人でお茶をしていた。改めて思ったがせわしなく動き回る燕尾服のウサギはいるものの肝心のミミズクの姿がない。精々白い小鳥たちがテーブルの上で、ケーキを摘まんでいるぐらいだ。
「スズランはここで栽培しているのか?」
「……ええ、ちょうど三年前に栽培したらこんなに咲いてくれました」
クローは愛おしそうにスズランの花に視線を向けた。
今日も黒いベールで素顔を隠して真っ黒な修道服に身を包んでおり、何度見ても不吉で聖女というより陰鬱な魔女のほうがしっくりくる。
「それにしても意外と早かったのですね。もっと思い悩むかと思っていました」
「そう悠長なこともいっていられないだろう」
「まあ、そうですね。……時間も無いことだし答え合わせをしましょうか」
「その前に一つ聞いてもいいか」
「聞きましょう」
クローはカップをソーサラーに戻し、俺へと向き直った。
「異世界人が再転生することで新たな人生を謳歌しているのはわかった。ただこの世界にいる全ての者は異世界人の再転生者なのか?」
これはライラのことも含まれる。
レーヴ・ログの人口数の全てが異世界人だというのは正直考えられなかった。そしてその部分の記憶が欠落しているのは俺が《魔王の半身》であり、完全体ではないからだ。だからこそクローに問うた。
「異世界人は全体の人口の一割程度かしら。そうじゃない人たちはリーベが旧世界において無害だと判断した魂を再転生させていると聞いているわ」
「そう……か」
つまり魔王は旧世界を憎みつつも、無害な魂に関しては再転生を許可した。異世界人と同じように一度無慈悲に人生を奪った代わりに穏やかな人生を用意したのだ。その裁量に当時の魔王の心情はどれほどのものだったのだろう。ただ偽善者らしい考えはまさに俺らしかった。
「それで三年前の実行犯は、誰かわかったのですか?」
催促するクローに、俺は一拍おいて答えた。
「実行犯は──だ」
事実を口にした瞬間、周囲にいた小鳥たちが一斉に飛び去って行った。
「正解です。それで貴方は真実を知ってどうするのですか?」
「まずはここを出て陽菜乃に会う」
予想外の返答だったのかクローは、理解できないといった顔で俺を睨んだ。
「元々、陽菜乃と同じぐらい強くなったら会いに行く予定だったからな、これで胸を張って会いに行ける」
「てっきり魔王に会いに行くと思っていたのですが勘が外れてしまいました」
「魔王の元にも行くさ。だがその前に陽菜乃と会って漆黒花の女王、《クイーン》を滅ぼすのが先だ」
これは俺が魔王だからとかではなく、俺自身がそうしたいから。
「……《クイーン》を、ですか」
三年前の実行犯とその関係者をどうするつもりなのか──と暗に言っているのだろう。
「三年前に鬼道丸とシエスタがその冒険者たちを掃討しなかった。それが全てだ」
「それは……そうですが」
危険分子だから排除するという考え方は《狩人》の中にもいる。だからこそ監視下に置かれている間に、俺は救う手立てを探すと決めたのだ。
諦めてたまるものか。
頑なな俺の態度にクローは折れた。
「……いいでしょう。ただ下手に動くと《狩人》に目を付けられますのでご注意を。特に鬼道丸を敵に回すことは得策ではないかと思います」
「そうだな。俺もできるだけ『ハッピーエンド』になるよう努力する」
「ふふっ。そういうところは魔王と同じなのですね」
「まあ《魔王の半身》だからな」
俺は踵を返し、ウサギと鬼ごっこをしているライラを呼んだ。
「貴方が再び完全体の魔王になった暁には、この星をどのように運用するおつもりですか?」
それは俺の中でまだ結論が出ていない。沈黙が答えだと分かったのかクローは言及することはなかった。
「煌月様、これを貴方に」
「!」
そう言って投げて寄こしたのは通信魔導具の一種で銀のイヤカーフだった。凝った紋様が刻まれており古代文字をベースとした特注品のようだ。
「この数日、楽しかったですわ。それともう一つだけいいことを教えて差し上げます」
「いいこと?」
「貴方とシエスタはまだ離婚していませんよ。神殿への離婚提出届は受理されてはおらず凍結しております」
「え、は……。じゃあ」
「調べていなかったのですね。……それがシエスタの本心だと申しておきましょう。ではどうかお元気で」
手を振る彼女は名残惜しそうに、それでも微笑んで送り出してくれた。たった一人で館を管理する《褐色の聖女》が少しだけ寂しそうな、羨ましそうな視線を向けていた気がした。
俺は足早に中庭を出て図書館の廊下を一直線に進む。廊下の壁にも絵画などが展示されているのが見えたのだが、ふと真っ白なキャンバスに英語で書かれた文章が目に止まる。血のように赤い絵の具で書き殴られた英文を、俺は何処かで見たことがあった。
あれは確か──。
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