第12話 冒険者の資質

 異世界に来てから、一ヵ月が経過した。

 日常生活にも慣れ始め、陽菜乃の精神状態も大分落ち着いてきた頃、彼女から「訓練とクエストを受けたい」と言い出した。


 それは陽菜乃のレベルが26、俺のレベルが14になった頃でもあった。なぜか俺のレベルはレベル5以降から上がりにくくなった。MPやHPはかなり増えているのに、レベルだけが低い、というおかしな状態になっている。


 通常ならレベル27くらいにステータスらしい──これは受付嬢ルーナからの情報だ。俺のステータスはバグのような文字が多い。呪われている訳じゃないらしいが、イレギュラーではあるとか。


「これからはクエストのためにも、パーティーメンバーを揃えないとですね!」

「いいのか? もう少しのんびりしていても」

「ううん。この世界に先輩がいて、一緒に生きているって実感できたから、数時間ぐらい離れても大丈夫です! でも夜は寂しいので、添い寝したいです」

「(丸一日離れるのはまだダメそうな感じだな。そしてちゃっかり添い寝って……)そうと決まればパーティーメンバーを揃えないとな」

「はい!」


 紆余曲折あったが、訓練とクエストを受けることにした。ようやく冒険らしくなって来た──と思う。今日までの模擬戦というか完全にdead生きるか or alive死ぬかの戦いだった。スパルタ、過酷なだけだったような。


 そんな地獄の修行──うん、死に物狂いの修行のせいか、特訓が天国のように思えた。

 まともだ。

 戦士職である俺は一にも二にも、体力が必須だ。


(この二週間、運動や筋トレも欠かさずに、こなしていて本当によかった)


 冒険者ギルドの地下五階にあるだだっ広い空間をフィールドに見立てて、出現した仮想敵と戦うのが戦士職の実戦訓練らしい。

 このカリキュラムが終われば、パーティーを組んでクエストを受けられる。


「対人訓練がないのは、魔物が獣に特化しているからでもある! さあ、張り切って挑めよ」

「ああ(いつも通りの熱血さだな)」


 敵は幻想魔法で造り出したニセモノだが、魔物の生態に合わせた動きで襲いかかってくる。攻撃の躱し方や間合い、攻撃技などをより実践形式で学ぶ、もちろんHPゲージが五割を切ったら自動解除されるらしい。


(魔物と戦うことを慣らしてからクエスト許可って、随分と過保護というか、まるでチュートリアルだな)


 もっともそう思っていたのは、ゲーム開始前までだ。

 轟ッ!!


「ぎゃふ!」


 土煙をまき散らし、砂の中を移動する土蚯蚓サンドワームが地中から飛び出してくる。あの釣りの餌に使う蚯蚓のようなアレだ。正直言ってでかくなるとグロイ、臭い、動きがキモイの三重苦が迫ってくる。

 幻想魔法だからとか、そう言う問題じゃない!


「うぉおおおおおおお!(スパルタ過ぎないか!? というかこれ設定したのは誰だよ!? 絶対にレベル14向けじゃないだろう! 土蚯蚓サンドワームに大群って無理ゲーだろうが!)」


 全長二メートルの巨大蚯蚓が有象無象に蠢くさまは、なんとも醜悪だ。

 それでも陽菜乃のしごきがあったおかげで、回避は慣れている。何か口から吐いたのは消化液か、ジュッと嫌な音を上げて周囲の草木が蒸発して消えた。


(あんなの、直撃したら死ぬだろう!)


 心の中で毒づきながらも、襲いかかってきた土蚯蚓サンドワームを避け、袈裟斬りを繰り出す。緑色の液体を噴き出しながら形が崩れ粒子となって霧散した。

 ――が、土蚯蚓サンドワームは一匹だけではなく、次々と襲いかかる。こういう時は陽菜乃の範囲攻撃が羨ましく思う。

 ヒットアンドアウェイを繰り返して、一匹ずつ駆除していくが数が多すぎる。


(こういう相手に対して遠距離攻撃は今後の課題だな。……くっ、HPゲージも二割減った!)


 正直、ここまでハードだとは思わなかった。陽菜乃との修行がなければ死んでいたと思う。チュートリアルとか言ってマジすみませんでした。これは冒険者で今後やっていけるか試すため、振るいにかけるようなやり方ではないか。


「のう。貴殿に聞きたいことがあるのじゃが」

「いやいや今それどころじゃ――」


 キン――。

 鯉口を切った音がした瞬間、目にも止まらぬ速さで大量の土蚯蚓サンドワームを十字に斬った。形状が維持できない仮想敵は、粒子となって消え去る。


「なっ……」

「すまん、すまん。設定を弄ったのはワシじゃ」

「は? はあああああ!?」


 光の残滓が漂う中、白髪の長い髪、琥珀色の瞳の偉丈夫が呑気に声をかけてきた。同期の中でもかなりのイケメンかつ、冒険者ギルドに登録しただけでFランクからDランクと飛び級した逸材。


(──ってか、和装、だと!?)


 森人エリフ族の特徴的な長い耳、無駄に顔面偏差値の高い男は、松竹梅柄の派手な和服に身を包んでおり、靴はブーツではなく下駄を履いていた。さらに目を惹いたのは腰に携えている日本刀だ。十中八九、前衛戦士だろう。


 腹立たしいほどに似合っている。そしてイケメン。こんな顔だったらすぐにハーレム作りたい放題じゃないか。

 男のジッと値踏みするような視線に耐えかねて、用件を尋ねる。


「……それで俺に何か用でも? というか今のは、嫌がらせか?」

「ふむ。貴殿に姉はいるか?」


 質問に質問で返さないでほしいが、答えないと話が進まない気がした。


「……ああ、姉がいた。というのが正しいけれど」


 この手の質問はよくされていたので驚きもしなかったが、まさか異世界でも同じ質問をされるとは思わなかった。

 姉の知り合いだろうか。

 元の世界でも何かと「姉弟か?」と聞かれたことがあったのを思い出す。それは姉が亡くなった後も――変わらなかった。


「では元の世界での貴殿と姉君の名を聞いてもいいか?」

「俺は夜崎煌月やざきこうが。……姉は真昼まひるだ」


 男は目を細めて「そうか。あの命の恩人の弟君か」と感慨深い声で応えた。姉が他人を助けることは日常茶飯事だった。だからそう言われても誰が誰かなんて――。


(コイツの名前って確か瀧月朗そうげつろうだったか)


 ふと俺は眼前の男の名を何処かで聞いたことがあった。

 それはいつ、どこで――?



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