第23話 怖いものなし

 本当は武器屋に向かう予定だったものの、陽菜乃が『職人ギルド会館のブースを見たい』と言い出したので、気分転換も兼ねて行き先を急遽変更した。職人ギルド内は冒険者ギルドとは雰囲気が少し異なり、活気があるというか商談から情報交換などとにかく賑やかだ。


 ジャックはギルマスと一方的に会う約束をしたとかでギルド会館に残り、瀧月朗は先に宿に戻ったあと修行だとか言っていたが、気を遣ってくれたのだろう。


(今度、埋め合わせをしないとな)


 そんなことを考えつつアクセサリーを物色する。職人ギルド経由で取り寄せた小物やアクセサリーは販売ブースにあった。


「ここはアルヒ村以外にも《クテス町》や《大都市デケンベル》の職人さんが作ったものが並んでいるので、見ているだけでもわくわくしますよ」

「そうだな」


 陽菜乃の言う通り様々なアクセサリーが揃っている。中でも加護付きで高価なものは花をモチーフにしたアクセサリーも多く、ブローチ、ネックレス、指輪、イヤリングなどなど値段も良心的な価格から天文学的な数字に眩暈を覚えた。


「プラチナは耐久性にも優れている。ゴールドもいいけれど純度が高いと傷つきやすいな。うーん、陽菜乃はどう思う?」


 真剣に悩んでいると、陽菜乃はものすごく驚いた顔をしていた。


「え。あの、プラチナって高いじゃないですか。シルバーかチタンでも十分だと思います」

「ちゃんとしたのを買うなら多少値が張っても」

「ちゃんとしたの……!」

「ああ、前に買ったのは加護が付いてなかっただろう」

「そうですけど……」

「恋人だって意味以外にも、陽菜乃に加護付きの指輪を持っていてほしいんだ。……ダメか?」

「だ、ダメじゃないです!」


 陽菜乃は顔を真っ赤にしながら答えた。最終的に黄水晶の宝石をあしらったチタンの指輪を購入。もちろん防御の加護魔法付きでデザインはシンプルなものだったが、陽菜乃は気に入ってくれたようだった。

 ギルド会館を出た後、街灯を頼りに宿に戻る途中何度も指輪を見て嬉しそうにしている。それだけで財布もだいぶ軽くなったが満足だ。


「綺麗で明るい感じの石ですね」

「シリトンは『幸運の石』って言うらしいからな」

「私も、先輩に贈りたいものがあります」


 そういって渡したのは深みのある青──サファイアの石を使ったブレスレットだ。とても軽く、加護も付いている。


「揺るぎのない信念をもった青。先輩の色にピッタリだと思ったのです」

「あ、ありがとう。……って、これ結構値がする奴じゃないのか?」


 俺が買った指輪より三倍の値が付きそうなブレスレットに目を疑った。


「ちょっと安くしてもらいました。それに先輩はいざという時に無茶をしそうなので、お守りとして持っていてほしいのです」


 あまりにも甲斐甲斐しい姿に「え、なにこの天使。好き」と本音が漏れた。耳まで真っ赤になるほど純粋で、健気で、俺のことを思ってくれる。


「陽菜乃」


 小首を傾げる陽菜乃に「好きだ」と呟こうとして――。


「結婚しないか?」

「ひぇ?」


 プロポーズを口走っていたことに気づく。自分でも何故その言葉がすんなり出てきたのか分からず困惑した。


「あ、いや。ちょっと待て、結婚は唐突過ぎた──な!?」


 あわあわと弁明するが陽菜乃は目を丸くした後、大粒の涙を流して泣き出した。


「ぜんぱいっ」


 陽菜乃の泣き顔に固まってしまった。

 息が止まり、胸がギュッと軋む。

 そんな顔をさせたいわけじゃない、と自分の不器用さを呪った。


「ごめん、悪かった。でも、愛しているのは本当だから、泣かないでくれ」


 陽菜乃は俺に寄りかかるように体を密着させたまま、肩を震わせてしゃくり上げる。


「わだしも、ぜんぱいが、大好きです。ずるい、こんなとぎに、反則です」


 ひっぐひっぐと泣き続ける陽菜乃の背中を優しく擦った。

 彼女は「先輩」と何度も胸を押しつけて、これが夢じゃないと実感しようとしていた。潰れてしまいそうなほど不安だったのだろう。よく考えれば当たり前だ。この世界では元の世界以上に何が起こるか分からないのだから。


「煌月先輩、私は──、──っ」


 顔を上げた陽菜乃の瞳は迷子の子供のようで躊躇っていた。


「なにか抱えているのなら俺にも背負わせてくれないか。…………って言ってもFランクの冒険者じゃ、できることは少ないだろうが」

「そんなことないです」


 陽菜乃は涙声だったが、一つ一つ言葉を選んで俺の思いに応える。


「……先輩がここに居てくれて、私を好きだっていつも口にしてくれるのがすごく嬉しいです。私も大好きです、是非先輩のお嫁さんにしてください」

「ああ」

!」


 花のように微笑む陽菜乃は可愛くて愛おしかった。正直言ってプロポーズを承諾してくれたことに喜んで俺は浮かれていた。本当馬鹿みたいに。


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