第九夜 口コミ
その日は仕事が休みだったので、昼食をとり終わるとスマホをいじる手を一度止めて、なんとなくが理由で近くのコンビニを検索しました。
すると自宅付近のコンビニが三店舗ほどヒットし、その一番上には私の働く駅前のコンビニの名前が並んでいました。
営業時間は当然のように二十四時間、定休日もありません。
暇を持て余していた私は営業時間の書かれたところから、これまたなんとなくで口コミを見てみました。
口コミ欄にはこの店を利用したと思われるお客さまたちの感想などが並んでいました。
「……あれ? なんだろう、これ」
液晶をスワイプしていた私の手が止まりました。
自宅近くで便利なお店や立地が駅前なのでいつも出勤前に利用するお店などの感想が大半の中、ひとつだけ文字化けしたような変な文章の書き込みがあったからでした。
どういう意味だろう、そう考えたときに指先が画面に触れました。意図せぬ操作に慌てたのも束の間で、一瞬白くなったスマホの画面は数秒で元の画面に戻りました。
どうやら再読み込みのところを押してしまっただけのようです。
ページの再読み込みが行われたため、口コミ欄の一番上まで戻ってしまいましたが、少しスワイプすると先程まで読んでいたところまで戻ってくることができました。
「あれぇ?」
思わず疑問の声が漏れます。
読んでいたところまで戻せたものの、先程目に入った文字化けした書き込みが消えていたからです。
「もしかして文字化けが直って普通の書き込みに戻ったのかな……」
おそらくそうなのでしょう。
なんらかの理由で文字化けした書き込みが、再読み込みを挟んだことで普通の字体に戻り読めるようになって他の口コミの中に紛れてしまった。そういうことなのだと思います。
あの文字化けがなんて書いてあったのか気にはなりますが、他の口コミに紛れてしまっては区別がつきません。
私はこれまた気まぐれに低評価順に並び替えました。
自身が働いている店の悪い評判を見るのは少し恐ろしいことですが、好奇心が勝ってしまいました。
もし私の接客態度が悪いなどと書かれているの見てしまえば数日ほど引きずってしまう気もしますが。
ですが思いの外従業員に対する悪口は書かれておらず、低評価をつけている人の書き込みで目立つのは、この店には幽霊が出るなどの心霊現象がほとんどでした。
こう見てみると、わりとご近所のみなさんが知っているホラースポットの一つのようでした。
「近所にある寺からこの店に霊が流れており、その寺の住職は店にお金を渡して霊障事件を揉み消している……お金はもらってませんよー」
低評価をつけた人のコメントを読み、首を横に振りました。
たしかにお寺の住職の方が店に来ることはあります。そしてお店にお祓いだか祈祷だかはわかりませんが、そういったことをした絆創膏を持ってきてくださります。
もしかしたらこの書き込みをした方は住職が従業員に絆創膏の入った袋を手渡したのを見て、お金を渡していると勘違いしたのかもしれません。
それならそういった勘違いをしてしまった理由にちょっと納得です。
「ここで買い物をしていたら私の後ろを人が通って、振り返ったら誰もいなかった。店員はレジにいたので店員でもない。たぶん幽霊だったんだと思う」
謎の寺からの賄賂疑惑の書き込みもありましたが、低評価をつけている人のコメントはほとんどこのようなものばかりでした。
みなさんが書き込んでいる時間帯からして、朝昼夜深夜などの時間は関係ないようです。
このような口コミが多いので、別に幽霊などいなくてもちょっと違和感を感じただけで幽霊がいたんだという発想になってしまっているのかもしれませんし、もしかしたら本当に幽霊がいたのかもしれない。
従業員の悪口は書かれておらずほっとしたものの、こういった口コミが多いならやっぱり見るべきではなかったのかもしれません。
好奇心は猫を殺すと言いますし、知らぬが仏などのことわざもあります。
自分が働いているコンビニが、実はこんな霊関係の口コミの多い店だなんて知らない方が良かったかも、次の勤務はどんな気持ちで迎えばいいのやらと考えて苦笑しました。
今まではなんとも思っていなかったのに、急にあそこ霊が出るよと言われると謎に警戒してしまうのは人間の本能なのでしょうか。
私はスマホを枕元に放り投げるとベッドに横になりました。
目を閉じて、数分。枕が振動しました。いや、正式には枕の下に潜り込んだスマホが着信音を鳴らしながら振動していました。
私が慌ててスマホを引きずり出すと、画面には店長の二文字が表示されていました。
「はっ、はい。お疲れ様です、小島です」
通話状態にして挨拶すると、電話先から店長の声が聞こえてきました。
なんでもこのあと夕方にシフトが入っていた方が急に体調不良で来れなくなったため、今日が休みだった私に代わりに出てくれないかという電話でした。
あの口コミを見てしまった後なので、少しタイミングは悪いなと思いつつも快諾しました。
いつもお世話になっているので、できる限り代理出勤でもお手伝いしたいと思ったのです。それに働く時間が増えると給料だって増えるのでなにも悪いことばかりではありません。
口コミで書かれていた幽霊の存在だって、後ろを通った気がするなどの無害なものばかり。もし本当に幽霊がいたとして、無害なら問題はないと気を切り替えました。
私は通話の切れたスマホに視線を落として、
「あれ、なんで連絡先にお寺が入っているんだろう……」
口コミでも話題に上がっていたお寺の連絡先が登録されているのを見て首を傾げました。
と或るコンビニバイトの話 西條 迷 @saijou
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