最終話 丑狐首塚
資料も残ってないなら仕方ない。考える視点を変えてみようと僕は思った。単純に『
それじゃぁ、『塚』って何だろうか? と思ったので調べてみると、『土を小高く盛ったもの、あるいは土を盛ったお墓』ということだった。まぁ過去の事件をどうこう言う前に、首塚は戦国武将のお墓としてならまだしも、町名となるとさすがにちょっと、ということで昔のお偉いさんたちが名前を変えることにしたんだろう、たぶん。と考え僕は一人で納得していた。資料を調べて分かったのはこんなところだ。
◇
ここで資料が見つかっても何も変わらなかった。その日も翌日も、カリッカリッという音は大きくなり、ヒタッヒタッと歩くような音は望んでないのに、ぐっと近くなっていると感じていた。そんな日々がずっと続いて、音が僕の頭にこびりつき離れなくなっていた。
さらに睡眠不足も相まってまともに頭が働かない。学校に行くのも嫌になった。体調が悪いと母さんに話したら「顔が真っ青よ、大丈夫?」と言いだして一緒に病院に行くことになった。
「寝不足が原因で疲れているんだと思いますよ。しっかり寝ればきっとよくなると思います。まずはこの薬をだしてみますので、しばらく様子をみてください」
とお医者さんに言われ薬をもらった。その薬を飲んで僕は久しぶりにぐっすりと眠ることができた。
◇
けれども、翌日にはその薬を飲んでも眠ることができなくなってしまった。カリッカリッと引っかく音が全く別の音に変わってしまっていたからだ。
まるで窓ガラスを爪で引っかいたような金切り音だった。『連れていかれていなくなる』という丑刻様の話が耳について離れない。ヒタッヒタッと歩く足音は寝ようとしている僕の背後で行ったり来たりしているようだった。この恐怖から逃れたいと思った僕は、誰か五人に丑刻様のことを話せばいいのだろうか? と考えた。でも、こんな状況に誰かを巻き込むようなことはしたくなかった。
鈴木さんも佐藤さんも相沢さんも学校へ来なくなった。それが『いなくなる』ということなら、みんなどこへ行ったというのだろうか? そう考えると僕は窓の方を見ることも、後ろを振り返って確認することも、怖くてできなくなっていた。
混乱する頭はまともな答えを出してくれない。じゃぁ、助けを求めたらどうなるのだろう? と考えると震えが止まらず、心細くて仕方がなかった。
だから僕は
「夜中にひどい音がするんだ! こんなの絶対におかしい!」
と泣きながら両親に訴えた。けれども、
「そんな音なんてしてないけど大丈夫? 明日もう一度、別の病院に行ってみる?」と心配された。父さんも母さんも「深夜に騒音なんて聞こえないけど」と首をかしげるのだった。
◇
そして相沢さんが学校を休んでから九日後、鈴木さんから丑刻様の話を聞いてちょうど三十日が経ち、十二月三十一日の大晦日になった。とうとう三十日目がきてしまったのだ。
丑刻様の話が本当なら『いなくなる』日でもある。僕は神社に行って助けてもらおう、と考えた。龍神様を祀った由緒正しい神社で、新年を迎える直前の大晦日ともなれば初詣に行くために、あちこちから人が集まって賑わう場所だ。そこならきっと安全だと思ったからだ。
気配は一定の距離なんて保ってなんかいやしない。僕のすぐ横で金切り音がずっと聞こえているし、ヒタッヒタッという足音も、すぐ後ろに誰かが張り付いているような気がして、頭がどうにかなりそうだった。
神社で新年のカウントダウンが始まり午前0時を告げた瞬間、
「「「ハッピーニューイヤー!」」」
と飛び上がって喜ぶ人たちを、他人事のように僕は見ていた。縁日のごとく出店が並び、綺麗に着飾った人も多かった。そんな中、一人で歩く僕は神社で受付をしていた巫女姿の女の人に「お祓いをしてほしい」とお願いした。
「新年のご祈祷は一万円からです」
と、僕の話を聞いたその巫女さんはにっこりと笑みを浮かべた。
言われるままお金を払い、お
「お前はいったい誰なんだ!」
と、ついに怒鳴って後ろを振り向いてしまった。そこにいたモノを見た僕が
「た、たすけて」
と声にならない悲鳴をあげたその刹那、血しぶきをあびて視界が赤一色に染めあがる。悪意を込めて嗤ったかのような夜空へ浮かぶ赤い三日月。
そして地面に転がり落ちた僕は、首のなくなった自分の身体を見上げていた。ゆっくりと崩れ落ちる首のないみんなの死体、そして宙を舞う数えきれない程の頭蓋骨。この町一帯が丑刻様へ捧げ物、丑狐首塚に変わった瞬間だった……。
了
丑刻様と丑狐首塚 冴木さとし@低浮上 @satoshi2022
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