第3話 行方不明者
夜中に目を覚ました僕はトイレで用を足し、さっさと寝ようと布団に潜り込んだ。
それは小さな音だった。カリッ……カリッと何かを引っかいているような音がした。どこから音がするんだろう、と電気をつけて探してみた。けれども何も見つけられず、いつしか音も止んでいた。時計の針は午前三時を指していた。眠気に負けた僕は特に気にせず、そのまま寝ることにした。
◇
翌日、教室にいた相沢さんに
「確かにカリッカリッて音が聞こえましたよ」
「……そうなの? わ、私を驚かそうとしたって、そうはいかないんだからね! そんなの夜須野くんが言ってた乾燥した木材の音に間違いないんだからさ! そうだよね? そうだと言ってよ!?」
不安そうな顔をしている相沢さんを見て、事実を言っただけなのに思った以上に怯えてくれてるねぇ、と僕は思った。
「いや、残念なことにこれは本当のことなんです。間違いなく僕には音が聞こえたんですよ、たぶん」
「たぶんって何よ! 私を不安にさせなくてもいいんじゃない!?」
なんて、ぷりぷり怒る相沢さんを揶揄って僕は笑っていた。
ところがだ。前に相談を受けた佐藤さんも行方不明になったという。さすがに僕もこれはどういうことだと思った。偶然にしてもおかしいだろうと。
「なんでだろう?
と相沢さんに話しかけると、
「そ、そうよね。おかしいわよね。これぞホントの怪奇現象!?」
と、言ってはいるけれど相沢さんの様子もおかしいし、ちょっと戸惑っている感じだ。そもそも実際に二人もいなくなっているのだ。心配するならまだしも、それを茶化すような子ではなかったはずだ。
「相沢さん、大丈夫?」
と問いかけても
「大丈夫、大丈夫。私は平気よ……」
と自分を言い聞かせるように、全く覇気のない声が返ってきたのだった。
◇
カリッカリッという小さな音は確かに聞こえるときもあるけれど、寝てしまえば聞こえないことの方が多かった。丑刻様の話が本当なら佐藤さんと話してから七日後の今日は、ヒタッヒタッと水に濡れた足音がするはずだ。確かめようと思った僕はしばらく起きていたけど何も起こらなかった。丑刻様の話なんてやっぱり嘘じゃないか、と思った僕は寝ることにした。けれども、今度は目が冴えてしまって眠れそうもない。
それが午前1時頃だろうか? ヒタッヒタッと水に濡れた足で歩くような音が聞こえた。父さんか母さんがお風呂から上がって、歩いているんだろうと僕は無理やり考えて目をつむった。いや、雨が降ってきたのかもしれない。
けれどもその足音はいつまで経ってもなくならず、部屋の壁を無視して僕を中心にぐるぐる回っているかのようだった。そして少しずつ近づいたり離れたりするような、けれども一定の距離からは近づいてこない。音からそういう気配を感じていた。
僕は布団をかぶり目を閉じて丑刻様なんているはずがないと何度も念じた。するといつの間にか足音は消えていた。時計を見ると、またしても午前三時だった。けれども、それから僕は一睡もできずに夜が明けてしまっていた。
◇
ヒタッヒタッという足音が聞こえてから八日後には、相沢さんも学校を休んでいた。どうしたのかな、と心配になったけど連絡する手段が僕にはない。
「あの、相沢さんと連絡って取れた?」
と思いきって、クラスの女の子に聞いてみたら
「相沢さんね。携帯に連絡しても留守電になっちゃうし、メッセージを送っても既読にもならないのよね。
と逆に問い返される始末だ。「僕も分からないんだ」と答えると、「そう、何か分かったら私にも教えてね」と、心配そうに話すのだった。
相沢さんがいない学校生活はとても静かな、けれども退屈な一日だった。たった一日このつまらなさを体験したおかげで、相沢さんの持ってくる怪談話を実は僕も楽しんでいたんだな、と思わずにはいられなかった。丑刻様の相談もしたかったのに……。
一人で暇だったし、けれどもなんだか気になるしで、図書館に丑刻様のことを調べに行くことにした。こういうのは民俗学とか怪談話のあたりなのかなぁ、と当たりをつけて調べることにした。けれども丑刻様の逸話ぽいものは何一つ見つからなかった。無駄足だったかなと思いながら家に帰った。
◇
ほどなくして相沢さんも行方不明届が出されたという噂話を聞いた。相沢さんまでいなくなってしまった。僕も同じようにいなくなってしまうのだろうか? けれどもそれは嫌だ。諦める訳にはいかない。いなくなったみんなだって見つけないといけない。だとすれば丑刻様に何かヒントがあるはずだ。
そう思った僕はこの町の資料館に行ってみようと考えた。なにか丑刻様の情報があるかもしれないと思ったからだ。そして
そこには『丑刻様の
けれども、おまじないの内容は書かれていなかった。だとすれば僕が聞いた丑刻様のおまじないは、いったい誰が広めたというのだろうか? 他にもこの丑之塚という僕たちの住んでいる町の名前は昔、『
町の名前を変えるほどの出来事ってなんだろう? と思ったけどそのことに関する情報は何一つ書かれていなかった。資料館で一番お年を召した白髪の男性に聞いてみると
「ひどい事件だったって噂話しか残ってないんですよ。私も生まれていないくらい大昔の話だったみたいですけどねぇ。私が聴いても大人たちは話してくれなかったし、今じゃ資料も残ってなくて分からずじまいなんですよ。いやぁ、でもこんな話を聞くとやっぱり気になっちゃいますよねぇ」
と頭をぽりぽりかきながら「お力になれず申し訳ないです」と話してくれたのだった。
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