百合の花言葉を君に。

李紅影珠(いくえいじゅ)

第1話

「え、」


 指定された部屋に来ると、すでに中から声がする。一瞬間違えたのかと思ったけど、部屋番号は確かにさっき寮監さんに案内されたものと間違いないみたい。


 中高一貫校である星花女子学園、その高等部に今年から編入してきたウチの名前は藤宮ふじみや恋葉このは。編入自体は珍しくもないけど、福岡からの編入生で、こちらでの生活準備に時間がかかる。それがあって、ほかの新入生や編入生よりも少し早く入寮することになっていた。

 星花には中高それぞれに、さまざまな分野において認められた成績優秀者に対して与えられる1人部屋の菊花寮。そして、一般生徒が入寮する2人部屋の桜花寮がある。ウチが今いるのは後者の桜花寮。

 つまり、この扉の向こうから聞こえる声の主はこれから一緒に暮らすことになるルームメイト。自分のような生徒はそういないだろうから、入学式までは一人でのんびり過ごせそうだなんて思っていたので、想定外だ。


「持ってきすぎたかしら? 結構絞ってきたつもりだったのだけど……あら、これまだ読んでいませんでしたわ。夜のお楽しみにしておきましょう♪」


 荷解き中かな? と、いうことは同じ一年の生徒かも。違う学年の生徒と同室になることもあるらしいけど、ひとまずそこまで気を遣わなくても大丈夫そうだとホッと息をつく。

 でもこれ以上部屋の前でウロウロして、時々部屋の中に耳をすましてるとこを誰かに見つかったら完全に不審者扱いよね。

 中からはまだ楽しそうな声が聞こえるし、やっぱり部屋番号で間違いはない。よし、と小さな声で気合を入れドアを開けようと手を伸ばす、が。


「わっ」


 同じタイミングで急に開いたドアに、伸ばした手は空を切り、勢い余ってそのまま突進してしまう。気づけばむにゅ、っと顔に何か柔らかいものが当たった。


「あら?」


 声が頭の上から聞こえる? 顔を上げると、空と同じ澄んだ水色の瞳とかち合う。さらりと顔を撫でたのはキラキラした金色の髪。


「大丈夫ですか?」


 鈴が鳴るようなかわいらしい声はぷっくりぷるぷるの唇から。お人形みたい、とつい見とれていたところで、はっと我に返る。

 ぶつかったのはこの子の胸だったみたい。

 恥ずかしいやら申し訳ないやらでパニックになり、慌てて距離をとって激しく首を縦に振った。

 良かった、とにっこり笑う。着ているのは淡いピンク色のモコモコうさぎさん。すごく似合ってるなぁ。可愛らしい服とは縁がないので少しうらやましく思った。


「もしかして、ルームメイトの方ですか?」

「あ、はい。藤宮恋葉ふじみやこのはです! よろしくお願いします」

「エヴァンジェリン=ノースフィールドですわ。エヴァって呼んでくださいね♪ さ、中に入りましょ?」


 促されて部屋へ入ると、やはりというべきか、中は床一面に洋服やら漫画やらが散乱していた。片付けるの大変そう、と思いながらそれを横目にキャリーバッグ1つを空いているベッド脇にひとまず置く。これといった趣味もないので、最低限の洋服とパソコン、そして大好きなお菓子くらいの少ない荷物。あとはその都度現地調達できれば十分だろうと思っていたので、エヴァちゃんとの差に驚いた。


「エヴァちゃんって、1年です?」

「はい! 恋葉ちゃんもですか?」

「うん」

「同じクラスになれるといいですね♪」


 おそらく中等部からエスカレーター式に上がってくる生徒の方が多く、すでにコミュニティが出来上がっている可能性が高い。クラス発表には正直不安しかないので、本当に、せめてエヴァちゃんとは同じクラスになっていてほしい。


「そういえば、エヴァちゃんも遠くからきたの? みんなより少し来るのが早いはずだからびっくりした」

「えぇ、イギリスから来ましたの。恋葉ちゃんは?」

「ウチは福岡から来たよ」


 イギリスかぁ、どんなとこだっけと考えたものの、地理は苦手で場所すら思い出せない。福岡から出たのも初めてで、海外は未知の世界。


「ふくおかけん! お姉さまに聞いたことありますわ! はかたべんっていうほーげんがとっても可愛いって!」


 そう言われてうーん、と少し返事に困ってしまう。エヴァちゃんはきょとんとしたままこちらを黙って見ていた。田舎者って思われるし、封印するつもりだったんだけど……。


「なるべく標準語の方が目立たんかなって、思っとったっちゃけどねぇ……」

「きゃーっ♪ もったいない! もったいないですわ恋葉ちゃんっ」


 突然ぎゅっと抱きしめられ頬ずりされる。恥ずかしいけど嬉しい思いと、ルームメイトが話しやすそうな子で良かったという安心感。ここに来るまでの緊張が一気に解けて、お腹の虫が控えめにくぅ、と鳴いた。


「ランチに行きますか?」

「あっ、えっと、少し片づけていい? ランチもやけどこの辺少し見てまわりたい」

「もちろんですわ♪ では、わたくしも恋葉ちゃんが終わるまでお片付けしてます! すぐには終わりそうにないので」


 確かにこの量じゃ時間かかりそう、ともう一度床に散らばった本をみながら、ウチはキャリーバッグに手をかけた。

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