第9話
身体測定が終わった。身長が少し伸びたことが嬉しくて、上機嫌で体力測定のスペースに向かっていると、クラスメイト2人に声をかけられる。
「藤宮恋葉さん、だったよね? 一緒にいこ?」
「うん」
ウチはあまり積極的に話しかけたりするのが得意じゃないので、こういうのかなり助かる。エヴァちゃんは初日から友達いっぱい作ってたし、もしかしたらひとりぼっちになる可能性もあるかも、なんて心配していたので余計に嬉しい。
チラチラと2人でアイコンタクトをとっていてどうしたのかと思ったら、意を決したように口を開いた。
「恋葉ちゃんはその、いつもその髪型なの?」
「え? ううん。本当は一つ結びにしたいっちゃけど、エヴァちゃんが何故か今週はこの髪型でって。朝わざわざ整えてくれるしね」
今日は特に、こうして動き回るので後ろの髪が邪魔なんだ。暑いのでせめて首の後ろ側を空けたくて、手ぐしで後ろ髪を2つに分けて肩に垂らす。
「わー! ダメだよ恋葉ちゃんっ」
焦ったように大きな声を出した2人にせっせと元に戻される。
「どうしたん?」
「どうしたって、やっぱり気づいてないの? えっと、恋葉ちゃんってエヴァンジェリンさんと付き合ってるんだよね?」
なんの話? 髪型の話、だったよね? まだ始まってたった数日だけど、同じ部屋に帰ってキスしているとはいえ、教室では特別仲良く見えるようなことはしていないはずだ。
「えっ? ううん。ルームメイトで友達やけど、付き合ってない」
「え!?」
そこまで驚く理由が分からない。エヴァちゃんはウチに話していた通り、女の子とのキスが大好きらしい。相手がいないこと、同意を得ていることなどおそらくエヴァちゃんなりに人を選んで、クラスメイトにもほっぺにキスをする姿はウチも見ている。
「だってあんなに熱いキスしてたし、キスマークまで付けて……」
「えっなんて!?」
キスしてた? キスマークって何?
この髪型ってそういう意味だったってこと? 待って。初日は寝てたけど、その時もさっきと同じように髪を肩からかけてた。ってことは、気づいてないのはウチだけ? でもキスってなんのこと?
「初日から首にキスマークつけてるし、エヴァンジェリンさんが眠そうな恋葉ちゃんにあつ〜いキスしてたから」
「別にうちじゃ教室でキスなんて珍しくないよ? よくある牽制なんだろうなって思ってたけど、付き合ってないなんてそっちの方がびっくりだよ」
そんなの全く記憶にないよ! 寝ぼけて普通にキス受け入れちゃったのかな。
迂闊すぎる! とにかく誤解を解かなくちゃ!
「付き合ってないよ! エヴァちゃんはウチじゃなくて女の子みんなが好きやし、キスもウチだけじゃないやろ? あと、教室でキスとか普通有り得んって! うぅ〜恥ずかしいけど全部手遅れっぽい……?」
エヴァちゃんが強烈だからウチはそこまで目立ってないと思いたい。でも、それだけの事をしたということは少なくともクラスメイトの間ではウチらは付き合っていることになってそうだ。
「うん。エヴァンジェリンさんは既にクラスメイトに留まらずキスしてるって有名人になってる。編入生なのに入学早々すごいよね」
「そんなエヴァンジェリンさんが痕までつけるんだもん。どこまで許すか分かんないから、藤宮さんに近づいていいものか悩んでたんだよ?」
なんと、友達作りの難易度を上げていたのはウチの低いコミュニケーション能力だけが原因じゃなかったらしい。
というか、エヴァちゃんと付き合ってるくらいの噂ならまだマシだ。問題はただ邪魔だと思って髪を避けたことが周りにどう見えたのか! 見せつけてると思われたんじゃない? 変な子とか、ヤバいって思われてない? どうしよう、ウチ、初日で大失敗してたよ!!
「あ。噂をすれば」そうつぶやくのが聞こえた瞬間、ずん、と体が重くなる。
「恋葉ちゃんここにいたのですねっ」
エヴァちゃんの声がして、カッと頭に血がのぼった。
そうだよ、確かにウチも迂闊だったけどそもそもエヴァちゃんがキスしたのがダメだった。痕をつけたなんて知らなかったし、教えてくれることもなかった。知ってたらこの髪型にも納得できた……いや、無理か。
「もー! エヴァちゃんのバカ! ちゅー禁止!!」
「……それは困りますわね」
「教室でキスとかありえんもん! 付き合っとると思われたらエヴァちゃんも困るやろ?」
「そうですか?」
な、なんでそんな不思議そうな顔なん?
「流石に彼女できたら他の子とキスはできんやろ? って、うー、違う! ウチは怒っとーとよ! もー!!」
「キスは挨拶のようなものなのに、恋人ができたからってやめる必要はないと思いますわよ? 恋葉ちゃんは可愛いですわね!」
え、待って、どっちかに恋人ができたらキスやめるって話だったよね? それってエヴァちゃんがお付き合い始めたらそういうのはその子にだけするって思ってたけど……ウチにはしないってだけで、他は自重するつもりない!?
「えっ? そんなんあり? 恋人が他の子とキスするとか、普通嫌じゃない?」
エヴァちゃんは首を傾げるだけだ。ウチの言うことは理解できないらしい……分かり合えそうにないね。
気づいたら可愛い可愛いと言われながら頭を撫でられていて、考え方の違いにショックを受けすぎて怒ってることすっかり忘れてた。
「あっ、と、とにかくもうちゅーはダメやけんね! 絶対ダメ! もうせんよ!」
「そんなぁ……」
別にキスが嫌なわけじゃないよ? でも、初日の失敗は大きすぎる。友達は多い方がいいけど、もしエヴァちゃんだけになったらいろいろ困ることもあると思う。せめてクラスメイトにはちゃんと誤解をといてお友達になりたい。……正直、心配しかないよ。
百合の花言葉を君に。 李紅影珠(いくえいじゅ) @eijunewwriter
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