第2話
私が入寮した桜花寮の部屋には小さな冷蔵庫以外の家電は無く、共有のキッチンで料理したり、ランドリールームでの洗濯が出来る。
食材を買っても良かったけど、それはおいおいということで。今日のところは寮監さんに教えてもらった商店街の食堂でゆっくり食事を楽しんでから、行きとは違うルートで帰りつつ、見つけたお店ですぐに必要な物だけを購入した。
「楽しかったですね♪」
エヴァちゃんは道中よく喋った。おかげで沈黙に気まずくなることもなく、適度に話を振ってくれるので私も楽しく過ごせた。
「うん。ご飯美味しかったね。良いお散歩になった。汗かいたけんはよお風呂入りたい」
「そうですわ! わたくし、いい物を持ってますの!」
おもむろに部屋の隅にあったキャリーバッグを開けてゴソゴソと何かを探すエヴァちゃん。少ししてじゃんっ、と両手に広げたのは、黒いネコのパジャマだ。フードには猫耳、お尻の部分にはしっぽ。ふわふわだ。
「……なんで?」
「可愛らしいルームメイトの為に!」
「はぁ……」
「恋葉ちゃんなら絶対似合いますわ!」
「ウチには似合わんよこんな可愛いの!」
こういうの着るようなキャラじゃない! そう思うけど、ウキウキ楽しそうなエヴァちゃんにそれが届くことはない。
「まあそう言わずに♪ ほらほら、早速着てみてくださいなっ」
「ちょっ、ぬ、脱がさんでっ」
ブレザーとベストとリボンまではまだ良いとして、ブラウスのボタンはアウト!
「ほら、汗かいとるしっまだお風呂入ってないし!」
「それもそうですね……」
ふぅ、やっと手を止めてくれた。危ない危ない。
「では今から入りましょっ! 一緒に!」
「なんで一緒に!?」
「細かいことはお気になさらず♪」
なんか……可愛いし良い子やけど、ちょっと変わってるかも? でもまあ、楽しそうやけんいっか。でも、一緒にお風呂はちょっと恥ずかしい!!
脱衣場についてからまた一悶着あったが、湯船に浸かり、ようやくホッとひと息つける、と思いきや。
「ふんふふ〜ん♪」
ご機嫌なエヴァちゃんの鼻歌を、何故か背中越しに聴いている。
寮の大浴場なので当然他の生徒もたくさんいるわけで。
うぅ……めっちゃ恥ずかしいんやけどウチだけ?
後ろから抱きしめられて、ただでさえ距離が近くなっているのにエヴァちゃんのお胸が……ていうか、でかっ!
「何したらそんなにおっきくなると?」
やっぱり食べ物? お菓子ばっかり食べるウチじゃ無理だろうなぁ。胸だけじゃなくて、くびれもすごく綺麗で、足も細くて長くて、意識的に何かしてないと維持するのは難しいよね。
「ふふ、恋葉ちゃん。お胸は人に揉んでもらうと大きくなるんですよ?」
「えっ?」
すごくニコニコしてます。えっ? てことはエヴァちゃんも誰かにそうしてもらって……? そ、そそそそんな今から高等部に入るとこなのにもうそんなお相手がっ??
「実践してみますか?」
「なっ、え? い、いやいやいや、結構です!!」
後ろからにゅっと手が伸びてきて、怪しい動きをし始めたので慌てて前をガードする。
参考までに聞いてみようと思っただけで、別に、そこまで必死になるほど大きくなりたいわけでもないし!
「あら、残念ですわ」
あっさりと諦めたエヴァちゃんの腕は、また私のお腹に戻ってくる。
「ていうか、近くない? 人いっぱいおるのに」
「誰も気にしませんわよ。このくらい、別に珍しくないですもの」
「……友達にしても近いと思うんやけど」
じっくり見るわけにもいかないので、パッと顔を上げて少しだけ見回してみる。確かに、皆が皆というわけでもないけど同じくらい距離が近い2人組が複数いるし、なんなら、ちゅー、してる。
「ひえぇ……」
「この光景こそわたくしが星花に入学することを決めた理由ですわ! 百合はとってもいいんですのよ、恋葉ちゃん!」
「ゆり?」
「そう、女の子同士の恋、それが百合ですわ! こうしちゃいられません。部屋に戻ってわたくしのコレクションを……いえ、まずは、百聞は一見に如かず。ですわね♪」
突然立ち上がったエヴァちゃんに驚きながら自分もつられて立ち上がると、肩を掴まれ体の向きをくるりと後ろに回される。
思ったより顔が近くにあった。と、いうか、今、唇が……!
「う、ウチのファーストキスが!!」
「あらまあ! ふふ、ではしっかり責任をとらないといけませんわね♡」
キスは普通付き合ってる人とするもののはずなのに、こんな初日で大丈夫だろうか。あいかわらずエヴァちゃんはご機嫌です。
うぅ、この子、よく分からん!!
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