第10話 夢見るミミルのおまじない

 ミミルはおまじない屋です。

 おまじない屋というところは、とにかく変わっています。

 キャンディ屋さんや、チューインガム屋さんのような、普通のお店ではありません。


 普通のお店だったら、始まる時間が決まっています。

 でも、おまじない屋は、いつ開くのか決まっていません。

 ミミルは朝寝坊さんですし、ごはんもゆっくり食べます。

 ミミルがおなかいっぱいになって、よし、今日はお店を開くぞ、と思ったときが、おまじない屋の開店時刻です。


 お店が閉まるのは、ミミルが、ああ、今日もよく働いたなあ、と思って、お昼寝をしにベッドに入ったときです。

 そんな普通ではないお店には、普通でないお客さんがやってきます。


 今朝も、うんと朝寝坊をして、大好きなはちみつトーストをおなかいっぱい食べてから、ミミルは店の窓を開けました。

 爽やかな風が、はちみつの甘い香りを町中に運んでいきます。

 その香りがしてくれば、みんな、ミミルのおまじない屋が開いたことがわかるのです。


 コツ、コツと、窓ガラスをノックする音が聞こえました。

 普通のお客さんは、ドアをノックします。

 でも中には、窓から入ってくる人もいるのです。

「ごきげんようですこと、リスミンさん」


 ピョコンと飛び込んできたのは、シマリスのリスミンさんです。

 体の小さいリスミンさんは、いつも窓から入ってきます。

「おはよう、ミミル。今日もいつものおまじない、かけてよ」

「またなの?リスの世界も大変ね」


 今日は、リスの木のぼり大会がある日なのです。

 リスミンさんは、リスだけど木のぼりが苦手です。

 いつもミミルに、木のぼりが上手になるおまじないをかけてもらっています。

「優勝したら、一番大きいドングリがもらえるんだ。はりきらなくっちゃ」


 前回の大会では、リスミンさんは一番小さいドングリをもらいました。

 ビリだったのです。

 その前の大会も、その前の前の大会も、一番小さいドングリでした。

 いつもビリなのです。


「オヤスイゴヨウだわ。ミミルミルミル、ミミルミル。木のぼり上手なおまじない。おうちでごはんもいいけれど、たまには見晴らしいいとこで。おべんとばこに、ドングリつめて、今日のランチは木の上で」

 このおまじないをかけるのも、これで何回目でしょうか。


「よおし、力が湧いてきたぞ。優勝できそうな気がする」

「ゴケントウをお祈りしているわ」

 リスミンさんは、来たときと同じように、窓から帰っていきました。


 それを見送ると、ミミルは複雑な気分になりました。

 もうちょっと自分のおまじないが効けばいいのに、と思いました。


「ふわあああ、眠くなっちゃった。今日はよく働いたわよ」

 今日はもうおまじない屋を閉めることにしました。

 そろそろお昼寝の時間です。

 そのとき、コン、コン、と、ドアがノックされました。


「いらっしゃい、鍵は開いてるわ」

 ドアが開かれると、そこには大変に変わった人がいました。

 それはもう、大変に、ものすごく、信じられないぐらいに変わっていました。

 まったくもって、この上なく、普通の人ではありませんでした。


「こんにちは、ですわよ」

 その人はスカートの裾をちょいとつまんで、恭しくお辞儀をしました。

「わあ、びっくり!」

 ミミルは本当に驚きました。


 その人はミミルにとてもよく似ていました。

 まるで鏡に映したみたいに、ミミルにそっくりでした。


「わたし、ミルルよ」

 その人が言いました。

「ミルルですって?あなた、わたしにそっくりだわ」

「そりゃあ、そうよ。わたしはもう一人のあなたなんですもの」

 ミルルは言いました。

「もう一人のわたし?」


「そうよ。わたしは別の世界のあなた。別の世界でおまじない屋をやっているの。言ってみれば、別の世界のミミルね」

「別の世界のわたしですって?」

「そうよ。一つの世界に、おまじない屋さんは一つずつあるの。この世界では、あなたがおまじない屋さん。ミミルのおまじない屋ね。わたしの世界では、わたしがおまじない屋さんなのよ。ミルルのおまじない屋なの」

「まあ、ぶったまげちゃったわよ」


「ねえ、わたしの世界に遊びにこない?」

「え、そんなことできるの?」

「できるわ。わたしのおまじないは、あなたのとは、ちょっと違っているの。だから、あなたをわたしの世界に連れていくことができるのよ」

「あなたの世界って、どんな世界なのかしら」


「そうね、魔法の世界ってとこかしら。おまじないが、すごくよく効く世界なの。だから、ほとんど魔法と一緒だと言っていいわね。おまじないをかければ、空を飛ぶこともできるし、姿を消すことだってできるのよ。おいしいケーキや、トロピカルなジュースもあるわ」

「ほんと?楽しそう」

「じゃあ、行きましょうか」

「うん、連れてって」

「オチャノコサイサイだわよ」


 ミルルは、おまじないをはじめました。

 少しミミルのものとは違っているようでした。


「ミルルは夢を、見るみるる。ミルルは夢を、叶えるる。不思議な世界にご招待。そこは願いが叶う、魔法の国よ。誰もがみんなプリンセス」

 キラキラとした、眩しい光に包まれて、ミミルは目を閉じました。


 光が収まり、目を開けてみると。

 そこはとてもきれいなところでした。


 見渡す限り、一面のお花畑。

 背中に羽の生えた妖精たちが、ピカピカ光って飛び回っています。

 魔法のほうきや、魔法の絨毯に乗って、空を飛んでいる人も大勢いました。


 空には、太陽と月とが同時に輝き、星が瞬いています。

 そこをペガサスが横切っていきました。

 ペガサスが飛んだあとには、虹の橋が架かりました。

「うわーっ、きれい」

「どう?お気に召したかしら?」

「わっ」


 突然、ミミルの目の前に、何か小さなものが現れました。

「あれ、リスミンさん?」

 シマリスのリスミンさんにそっくりでした。

 でも、羽が生えています。

 その羽をパタパタさせて飛んでいました。


「この人は、ハネリスのミリスンちゃんよ。言ってみれば、こちらの世界のリスミンさんってところね」

 ミルルが教えてくれました。

「ミリスンちゃんは、飛ぶのが苦手だったんだけど、わたしのおまじないで、上手に飛べるようになったのよ」


 ミルルはちょっと、リスミンさんのことを考えました。

 今頃、木のぼり大会の真っ最中かもしれません。


「さあ、ミミル。わたしたちも飛んでいくわよ。この世界を案内するわ」

「わたしたちも、ああいうのに乗っていくの?」

 ミミルは空を飛んでいる、魔法の絨毯を指差しました。

「いいえ。わたしたちは、おまじないで飛べるようになるのよ。見てて」

 ミルルはおまじないをはじめました。


「ミルルは空を、飛ぶるるる。ミルルの体は浮くるるる。鳥のように大空を、飛びたいと願ったことは、ないかしら?鳥のようには飛べないけれど、あなたらしくは飛べるわよ。ほら、ふんわり、ふわふわ、綿菓子みたい。ふんわり、ふわふわ、軽くなる」


 ふわーっと、ミルルは宙に浮きました。

「わ、すごーい。ねえ、わたしにもおまじないかけて」

「あなたは自分でかけるのよ。あなたのやり方でやってみて」

 ミミルはおまじないをしました。


「ミミルミルミル、ミミルミル。空を飛ぶならおまじない。飛行機雲を追いかけて、カラスのねぐらに帰りましょ。キツツキさんならコツコツと。ウグイス鳴くからホーホケキョ」

 でも、ミミルの足は地面についたままでした。


「鳥みたいに、両手をパタパタさせてみて」

 ミルルが言いました。

 ミミルは言われたとおりに、手をパタパタさせてみました。

 すると、ミミルの体は、空に舞い上がったのです。


「わあ、わたし、飛んでるわ!」

「おまじないに鳥を入れたから、鳥の飛び方になったのね。ニワトリが出てこなくてよかったわ。さあ、行くわよ」

 すいーっと、ミルルは飛んでいきました。

 そのあとを、ミリスンちゃんがパタパタとついていきます。

「あ、待って」

 ミミルも、パタパタと腕を動かして、あとをついていきました。


「向こうに見える、大きな木に向かって飛ぶわよ」

 ミルルが指差した方には、天まで届くかというような、大きな大きな木がそびえ立っていました。

 しばらく飛ぶと、近くまで来ました。


「今日は、木のお祭りが開かれる日なのよ」

「木のお祭り?」

「ここら辺の木が一斉に集まってくるのよ」


 木がまるで人間のように歩いていました。

 りんごの木や桜の木、杉の木に、モミの木。

 根っこを足にして、エッサエッサと歩いていきます。

 つる草は蛇のように地面を這っていました。

 ヤドリギは、ゴロゴロ転がっていきます。


「木が動いているわ」

 ミミルは驚きました。

「楽しいときには、じっとしていられないでしょ。木だって同じなのよ」

 ミルルは言いました。


「えーっ、お集まりの木の皆さま。ただ今より、木のぼり競争を始めます」

 そう言っているのは、ウッドチャックです。

 大きな木の枝に腰掛けて、マイクで喋っています。


 ヨーイドン!

 木のぼり競争が始まりました。

 集まった大勢の木が、一斉に大きな木を登っていきます。

「うわーっ、木が木のぼりしてる」

「優勝者は、七色の実がもらえるから、木も必死ね」


 今度は海の方にいきました。


 ♫ルルルールル、ルルールル

 貝がらを耳に当てたら

 聞こえてくるの

 夕日が海に溶ける音

 サンゴのリズムは

 海の底まで

 甘い波を連れてくる

 ルルルールルルー


 とてもきれいな人魚が、岩の上で歌っていました。

 まわりには、魚たちが集まって、うっとりと人魚の歌声を聞いています。

 貝たちは、殻をパカパカさせて、手拍子を打っていました。


「あれは、この世界で一番声のきれいな人魚よ」

「ステキ。まるで天国から聞こえてくるようだわ」

「でも、あんまり聞き入っちゃうと、海の中に引きずりこまれちゃうから、注意が必要ね」

「きゃ、怖い」

「一曲ぐらいなら大丈夫よ。さあ、次はこっちに行きましょ」


 ミルルは、ビューンと海に浮かぶ島に飛んでいきました。

 ミミルとミリスンちゃんも、パタパタとあとをついていきます。

「この島は、ビーチアイランドっていって、島全体がビーチになってる、浮島なのよ」


 白い砂浜では、真っ黒に日焼けした人たちが、日光浴をしたり、ボール遊びをしたりしていました。

 海でサーフィンをしている人もいます。


 ミルルたちは、砂浜に降り立ちました。

 砂浜にある、おしゃれなカフェに入ります。

「ここのトロピカルジュースがすっごくおいしいの」

 ボーイさんが、虹色したジュースを持ってきました。


「うわあ、おいしい!とっても甘くて、ほっぺがとろけるわ」

「七色の実をジュースにしてあるのよ」

「わたし、ケーキも食べたいわ」

「ここのケーキもおいしいけど、もっとステキなところに招待するわ」


 ミルルたちは、また空を飛んでいきました。

 今度たどり着いたのは、結婚式場。

 おしゃれに着飾った、とても大勢の人たちが、広いお庭に集まっています。


 一際目を引くのは、まるで、背の高いビルみたいな、10段重ねの大きな大きなウェディングケーキ。

 下の段には、いちごやパイナップル、メロンにバナナ、たくさんのフルーツ。

 チョコレートのかかったシュークリームに、バラの花のトッピング。

 生クリームの壁には、ブドウの蔓が垂れ下がっています。

「あのバラは、食べられるバラなのよ」


 食べてみると、甘いチョコレートの味がしました。

 上の段では、マジパンの人形たちが、トランペットを吹きながら行進しています。

「きゃあ、かわいい。あの子たちも食べられるの?」

「うーんと、食べてもいいって言われたらね」

 ミミルは人形を食べるのは我慢しました。


 一番上には、かわいらしい猫のカップルが、ちょこんと並んでいました。

「今日はあの人たちの結婚式なのよ。結婚式では、誰でもケーキを食べてもいいことになっているの」

「わあ、超ラッキー。今日来てよかった」

 ミミルは、生クリームの壁に突撃しました。

「うひゃあ、このケーキ、とってもおいしいわ」


 中は、フルーツやカスタードクリームがいっぱい。

 スポンジも甘くて、びっくりするほどおいしいのです。

 シュークリームも最高で、ミミルはおなかいっぱいになりました。


 そのときです。

 真っ黒な雲が、突然空を覆いました。

 ザーッと雨が降ってきます。


「きゃ、どうしちゃったの?さっきまで、あんなに天気が良かったのに。ケーキが台無しになっちゃう」

 ケーキは雨でどろどろ。

 マジパンの人形たちも、雨に濡れて固まって、動かなくなってしまいました。

 お客さんたちは、逃げ惑っています。


「ガーハハハ。俺様は幸せな奴を見るのが大嫌いなんだ。みんな不幸になってしまえ」

 大きな怖い声が空から降ってきました。

 雲の中に、赤い、大きな目と大きく裂けた口がありました。


「あれは、不幸雲巨人ふこうくもきょじんよ。自分が不幸だからといって、幸せな人を見ると、邪魔しに来るの」

 ミルルが言いました。


「猫さんたち、かわいそう」

「ねえ、ミミル。わたしたちで、あの巨人をやっつけない?」

「え、そんなことできるの?」

「ええ、わたしたちが力を合わせれば、できるわ」


 ミミルとミルルは、協力して巨人をやっつけることにしました。

「不幸雲巨人は、背中に弱点があるっていうわ。姿を消して、後ろにまわりこむわよ」

 ミルルはおまじないを始めました。

「ミルルは姿を消するるる。ミルルは見えなくなるるる。忍び足なら、おまかせよ。透明人間の得意技。どこにいるのかわからない。消えるる、消えるる、透き通るるる」


 すーっと、ミルルの姿が薄くなって、ついには消えてしまいました。

「あなたもやってみて」

 ミルルの声だけがしました。


「よーし、やってみるわ。ミミルミルミル、ミミルミル。消えたいときのおまじない。探さないでよ、かくれんぼ。カーテンの後ろ、タンスの引き出し。秘密の隠れ家、どこかしら。あなたにこっそり、教えない」


 ミミルの体も、すーっと消えて、透明になりました。

 でも、ありがたいことに、お互いにお互いは、半透明に見えます。


「ついてきて」

 と言って、ミルルはすいーっと飛んでいきました。

 ミミルもパタパタとついていきます。


 空高く飛び上がって、二人は不幸雲巨人の背中に回りました。

 すると、巨人の背中に、小さな扉がついているのがわかりました。

「きっとあそこが弱点よ」


 ミルルは扉を開けて、中に入りました。

 ミミルもそれに続きます。

 中は、機械がいっぱいありました。

 モニターを見ながら、小さなオニの男の子が、レバーをいじっています。


「ガハハハ、ガハハハ。みんな不幸になってしまえ」

 男の子がかわいい声でそう言うと、スピーカーで大きくなって、怖い声になる仕組みのようです。

「まあ、これが不幸雲巨人の正体だったのね」

 ミルルがそう言うと、二人の姿がはっきりと見えるようになりました。


「あら、見えるようになったわ」

「おまじないは、必要な分だけよ。ここまで来たら、もう見えなくてもいいってことね」


 オニの男の子は、二人が入ってきたのに気づきました。

「わっ、なんだお前たち」

「わたしたちは、悪さをやめさせにきたのよ」

 ミルルが言いました。

「そうよ。自分が不幸だからって、人を不幸にするのは、間違っているわ」

 ミミルも言ってやりました。


「ふんだ。お前たちにおれの苦しみがわかるものか。結婚式なんて、ぶち壊してやる。みんな不幸になってしまえ」

 オニの男の子は、さらに雨を降らせようとしました。


「そうはさせないわよ。ミミル、一緒におまじないの呪文を唱えるわよ」

「まかせてちょうだいよ」

 ミルルとミミルは、二人で力を合わせて、おまじないをしました。


「ミルルは幸せ守るるる。ミルルは悪さをやめさせるるる」

「ミミルミルミル、ミミルミル。正義の味方のおまじない」

「自分が不幸だからって、意地悪するのは許せない」

「この世に悪がある限り、かわいいヒロイン現れる」

「バッテンあげるわ、天罰よ。バチバチバチっと、バチ当たる」

「不埒な悪党どもよ、天に変わって成敗いたす」

「ミミルの、ちょっと古くない?」

「ミルルのだって、過激だわ」


 すると、どうなったでしょう。

 ビーッ、ビーッと、嫌な音が鳴って、機械からシューシューと白い煙が上がりました。


「わっ、どうしよう。操縦不能になっちゃった!」

 慌てたのは、オニの男の子です。

 どんなに機械を操作しようとしても、動かなくなってしまいました。


「わーっ、爆発するぅーっ」

「ミミル、脱出するわよ」

「ラジャー、だわよ」

 ミルルとミミルは、オニの子の手を片方ずつ、つかんで、空へと飛び出しました。


 無事、地上に戻って一件落着。

 巨人は空中で爆発して、消えてしまいました。


「もう、悪いことはしちゃだめよ」

 ミルルがオニの子にお説教です。

「わーん、ごめんなさい」

 オニの子も反省したようす。

 でも、ミミルは不思議に思うことがありました。


「ねえ、あなたはどうして悪さをしていたの?」

「幸せな人が憎らしかったんだ」

 オニの子は言いました。

「あなただって、幸せになれるわ」

 ミミルは言いました。

「そうよ。願い事があったら、わたしがおまじないで叶えてあげるんだから」

 と、ミルルは言いました。


「ぼく、おまじない嫌いだもん」

「まあ、生意気ね」

 ミルルはプンプンしました。

「待って、ミルル。どうしておまじないが嫌いなの?」

 ミミルは、オニの子に聞きました。


「だって、なんでもすぐに願いが叶っちゃったら、つまらないよ。ぼくは、夢は自分で努力して叶えるものだと思う」

 オニの子は言いました。


「もう、ほんっと生意気」

「だからって、幸せな人に意地悪してはいけないわ」

「うん、わかった。もうしないよ」

 二人は、オニの子を許してあげることにしました。


 パタパタとミリスンちゃんがやってきました。

 どうやら無事だったようです。

 でも、せっかくのウェディングケーキはぐっちゃぐちゃ。

 マジパンの人形も、猫のカップルも、崩れた生クリームに埋もれていました。


「さあミミル。もう一仕事するわよ。二人で力を合わせて、ケーキを元通りにするわ」

「ねえミルル。どうせだったら、もっとステキにしない?」

 ミミルは、ミルルに耳打ちしました。


「ステキ。それ、やっちゃいましょうよ」

「オヤスイゴヨウだわ」

「オチャノコサイサイね」

 また二人でおまじないをします。


「ミルルはステキが大好きるるる。ミルルはかわいいの大好きるるる」

「ミミルミルミル、ミミルミル。ステキに欲張り、おまじない」

「幸せあふれて、おすそわけ。ダイヤの指輪に金のティアラ」

「夢いっぱいの、おっきなケーキ。サンタも浮かれてやってくる」

「かぼちゃの馬車で、ご到着。甘いキスなら、うっとりしちゃう」

「おひなさまだって、負けていないわ。甘いものなら、大好きよ」

「もう、ミミルは食いしん坊さんね」

「ミルルってば、大人っぽいわ」


 キラキラと、辺り一面がまばゆい光に包まれました。

 光が収まると、そこにはケーキでできた、大きな宮殿がありました。

「うひゃー、あれ全部、食べれるのぉ?」

「お菓子の宮殿なんて、夢みたいね」


 広いお庭には、七色のバラが咲き誇っています。

 木には、みんな七色の実がなっていました。

 プールを満たしているのは、フルーツポンチ。

 サイダーの噴水が、シュワシュワと噴き出しています。


 宮殿の扉が開かれました。

 マジパンでできた、ひな人形が、ピーヒャラ、テンテケと、笛や太鼓を鳴らして出てきました。


 おひなさまに続いては、かぼちゃの馬車。

 運転しているのはサンタクロースです。

 馬車はオープンカー。

 幸せそうな、猫のカップルが手を振りました。


「ステキなウェディングドレス!」

「タキシードも、かっこいいわ」

 お嫁さんがブーケを投げました。


「あれを取った人は幸せになれるのよ」

 ミルルが、ブーケを取ろうと手を伸ばしました。

「じゃあ、わたしが取るわ!」

 ミミルだって、負けていられません。


 二人がブーケをつかもうとした、その瞬間。

 サッと影が横切って、ブーケをつかんでしまいました。

「あ、ミリスンちゃん!」

 つかんだのは、ミリスンちゃん。

「くやしーい。今度幸せになるのは、ミリスンちゃんね」

 でも、そう言ったミルルも幸せそうでした。


 その日は夜遅くまで、ケーキを食べたり、ジュースを飲んだり、ひな人形たちと一緒に踊ったりしました。


「どうかしら?わたしの世界はお気に召したかしら」

「うん、さいっこう!ミルルって、ステキな世界に住んでいるのね」

「ミミルの世界だって、ステキだわ。わたし、ちょっぴりあなたが羨ましいの」

「え、どうして?」

「オニの子が言ったこと、覚えてる?なんでもおまじないで叶っちゃうと、つまらなく思うことも確かなの。自分で努力して、夢を叶えるっていうことも、ステキなことよ」

「そうかなあ」


 そのうちに、とうとう帰る時間になりました。

「とっても楽しかったわよ」

「わたしも。またいつか会えるといいわね。じゃあ、おまじない行くわよ。ミルルはミミルを帰するる。元の世界に帰するる。たっぷり遊んでまた明日。夢の続きはまた明日。夢見る力はどこから来るの。それは不思議なおまじない」

 キラキラとした光に包まれて、ミミルは目を閉じました。


 気がつくと、ミミルはベッドの上で寝ていました。

 もうすっかり、日が暮れています。

「あら?」


 ミルルという、ミミルそっくりの女の子に連れられて、不思議な世界に行っていたような気がしましたが、あれは夢だったのでしょうか?

 ぐうーっと、おなかが鳴りました。

「変ね、ケーキをたっぷり食べたと思ったんだけど」


 ミミルはパンを焼こうとして、戸棚を開けました。

 でも、ふと思いついて、今夜はホットケーキにすることにしました。


 ミミルはホットケーキを焼くのは下手なのです。

 いつも外がクロクロか、中がトロトロになってしまいます。

 そこで、今日はちょっと違うおまじないをしながら作ることにしました。


「ミミルはホットケーキをかき混ぜるるる。ミミルはおいしく焼くるるる。外がクロクロは、やーよ。中がトロトロも、やーよ。だってごちそう、食べたいんだもん。ふっくら、こんがりきつね色」


 そうして焼いてみたら、まるで魔法のようにうまく焼けました。

「うん、おいしい。わたし、お料理がうまくなったかも」


 そのとき、コツコツと窓を叩く音がしました。

「あら、リスミンさんじゃない」

 窓を開けると、リスミンさんが飛び込んできました。

「ミミル、見てよ!」

 リスミンさんは、ミミルに小さなどんぐりを見せました。


「リスミンさん、またビリだった?おまじない、効かなかったかしら」

 ミミルは、申し訳ない気持ちになりました。

 自分のおまじないも、ミルルのように、すごい効き目があるといいのに、と思いました。


「ううん、バッチリ効いたよ。ぼく、ビリじゃなかったよ。ビリから2番目だったんだ。小さい方から2番目の、どんぐりをもらえたんだよ」

 と、リスミンさんは胸を張っていいました。


「まあ、よかったわ。でも、それはリスミンさんが、頑張ったからだわ」

「そんなことないさ。ミミルにおまじないしてもらってなかったら、ぼく、とっくに諦めていたよ。ここまで続けてこれたのは、おまじないのおかげだよ」

 ミミルは嬉しくなりました。


「ねえ、リスミンさん。わたし、ホットケーキ焼いたのよ。一緒に食べていかない?」

「え、ほんと?ミミル、ホットケーキ焼くの苦手じゃなかった?」

「わたしだって、おいしく焼けるようになったのよ。おまじないのおかげ?努力したからかな?」

「どっちでもいいよ。ぼく、もうおなかペッコペコだもん」


 ミミルとリスミンさんは、二人でテーブルを囲みました。

 はちみつをかけたホットケーキは、甘くて優しい味がしました。


「ねえ、ミミル」

 リスミンさんがいいました。

「また、おまじないしてくれる?今日ぼく、とっても幸せな気分だよ」

 ミミルはにっこり笑っていいました。

「オヤスイゴヨウだわよ」

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