第2話 恋する人魚のおまじない

 ミミルの話は続きます。

 おまじない屋には、不思議な人がやってきます。

 おまじない屋だからです。


 不思議な人は、絵本屋とか、クレヨン屋には行きません。

 不思議な人が行くのは、いつもおまじない屋と決まっています。


「あー、よく寝た」

 今日も、太陽がお空のてっぺんにのぼったころ、ミミルはようやく起きてきました。


 よく寝るとおなかがすきます。

 おなかがいっぱいになると、よく眠れます。

 よく寝たから、ごはんです。


「ミミルミルミル、ミミルミル。朝の素敵なおまじない。お日さまキラキラ眩しいな。心もウキウキ踊り出す。あんまりお日さま恋しくて、夜のお星さまフライング」

 鏡に自分を映して、ニッコリ笑います。

 心に自然と浮かんできた呪文を唱えれば、おまじないになります。


 朝のおまじないのあとは、お待ちかねの朝ごはんです。

 食べるのはホットミルクと、はちみつトースト。

 これなら、ミミルは10回に9回はおいしく作れるからです。


 ホットケーキも作れますが、10回に9回は、外がクロクロか、中がトロトロになってしまうので、朝はいつも、はちみつトーストです。


「ミミルミルミル、ミミルミル。小麦の恵みのおまじない。魔法の小箱に差し込めば、あらあら不思議、ふっくらと。教えたつもりはないけれど、わたしの好みを覚えてる」


 チン、と音が鳴って、パンが飛び出しました。

 魔法の小箱じゃありません。

 普通の赤いトースターです。

 ミミルが生まれる前からある、ベテラントースターです。


「ああ、おいしかった。ごちそうさま」


 ごはんを食べたら、窓を開けて空気を入れ替えます。

 風がそよそよと、はちみつの甘い香りを町中に運んだら、ミミルのおまじない屋の開店です。

 普通だったら、コンコンと、扉をノックしてお客さんがやってきます。

 でも、おまじない屋に来るのは不思議な人ばかり。


 ヒューっと、窓から何かが入ってきました。

「きゃあ、眩しい!」

 眩いばかりの光があふれて、ミミルは顔をおおいました。


 しばらくして、光が収まると、ようやく目を開けられるようになりました。

「おじゃましてるよ」

 見ると、テーブルの上には、キラキラ光る、小さなお星さま。


「まあ、お星さま!」

「ぼく、流れ星だよ」

「流れ星が、どうしておまじない屋に来るのかしら」


 星が流れると、みんながお願いをします。

 その願い事を叶えてくれるのが、お星さまです。

 おまじないなんか、いらないはずです。


「えへへ。ぼく、ゆっくりすぎたんだ。そうしたら、みんながお願い事しちゃって。ぼく一人で叶えきれないぐらいの、お願いを受けちゃったんだ。ミミルさんに、ちょっと手伝ってほしいなあ」

「オヤスイゴヨウだわ」

「本当?よかった。じゃあ、いくよ」


 お星さまは、キラキラと輝きはじめました。

 まわりが真っ白になって、ミミルは目を閉じました。


 気がつくと、ミミルは池のほとりにいました。

 あたりは真っ暗。

 もう夜になっているようです。


「ここ、どこかしら?」

「お城の庭だよ」


 振り向くと、大きなお城があります。

 ポチャンと、池から音がしました。

「本当に大丈夫ですの?」

 見ると、池から人魚が顔を出しています。


「人魚姫だよ」

 と、星が言いました。

「まあ、本物の人魚だわ!」

 ミミルは驚いて目を丸くしました。


「失礼だわ。あんまりジロジロ見ないでくださる?」

「あ、ごめんなさい」

「ミミルさん、人魚姫が王子さまと結婚できるように、おまじないしてほしいんだ」

「ステキね。まかせてちょうだいよ!」


 ミミルはおまじないをはじめます。

「ミミルミルミル、ミミルミル。思いよ届け、おまじない。一目出会ったその日から、恋の花咲くニシキゴイ。たとえ火の中、水の中、君と二人ならどこまでも」


 すると、お城の方が、なにやら騒がしいようです。

「姫ーっ!」

 と、誰かが呼ぶ声が聞こえます。

 凄い勢いで、男の人がこちらに走ってきます。


「王子さまだわ。早く人間に変身しないと」

 人魚姫は、変身しようとしましたが、それより先に王子さまが着いてしまいました。


「ああ、こんなところにおられたのですか。早くお城に行きましょう」

 王子さまは、ミミルの手を取ると、お城に走っていきました。


「あ、王子さま!わたしはここよ!」

 人魚姫は慌てました。

 慌てて魔法を使ったので、人間にならずに、コイになってしまいました。


 そこにやってきたのは、お城の料理人です。

「さて、ごちそうにする魚をつかまえよう。おや、とても大きなコイがいるな」

 ガバッと、網で人魚姫をすくい上げました。


「ぼ、ぼく、知〜らないっと」

 そう言うと、星はどこかに隠れてしまいました。

 一方、ミミルは王子さまに手を引かれ、お城に向かっていました。


「待って、待って。そんなに速く走れないわ」

「おお、失礼。あなたの足は、コイでしたね」

「わたし、コイじゃないわよ」

「いいえ、あなたはぼくにコイしていますよ」

 王子さまは、ミミルを抱っこして、走っていってしまいました。


 連れていかれたのは、とても広い部屋。

 大勢の人がいて、テーブルには、ごちそうがいっぱい。

 ミミルは真ん中の、王子さまの隣の席に座らされました。


「まあ、ステキ。どうしたの、こんなごちそう」

「何を言っているのです。これからぼくとあなたの結婚式をするのです」

「王子さまったら、ご冗談を」

「冗談では、ありませんぞ。ぼくはあなたに恋をしてしまったのだ。あなたが人魚だろうと、それがどうしたのです」


 王子さまは、目を輝かせて言いました。

 でもミミルは、ごちそうに目を奪われていました。


「ステキ。わたし、いっぺんでいいから、おなか3つ分のごちそうを食べてみたかったのよね」

「どうぞ、3つでも4つでも、好きなだけお食べください。足らなかったら、ぼくのおなかを使ってください」


 ステーキに鳥の丸焼き、すき焼きにしゃぶしゃぶ。

 ピザにスパゲッティ、オムライス。

 フルーツポンチにチョコレートパフェ。

 とても大きなケーキまであります。

 どれから食べたらいいのかと、目移りしてしまいます。


「やっぱり、デザートからよね」

 ミミルは大きなケーキに手を伸ばしました。

 でも、お城の料理人がやってきて、ケーキを持っていってしまいました。


「あ、待って」

「姫のお皿は、こちらでございます」

 ドーンと、目の前に大きなお皿が置かれました。

 蓋の隙間から、大きな魚の足がはみ出しています。


「姫の好きな、お魚を用意させました。とても大きなコイですよ」

 王子さまが蓋を開けると、ボンっと煙が出ました。

 魔法が解けて、お皿の上にいたのは、人魚姫。


「王子さま!」

「姫!」

 人魚姫は、びっくりしている王子さまに抱きつきました。

 わあっと、大騒ぎです。


「ミミル、こっちへ急いで!」

 柱の陰から呼んだのは、お星さま。

「わたし、まだケーキ食べてないのよ」

 意地汚いミミルは、ケーキに向かいました。

 そこにあったフォークで、イチゴのところをすくいました。


「あ、何をする!」

 その様子を、お城の人に見られてしまいました。


「ウェディングケーキを盗むとは、何事だ。怪しいやつめ、捕まえろ!」

 あっという間に、ミミルは捕まってしまって、牢屋に入れられました。


「いや、いやよ!ねえ、出してちょうだい。誰か!ここから出して!」

 ミミルは、泣いて叫びましたが、誰も来てくれません。

「うっ、ぐすっ。おなかペコペコ。わたし、まだケーキ食べてないのに」


 こんなとき、どうすればいいのでしょう。

 どうしようもありません。

 どうしようもないときにできることは、一つしかありません。

 そう、おまじないです。


「ミミルミルミル、ミミルミル。泣き虫腹ペコおまじない。涙の川は、えんえんと。今宵一夜の出会いこそ、一期一会のヘビイチゴ。足が生えたら飛んでいく」

 しばらくすると、足音が聞こえてきました。誰かがやってきたようです。


「あ、人魚さん」

 人魚が、王子さまにお姫さま抱っこされていました。


「あれ、王子さまの顔が変よ」

「失礼だな。ぼくの顔は変じゃないぞ」

 王子さまは、顔だけコイに変身していました。


「ぼくは人魚姫にコイしている。これはコイする人の顔なんだ」

「とってもステキだわ、王子さま」

 人魚姫は、うっとりして王子さまを見つめました。

「姫は足が魚。ぼくは顔が魚。これでちょうどいいんだ」

 と、魚の顔が言いました。


「それより、助けてちょうだい」

「だめだ。おまえはおさしみにして食べるんだ」

 魚の王子が言いました。

「煮付けにしてもおいしいわ」

 と、人魚姫が言いました。


「わたしは人間よ。食べるのは、お魚だわ」

 ミミルが言いました。

「そのとおり。食べるのは、魚だ」

 魚王子が言いました。


「そうよ。だから出して」

「だから出せない。食べるのは、魚なのだ」

「魚を食べるのよ」

「ちがう。魚が食べるのだ。人間を食べるのだ」


「それじゃ、あべこべじゃない。ねえ、人魚さん。わたしのおかげで結婚できたのよ。どうかここから出してちょうだい」

 とミミルが言うと、人魚姫は、うーんと考えました。


「そうね。そう言われれば、そうだけど。でも、あなたはケーキのイチゴを食べちゃったから、やっぱりだめよ」

「そんなあ。わたし、食べてないよぉ!」

「嘘をつけ。証拠は上がっているんだ。おまえがイチゴを食べた犯人だ。牢屋に入っていろ」

 王子さまたちは、どこかにいってしまいました。


「わーん」

 ミミルは悲しくなって泣いてしまいました。

 泣いて、泣いて、泣いて。

 涙があふれて、川のように流れました。


「おやおや、おやおや、お嬢さん。何が悲しくて泣いているの?」

 どこからか声が聞こえます。

 見ると、牢屋の窓のところに、一匹のヘビがいました。


「わ、ヘビが喋った」

「ヘビは喋るさ。人間の子どもより、知恵があるからね」

「どうして知恵があるの?」

「死ぬほど勉強したからだよ。君は死ぬほど勉強したかい?」


 ミミルはギクッとしました。

 胸を張って、勉強したと言えるほど、勉強していません。

「ケ、ケーキを食べてからするつもりだったのよ」

 と、言い訳をしました。


 ヘビはエヘヘへと笑いました。

「エヘヘ。冗談だよ。ぼくが知恵を見につけたのは、イチゴを食べたからさ」

 ヘビは口から、大粒のイチゴを吐き出しました。

「これを食べれば、君も知恵がつくよ」

「いやよ。汚いわ」


 でも、イチゴは見れば見るほどおいしそうです。

 ミミルのおなかもグーグー鳴りました。


「でも、おいしそう」

 パクッと口に入れると、目がグルグルと回りました。

「きゃあ、何よ!」

「エヘヘ。知恵があれば、それが毒イチゴだって見抜けたのになあ」

 遠くでヘビの声が聞こえました。


 ミミルは目がグルグルと回って、回って、回って。

 気がつくと、水の中でした。


「うへえ、しょっぱい。わたし、海にいるのかしら」

 海ではありません。

 涙の川です。

 さっきミミルが泣いた、涙の川です。


 不思議と息ができました。

 息をするたび、ゴボゴボと水がほっぺの下から流れていきます。

 まるでエラがあるみたいです。

 それどころか、手は胸びれ、足は尾ひれになっていました。


「あら?わたし、お魚さんになっちゃったのかしら?」


 川はえんえんと流れていきます。

 ミミルも、川と一緒に流されていきました。

 流されていって、どこかに出て。


 ポチャン!


 落ちたと思ったら、そこは池の中。

 人魚姫がいた、池の中でした。


「ミミル、今、助けるよ」

 お星さまの声が聞こえました。

 パアア、と綺麗な光に包まれたかと思うと、ミミルは元の姿に戻りました。


 でも、元に戻ったのはいいけれど、ミミルは池の中。

「きゃあ、助けて、助けて!おぼれちゃう!」

 手足をバシャバシャさせますけど、沈んでいきます。


「ごめん。もうちょっと待っててね」

 お星さまはキラキラと光り出しました。

 あたりが白くなって、すると。


「あら?」

 ミミルは、おまじない屋に戻っていました。

 ミミルが大好きな、いつものおまじない屋です。


「ありがとう、ミミル。これで人魚姫の願いを叶えてあげられたよ。次は、カッパのところに行くよ。その次は海坊主、そのあとは大王イカのところに行くからね」

「もう、こりごりだわ!あなたが自分で叶えてよ!」

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