第3話 小さなクリのおまじない
みなさんは植物は好きですか?
はい、そこのあなた。
ふむふむ、フライドポテトは好きだけど、お花はそうでもない。
イマイチ。
そこの君は?
なになに、お花は好きだけど、にんじんは嫌い。
それはいけませんね。
じゃあ、ミミルはどうでしょう。
ミミルのおまじない屋は、町のはずれにあります。
もうそこは森の入り口です。
だから、不思議な人がやってきます。
コンコン、コンコン。
誰かがドアをノックしています。
「は〜い、あいてるわよ」
中からミミルが声をかけます。
「おじゃまするよ」
入ってきたのは、小さな人。
ミミルよりも、頭一つ分、背の低い人。
顔は茶色で、髪の毛も茶色。
トゲみたいに、ツンツン尖っています。
触ったら手に刺さりそう。
「あら、どなたかしら」
「ぼくは森のクリの木だよ」
「クリの木ですって?わたしもずいぶんと短い間、生きてきたけど、おまじない屋に来るクリの木に出会ったのなんて、初めてだわ」
ミミルは目を丸くしました。
「ぼくはクリの木の精霊だよ。クリンって呼んで」
「クリンさんね。何の御用かしら?わたしが、あんまりかわいいものだから、クリを届けに来てくれたのかしら。わたし、焼きグリは大好きよ。マロンケーキも好き。くりきんとんも好き。でも、一番好きなのは、やっぱり甘グリね」
まあ、ミミル。
調子がいいこと。
それに、食べることばっかり。
でも、おなかがいっぱいになると眠くなりますから、その前にクリンの話を聞きましょう。
「君が食べる分は、秋になったら落としてあげるよ。でも、今日はそのことで来たんじゃないんだ」
クリンは小さな、黄緑色した、もじゃもじゃの、丸っこいものを取り出しました。
手のひらサイズで、真ん中につぶらな目が二つ、ついています。
「まあ、かわいい」
二つの目が、ミミルを大変そうに見上げました。
でも、なんだか、疲れているように見えます。
「ヤドリギだよ。ぼくが育ててるんだ」
クリンが言いました。
「元気がないわ。枯れちゃいそうよ」
「お水をあげても、お日さまの光に当てても、大きくならないんだ。それでおまじない屋に来たんだよ」
「ごはんは食べさせてあげたの?」
「キャベツもピーマンもにんじんもあげたんだけど、食べないんだよ」
「まあ、野菜を食べなきゃ、大きくなれないわよ」
ヤドリギは、ほっぺを赤くしました。
「そういうことなら、オヤスイゴヨウだわ。食いしんぼミミルにまかせてちょうだいな」
好き嫌いをなくすおまじないをすればいいようです。
食べることにかけては、大得意のミミル。
こんなおまじないはオヤスイゴヨウ。
「ミミルミルミル、ミミルミル。強い子育てよ、おまじない。体元気で心も元気。パクパク食べて、ジャイアント。ビタミンはつらつウサギさん。なに見て跳ねるは、おだんごみてよ」
すると、ヤドリギがぐんぐんと大きくなっていきました。
クリンの手のひらに乗らなくなって、部屋いっぱいに大きくなって、まだ止まりません。
「きゃあ、どうなってるのよ!」
緑の枝が伸びてきて、ミミルを包みこみました。
ヤドリギはまだまだ大きくなります。
バリバリバリっと、屋根を突き破って、壁を突き飛ばして、大きく大きくなりました。
ミミルとクリンは、ヤドリギに包みこまれてしまいました。
でも、外の様子がわからないミミル。
緑のじゅうたんの上にいるのに、気がつきました。
「あは、フッカフカじゃない」
寝転がってゴロゴロしてみます。
とってもいい気持ち。
すると、ゴロゴロゴロゴロ。
何かが転がってくる音が聞こえます。
見ると、巨大な白いおだんごが、ミミルに向かってきます。
「きゃあ、助けて!」
潰されては一大事と、ミミルは大慌てで走りました。
すると、ミミルのあとを、ウサギがピョンピョンと跳ねてきました。
ウサギは、時計を首からぶら下げています。
「遅れちゃう、遅れちゃう」
なにやら、ウサギはとても急いでいます。
「何に遅れちゃうの?」
ミミルは、逃げながらウサギに聞きました。
「満月に決まってるじゃないか」
「満月?まだお昼だわ。急がなくてもいいわよ」
「早く、ウサギ穴に入れーっ」
ピョンと、ウサギはそこにあった穴に飛び込みました。
ミミルも、あとを追って、飛び込みました。
すると。
「きゃああああーっ」
穴の中は、すべり台になっていました。
まわりは真っ暗。
どんどんすべっていきます。
長い、長いすべり台です。
どこまででもすべり降りていきます。
ひたすらすべっていきます。
まるで、地球の裏側までいってしまうような、そんな、長いすべり台です。
そろそろ本当に地球の裏側までいったのじゃないかと思われました。
けれど、まだすべります。
どうしてこんなに長いのか。
そうです。
このすべり台は、月までいってしまうからです。
やっと終わったと思ったら、そこは月世界。
銀色の大地に、銀色の空。
銀色の風が吹いて、銀色の雲がたなびいています。
空には、青い地球と赤い太陽とが、同時にかかっていました。
「あら、ウサギさんはどこにいったのかしら」
ウサギはどこにもいません。
近くには、銀色のドームのような家がありました。
屋根の形が、ウサギの耳になっています。
「おじゃましますわよ」
ミミルは家の中に入りました。
そこは狭い部屋でした。
奥に扉があります。
その前にテーブルがありました。
テーブルの上には、赤いドリンクのビンと、青いドリンクのビンが置いてあります。
赤いドリンクには「嫌いなわたしを飲んで」青いドリンクには「好きなわたしを飲んで」と、書いてありました。
「走って喉が渇いちゃったから、ちょうどいいわ。どなたか知らないけれど、ここの家の人は親切よね」
ミミルは青い方を飲みました。
「だって、好きって書いてあるもの。嫌いを飲む人なんていないわ」
ゴク、ゴク、ゴクと、一息で飲み干しました。
「ぜーんぜん、味がしないじゃないのよ」
中身はただの水でした。
奥の扉を入っていくと、そこは、とてもとても広い部屋でした。
おいしそうないいにおいがします。
大きなテーブルに、たくさんのお料理が並べてありました。
ウサギたちが大勢います。
みんなタキシードを着ています。
料理の乗ったお皿を持って、忙しそうに働いていました。
そのウサギたちは、みんなで同じ歌を歌っているのです。
♫食べて 食べて また食べて
今日は あの子の ティーパーティー
年に 一度の お祭りまで
3時の おやつは お預けよ
まんまん満月
ウサギの尻尾
さんさん3時は
だいさんじ
「さあ、かぐや姫。お席はこちらですよ」
と、案内してくれたのは、クリンでした。
ウサギたちみたいに、タキシードを着込んでいます。
「あら、クリンさん。こんなところにいらっしゃったの?」
「ええ。かぐや姫の好き嫌いをなくすために、お待ちしておりました」
ミミルの前に、おいしそうなハンバーグのお皿が運ばれてきました。
「わあ!わたし、ハンバーグ大好き」
「先ほど、青いドリンクを飲まれましたから、好きなものしか出てきません」
「本当?なんてステキなのかしら。いただきまーす」
ミミルはハンバーグを一口食べました。
ところが、不思議な味がします。
「何よ、このハンバーグ!中身はタマネギだわ」
「ええ。野菜を食べないと、大きくなれません」
どこかで聞いたセリフ。
ミミルがヤドリギに言った言葉です。
「うう。そうだけど、ハンバーグは、お肉がいいなあ」
「野菜はお嫌いでしょうか?」
クリンの目から、涙がこぼれました。
「き、嫌いじゃないわ」
ミミルは渋々、タマネギだけのハンバーグを食べました。
クリンはニッコリと笑顔になりました。
次に運ばれてきたのは、チャーハンでした。
「わたし、チャーハンは大好物だわよ」
ところが、チャーハンに入っていたのは、グリンピースだけ。
「何よ、このチャーハン。お米はどこにいったのよ!」
「野菜はお嫌いなんですね」
クリンの目から、また大粒の涙がこぼれました。
「う。泣かれると、わたし弱いわ。グリンピースだって、ちゃんと食べられるわよ」
ミミルは、グリンピースだけチャーハンを食べました。
くんくん。
いいにおい。
今度はステーキ。
鉄板の上で、ジュウジュウいっています。
「うわ、おいしそう。ごちそう、ごちそう」
食べてみてガッカリしました。
「これ、ステーキじゃないわ。ニンジンを切って焼いただけよ」
「野菜は、野菜は、お嫌いなんですね!」
クリンは、また涙ポロポロ。
「き、嫌いじゃないわよお」
それからも、次から次へと、料理が運ばれてきましたが、全部野菜でした。
カレーライスはジャガイモだけ。
クリームシチューはブロッコリーだけ。
おでんに入っているのも、ダイコンだけでした。
ミミルは、とうとう我慢ができなくなりました。
「もう!どうしてこんなに野菜ばっかり食べなきゃいけないのよ!」
「それは、かぐや姫の好き嫌いをなくすためです。好き嫌いを言っていては、大きくなれません」
「さっきから、かぐや姫って誰よ。わたしとかぐや姫を一緒にしないで!」
そのとき、ドアが開きました。
しゃなり、しゃなりと、着物を着たウサギが入ってきました。
十二単といって、昔のお姫さまが着る、きらびやかな着物です。
「かぐや姫さまの、おなーりー」
ウサギたちが整列して、出迎えます。
「誰じゃろう。青いドリンクを飲んだものは。わらわは赤い方しか飲めなかった。おかげで、嫌いなものが食べたくなってしまったぞよ。ああ、食べたい、食べたい。嫌いなものが食べたい。はよう、わらわの嫌いなものを持ってまいれ」
「ははーっ」
ウサギたちは、かしこまって、かぐや姫の料理を運んできました。
ハンバーグ、チャーハン、ステーキ。
カレーライスにクリームシチュー。
唐揚げ、ソーセージ、おでんにお刺身。
みんな本物です。
かぐや姫は「これ嫌い」「これ嫌い」と言いながら、バクバク食べていきます。
ミミルのもとには、トマトやキュウリのサラダが運ばれてきました。
「あ、いいな。わたしもかぐや姫と同じものが食べたいわ」
「いいえ。さっき、かぐや姫と一緒にしないでと、おっしゃったばかりです」
と、クリン。
「あ、あれは、違うわよお!」
「そなたの料理は、おいしそうじゃのう。ウサギは野菜が大好物なのじゃ」
かぐや姫が、うらやましそうにミミルのお皿を覗き込みました。
「だったら、わたしのと取り替えっこしましょうよ」
「だめじゃ。わらわは赤いドリンクを飲んだから、これは全部わらわのものじゃ」
かぐや姫は、大きな口をあーんと開けて、鋭いキバでステーキにかぶりつきました。
「ほれ、もっと肉を持ってまいれ。焼いた肉ばかりでなくて、生のお肉も持ってこんか」
かぐや姫のようすがおかしいようです。
ウサギに鋭いキバなんて、あったでしょうか?
体も大きくなって、ゴワゴワとした、固くて黒い毛が生えてきました。
「かぐや姫さん、食べすぎじゃないの?あんまり食べたら、体に毒よ。大きくなったし、尻尾も伸びたし、耳が小さくなっちゃったわ」
「何を言うか。好き嫌いを言っておっては、大きくなれんのじゃ」
そのとき、ウサギが一匹、大慌てで入ってきました。
「ああ、忙しい、忙しい。満月はまだか。満月はまだか」
さっきここに来るときに会った、時計を持ったウサギでした。
「誰か時計を持っていないか。今、何時か教えてくれ」
「時計なら、おまえが持っている」
ウサギの一匹が教えてあげました。
「まったく、こう忙しくては、時計を見る暇もない」
時計を見て、ウサギはびっくりぎょうてん、飛び上がりました。
「ああ、なんということだ、なんということだ。3時を過ぎてるじゃないか!満月だ、満月だ、満月になったぞーっ」
それを聞いて、他のウサギたちも騒めきました。
「満月だって?もちつきの時間じゃないか」
「もちつきだ。早く逃げろ!」
「満月だ。オオカミが来るぞ」
などと、口々に言って、みんな一斉に出口に向かいます。
「みんなどうしたの?きゃあ、かぐや姫さん!」
「アーオーン!」
なんと、かぐや姫がオオカミに変身してしまいました。
「さあ、ペッタン、ペッタン、もちつきだ。ウサギを食べるぞ、もちつきだ。ペッタン、ペッタン、食べてやる」
オオカミの鋭いキバの間から、ヨダレがダラダラと垂れています。
「待ってよ。もちつきは、ウサギを食べることじゃないわ。かぐや姫さん、落ち着いて!」
「問答無用。わらわは好き嫌いがないから、まずはおまえから食べてやる」
オオカミは、あーんと大きく口を開けました。
「きゃっ、助けて!」
ミミルは逃げ出しました。
クリンも一緒です。
「待ーてー!」
オオカミは追いかけてきます。
「待てと言われたって、待てないわ」
ミミルとクリンは、ウサギたちと一緒に走って逃げました。
でも、どこまで走っても、オオカミは追いかけてきます。
「もう、しつっこいわねえ」
「こっちだ、こっちだ。こっちだよぉー」
時計を持ったウサギが、ウサギ穴に飛び込みました。
続いて、他のウサギたちも、ピョンピョン穴に飛び込みます。
「また穴に入るの?どうしましょう」
「他に逃げ場はないよ。行こう」
ミミルはためらいましたが、クリンが手を引いて、飛び込みました。
すると。
穴の中は、すべり台になっていました。
まわりは真っ暗。
どんどんすべっていきます。
長い、長いすべり台です。
どこまででもすべり降りていきます。
ひたすらすべっていきます。
まるで、月の裏側までいってしまうような、そんな、長いすべり台です。
そろそろ本当に月の裏側までいったのじゃないかと思われました。
けれど、まだすべります。
どうしてこんなに長いのか。
そうです。
おわかりですね?
このすべり台は、地球までいってしまうからです。
「きゃあ!」
やっと明るいところに出たかと思ったら、そこは空の上。
ひゅーんと、落ちていきます。
落ちていくときに、白い雲の間を通りました。
すると、べっとりとした、おもちみたいな雲が、ミミルとクリンの体にまとわりつきました。
まん丸い、おもちのかたまりになって、落ちていきます。
ひゅーっう、べちゃっ。
おもちは、クリの木の高いところにくっついて止まりました。
「あー、びっくりした」
地面は、はるか下にあります。
とても降りられそうにありません。
それよりも、おもちがベトベト体にくっついて、動くこともできないのです。
ミミルとクリンは、おもちによって、枝にくっつけられてしまいました。
さあ、どうしましょう。
どうすることもできません。
どうすることもできないときにできることは、一つしかありません。
そう、おまじないです。
「ミミルミルミル、ミミルミル。おもちもいいけど、おまじない。ペッタンペッタン、つきすぎた。食べても食べてもなくならない。そろそろお肉もお野菜も、入ったカレーが食べたいわ」
すると、白いおもちの色が、緑色に変わっていきます。
細い枝みたいになって、クリの木にくっつきました。
くっついて、緑の丸いヤドリギになりました。
でも、ミミルたちはどうなるのでしょう?
もちろん、落っこちます。
「きゃーあ、助けてーっ」
ひゅーうっ、ポトリ。
無事でした。
クリンがいがぐりに変身して、ミミルを包んでくれたからです。
秋になると、熟したクリは落っこちます。
そしてパカっと割れて、中から、実が顔を出します。
だから、ミミルも顔を出します。
「あー、よかった。クリンさん、ありがとう。ほら、見てよ。ヤドリギがくっついているわ」
二人は木を見上げました。
元気そうで、立派なヤドリギがついています。
ヤドリギは木にくっついて成長しますから、お水はやらなくてもいいのです。
もちろん、野菜を食べさせなくても、勝手に大きくなります。
でも、この人は別です。
「あー、もう、怖い思いをしたら、おなかペッコペコだわよ。お野菜でも、なんでも、いっぱい食べたーっい」
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