ミミルの不思議なおまじない屋へようこそ!
いもタルト
第1話 ねぶそくひつじのおまじない
ミミルの話をしましょう。
おまじないが好きな女の子です。
小さな小さな女の子です。
町のはずれの、赤い屋根のきのこみたいなおうちで、おまじない屋をやっています。
町のいちばん東にありますから、太陽がいちばん先にあたります。
でもミミルはねぼすけです。
なかなかおきてきません。
太陽は親切ですから、光の腕を、わざわざ窓からさしいれて、ねているミミルのほっぺをなでなでしてあげます。
でもミミルはおきてきません。
だから、いつもため息をついて、お空のてっぺんにのぼっていきます。
ようやくお昼近くになったころ、ミミルは目を覚まします。
いくらねぼすけのミミルといっても、そのころになると、おなかがすいて、寝ていられなくなるのです。
「ふわあ、よく寝た」
ミミルはいつもふしぎに思います。
よく寝ると、おなかがすきます。
よく食べると、眠くなります。
どうして片っぽうずつじゃないのだろうと思います。
うーんと、頭をひねって、考えるのですが、おなかがペコペコだと、いい考えがうかんできません。
それでごはんにします。
顔を洗って、お気に入りの赤い服に着替えたら、朝ごはんです。
でもそのまえにやることがあります。
ミミルはおまじない屋です。
おまじないが大好きです。
だからミミルの一日は、いつもおまじないからはじまるのです。
鏡にむかってニッコリ笑って、呪文をとなえます。
「ミミルミルミル、ミミルミル。朝の大事なおまじない。あの朝この朝やってきた。たのんでないのに、やってきた。おなかもペコペコくいしんぼ。眠気ざましにコケコッコ」
ニワトリは、とっくの昔におきて、コケコッコーをしています。
でも、これをやらないと、ミミルの一日は、はじまらないのです。
これをやると、とても素敵な一日になります。
嘘じゃありません。
本当です。
だっておまじないしたのですから。
「さあ、食べましょ。おいしいおいしい朝ごはん」
赤いトースターにパンをセットします。
ミミルが生まれる前から、ずっとこの家にある、古いトースターです。
ミミルは、お料理が苦手です。
だから、パンを焼くときにも、おまじないをします。
これがないと、味がしまらないトーストになります。
「ミミルミルミル、ミミルミル。こんがりきつねのおまじない。外はカリカリひなあられ。中はふっくら、くしだんご。焼きかげんなら、いいかげん。この世でひとつのレストラン」
チン!と音がなって、ポーンと、焼けたてのトーストが、飛び出しました。
それをお皿でキャッチします。
隠し味におまじないをきかせた、特別なトーストです。
トーストに、はちみつをたっぷりかけて、さあ、いただきますと、大きく口を開けたところで、ミミルは失敗に気づきます。
ミルクを沸かすのを忘れていたのです。
でも、こんなことは、ミミルだったらしょっちゅうですから、慌てません。
落ち着いて、そそくさとミルクを鍋に入れて、火にかけます。
「いっただっきます!」
ミルクがあったまって、ようやく朝ごはんです。
町の人たちは、もうじき昼ごはんを食べる時間です。
でもミミルは、時計が読めませんから、そんなことへっちゃらなのです。
朝ごはんを食べたら、おまじない屋をあけます。
窓を開けて、空気を入れかえると、風がそよそよと、はちみつの甘い香りを、運んでいきます。
その香りが、ミミルのおまじない屋が開いた合図です。
さっそく、お客さんが、やってきました。
ここはおまじない屋ですから、不思議な人がやってきます。
はじめにやってきたのは、ひつじです。
寝不足のひつじです。
目の下に、大きなクマができています。
「ひつじさん、いらっしゃい。今日は、どんなおまじないがゴイリヨウなのかしら?」
「たいへんだよ。ぼく、ひつじを数えていたら、眠れなくなっちゃって。よく眠れるようになる、おまじないをしてほしいんだ」
みなさんは、眠れない夜に、ひつじを一匹、ひつじを二匹と、数えたことがありますか?
あんなことしたって、眠れないですよね?
「オヤスイゴヨウだわ。眠れない夜に、ひつじを数えていたら、眠れなくなるのは当然よ。眠れないときには、おまじないだわ」
そうそう。
眠れない夜には、なんといってもおまじないです。
寝ることにかけては、大得意のミミル。
さっそくおまじないをします。
「ミミルミルミル、ミミルミル。すこやかな眠りのおまじない。よい子も眠る、うしみつどき。あったかミルクにはちみつ入れて、甘くとろける、睡眠薬。おなかもタポタポ、いい気分。うつらうつらと、舟を漕ぐ。海から人魚が現れて、眠れ眠れと、子守歌…」
おまじないは、効果てきめん。
ミミルは、うつらうつらとしてきました。
気がつくと、ミミルは、舟の上。
ぎっこん、ぎっこんと、舟を漕いでいるのは、ひつじです。
「あら、わたしってば、いつのまに海に出ちゃったのかしら」
ピュウウ、と、強い海風が吹いて、ミミルは、肩を震わせました。
「まあ、寒い。セーターを持ってこれば、よかった」
「セーターなら、ぼくのを貸してあげるよ」
ひつじは、毛皮を脱いで、ミミルに着せてあげました。
「ありがとう、ひつじさん。あなたって、とっても便利な動物よね。毛皮はセーターになるし、お肉はおいしいし」
「えっ、ぼくのこと、食べるの?さ、さよなら」
ひつじはポチャンと海に飛び込んで、逃げていきました。
「あ、待って」
ミミルが海を覗き込むと、中から人魚が現れました。
「うふふ、かわいらしいお客さんが来たわね」
「わたしはお客さんじゃないわ。お客さんはひつじよ。でも逃げちゃったの」
「おいで、おいで。海の中で遊びましょう」
「いやよ。海の中は冷たいもの」
「あなたはセーター着てるじゃない」
人魚は歌い出しました。
🎵眠れ眠れよ
お嬢さん
おいでおいでよ
わたしのうちへ
おいでおいでよ
海の底
海の底なんか行ったら、大変です。
「助けて!」
ミミルは逃げようとしました。
でも、人魚の歌を聞いているうちに、気持ちよくなって、ポチャンと海に落ちてしまいました。
「あら?ポッカポカだわ」
寒いかと思ったら、海の中は温泉みたいに温かでした。
不思議と息もできます。
すると、おなかにあんこをいっぱい抱えた、たい焼きが泳いでやってきました。
「まあ、おいしそう。わたし、たい焼きが大好きなのよ」
「君、朝ごはんは食べたかい?」
たい焼きが聞きました。
「そうね、もうじきお昼だけど、たった今、朝ごはんを食べたばかりなの」
「じゃあ、君もおなかいっぱいだね」
と、たい焼きが言うと、ミミルはどんどん海の底へ沈んでいきました。
「変なの。おなかが重いわ」
「そうだよ。あんこをいっぱい詰めたから、重くなるんだよ」
落ちて、落ちて。
たどり着いたのは、森の中。
そこはコンブの森でした。
🎵コンブ、コンブ
全部、コンブ
おんぶに抱っこに 殿様コンブ
子持ちコンブに ひぐらしコンブ
コブはコブでも ラクダのコブは
迷子のコンブに ちからコブ
コンブの楽しそうな歌が聞こえてきます。
ミミルはゆらゆらと、コンブの森の中を泳いでいきました。
すると、そこにいたのは、大きなクマ。
「ガオーッ」
「まあ大変!わたし、ここが森の中だってことを忘れていたわ」
ミミルは必死で逃げました。
でも、クマは追いかけてきます。
「ガオーッ!お嬢さん、こんにちは」
「あら、こんにちは。なんて言ってる場合じゃなくってよ。そら、逃げろーっ」
「まあ、そう急がずに、眠そうなお嬢さん。貝がらのベッドで休んでいきなさい」
見ると、大きなあこや貝が、口を開けていました。
大粒の真珠が乗っています。
「まあ、とっても大きな真珠!」
ミミルは貝の中に入りました。
その途端、パクッと貝は口を閉じてしまいました。
「きゃあ、まっ暗だわ」
何も見えなくなって、ミミルは怖くて、真珠をしっかりと抱きかかえました。
「ねえ、開けてよお!」
どんどんと、こぶしで叩いてみますが、貝はピタッと口を閉じたまま、開けてくれません。
中はまっ暗です。
とても狭いです。
どうしようもありません。
どうしようもないときにすることは、おまじないしかありません。
ミミルは、必死におまじないを唱えました。
「ミミルミルミル、ミミルミル。狭いよ暗いよ、おまじない。贅沢なんて、言わないわ。欲しいものなら、ひとつだけ。空の真珠は、暖かな、光をみんなに注いでる」
すると。
頭の上で、お日さまがギラギラと輝いていました。
気がつくと、ミミルの体は上下に揺れています。
まわりは見渡す限りの、砂の海。
ミミルは砂漠でラクダに乗っていました。
真珠を抱えていたかと思ったら、抱えていたのは、ラクダのコブでした。
「あら、わたし、いつの間に砂漠に来ちゃったのかしら?」
ところが。
「うう、寒い」
砂漠でセーターを着ているというのに、体が震えるほど寒いのです。
「そんなもの着ているから、寒いんだよ」
と、ラクダが言いました。
「セーターなんか着てたら、汗が出ちゃうじゃないか。君は水のないところに、行きたかったんだろう?」
「水のないところではないわ。海のないところよ」
「砂漠はみんな砂の海さ」
遠くの方から、誰かがやってくるのが見えました。
ラクダに乗った、砂漠の隊商です。
先頭のラクダに乗っているのは、ひつじでした。
毛のないひつじでした。
「ぜんたーい、止まれ!やあ、君。君はここを掘ったら、水が出てくると思うかい?」
と、毛のないひつじは聞きました。
「どうかしら?わたし、砂漠なんて掘ったことないわ」
「いくら掘っても海しか出ないよ」
ラクダは言いました。
「嘘つきラクダ!また楽をしようとして、嘘をついているな。とっととどこかに行ってしまえ!」
毛のないひつじが怒ると、ラクダたちはみんな砂に潜ってしまいました。
「さあ、ここを掘るんだ」
ひつじはミミルにスコップを渡しました。
「え、わたしが掘るの?」
「そうだよ。だって君はセーターを着てるじゃないか」
見ると、ミミルのセーターはスコップの柄でした。
それならしょうがないと、ミミルは砂を掘り始めました。
ザクッ。
ザクッ。
小さなスコップでいくら掘っても、水は湧いてきません。
「こんなんじゃ駄目だわ。せめてシャベルが必要よ」
ザクッ。
ザクッ。
「出るよ、出るよ。もうじき出るよ」
「あら?今何か言ったかしら?」
ミミルはひつじを見ました。
「ぼく、何も言ってないよ。ひつじはむっつりと押し黙っているものだよ」
と、ひつじは言いました。
「出るよ、出るよ。もうじき出るよ」
また声が聞こえます。
喋っていたのは、スコップでした。
「まあ、不思議!スコップが喋ってるわ」
「スコップはしゃべる。しゃべるはシャベル。シャベルはスコップしゃべらない。しゃべらないのは、不思議じゃない。だってひつじはおしゃべりじゃない」
「お喋りなスコップね」
そのまま掘り続けると、スコップが何かを掘り当てました。
「出るよ、出る。出る出る出る」
その途端、メエーッと、飛び出してきたのは、ひつじ。
ポーンと空に舞い上がりました。
「ひつじが一匹」
と、毛のないひつじは言いました。
「掘って、掘って、また掘って。出るよ、出るよ、また出るよ」
ミミルがまた、ザクッと砂を掘ると、また、メエーッと、ひつじが飛び出して、空に上がりました。
「ひつじが二匹」
また、毛のないひつじは言いました。
ミミルがどんどん砂を掘ると、どんどんひつじが飛び出します。
メエーッ、メエーッ、メエーッ、メエーッ。
「ひつじが三匹、ひつじが四匹、ひつじが…、いっぱい」
ひつじたちはみんな空にのぼって、ひつじ雲になりました。
ひつじ雲は集まって、真っ黒な雨雲になりました。
ポツ、ポツ、ポツと、雨が降り出します。
「わあ、雨だ!セーターの中に入れておくれ!」
毛のないひつじは、無理矢理セーターの中に潜り込もうとしました。
「待って、待って!傘じゃないわよ。セーターが伸びちゃう!」
大粒の雨がバラバラと降ってきて、たちまち砂漠は海になりました。
「きゃあ、おぼれちゃう!助けて!」
また海に入るのは、まっぴらごめん。
ミミルは必死でおまじないをしました。
「ミミルミルミル、ミミルミル。傘がないから雨宿り。お外に行くのはやめにして、おうちのベッドでグースカピー。だらだらしよう、寝ていよう…」
「…さん。ミミルさん」
誰かが呼ぶ声が聞こえます。
「ふわあ、よく寝た」
ミミルがお昼寝から起きてきました。
おまじない屋のドアのところで、ミミルを呼んでいるのは、ひつじです。
「ああ、よかった。今日はお店はお休みなのかと思いましたよ。ぼく、よく眠れるようになる、おまじないをしてほしいんです」
「あら、ごめんなさい。わたし、この時間は、いつもお昼寝することにしているのよ。おなかがいっぱいになると、眠くなるのよね」
「それで、おまじないは…」
「夕ごはんまでには、まだ時間があるから、もうちょっと寝ることにするわ」
「ぼく、おまじないをしてほしいんだけど」
「ごはんをいっぱい食べれば、自然と眠くなるわ。特に甘いものは、効果テキメンボーよ。お休みなさい」
「え、そんな」
もう一度、ベッドに行こうとして、ミミルは振り返り、言いました。
「ひつじさん、そのセーターお似合いよ。スコップの柄がおしゃれよね」
ミミルはまた、クークー寝てしまいました。
ひつじのおなかが、グーッとなりました。
「甘いもの、か。たい焼きでも、食べに行こうっと」
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