第8話 シルクハットのおまじない

 不思議な話をしましょう。

 不思議といえば、魔法です。

 魔法を使う人を、魔法使いといいます。


 魔法使いを英語でいうと、マジシャンです。

 マジシャンとは、手品師のことでもあります。

 魔法使いにお目にかかることは、なかなかありませんが、マジシャンだったら、君でも見ることができますよ。


 ミミルのおまじない屋に、白ネコのネコヤナギさんという人が来ています。

 ネコヤナギさんはマジシャンです。

 ミミルにマジックを披露するためではありません。

 おまじないをしてもらうためです。


 どうしておまじないをしてもらうかというと、自信がないんです。

 自信がないから、おまじないを使ってインチキしようと、そういうわけではありません。


 ネコヤナギさんは、マジックの腕はピカイチなんです。

 ネコの中で一等賞です。

 だからすごいマジックが使えます。

 でも、人前で上がってしまって、よく失敗をするのです。


 ポン、ポン、ポン、ポン。

 赤い玉が指の間に現れては消えます。

 一つ、二つ、三つ、四つ。

 キュッと手をグーにして、開いたときには、玉はどこにもなくなっていました。


「わっ、消えちゃった」

 今度はステッキのマジックです。

 手も触れていないのに、ステッキが宙に浮いています。

 ステッキは華麗にステップを踏んで、ワルツを踊ります。


 ラーララー、ラララー。

 ラーララー、ラララー。

 ラララー、ラ、ラーラーラー。

 ラララー、ラララー。


「ステキね。まるで本物の王子様が踊っているみたいだわ」


 ラーララー、ラララー。

 ラーララー、ラララー。


 ミミルはステッキの手を取り、一緒にクルクル回りました。

「うっとりしちゃう。こんなふうにリードされたら、いつまででも踊っていられそうよ」

 そう、いつまでも。

 いつまでもクルクル回って、目を回して尻もちをついてしまいました。

「あー、世界が回るー」


 ミミルのために、しばらく休憩しましょう。

 トイレに行きたい人は、行ってきてください。

 ちゃんと手を洗った人は、続きを読みましょう。


 ネコヤナギさんは、かぶっていたシルクハットを脱ぐと、手を入れました。

 取り出したのは、白いハト。

 窓を開けてやると、ハトはバサバサっと飛んでいきました。


「すごいわ、ネコヤナギさん」

 ミミルはすっかり感動してしまいました。

「あ、あ、あ、あ、ありがとう」

 ネコヤナギさんは、顔を真っ赤にして、汗をふきふき答えます。


「で、でも、ぼ、ぼぼ、ぼぼ、ぼく、きき、緊張しちゃって。ほ、ほほ、本番で失敗しちゃうんだ」

「どのマジックも、みんな最高だわ。女の子が見れば、とりこになっちゃうわよ」

 ミミルは潤んだ瞳をキラキラさせました。

 ネコヤナギさんは、顔を夕日の色より真っ赤っかにさせました。


「そ、そそ、そ、そういうのが、き、緊張するんだ、なあ。あ、上がらない、おまじない、か、かかかかか、かけてよ」

 頭からシューシューと湯気をふいています。

 このままずっとここにいたら、二人とも蒸し焼きになってしまうでしょう。

 早くおまじないせねばなりません。


「オヤスイゴヨウだわ。まかせてちょうだいよ」

 ミミルはおまじないをはじめました。

「ミミルミルミル、ミミルミル。ステキ大好きおまじない。夢を見るのはウルウルと。トリコさヒヨコさヤナギの木。華麗に手さばき、手羽さばき」


「ど、どういう意味?」

「お客さんのことを、みんなヒヨコだと思えばいいのよ。そうすれば、どんな感じがするかしら?」

「えっと、おいしそう、かな?」

 みなさんはヒヨコは食べないと思いますが、ネコヤナギさんは、ネコです。


「次は、そのヒヨコがカレーの海でプカプカ浮いているところを想像するのよ」

「急に、おいしそうじゃなくなったね」

「そうそう、その調子。どうかしら?ずっと気が楽になったんじゃなくって?」

「うーん、そう言われてみれば、そうかも」

 ネコヤナギさんは落ち着いて、白ネコに戻りました。


 なんだか、不思議なおまじないですけど、おまじないというのは、みんな不思議なものなのです。

「ありがとう。うまくいきそうな気がするな。これ、今日のショーの招待券だよ。もしよかったら、君も見に来てくれる?」

 と、ネコヤナギさんはミミルにチケットを渡しました。

「わあ、嬉しいわ。絶対行くわよ!」


 ネコヤナギさんは帰っていきました。

 ミミルはしばらく、その招待券を眺めながら、うっとりしてしまいました。

「マジックって、ステキだわ。うんとおしゃれして、おめかしして行くわよ」


 ミミルは、シルクハットがあるのに気づきました。

「あら?これって、ネコヤナギさんのシルクハットじゃないの。忘れものだわ」


 すぐに追いかけていって、つかまえようとしましたが、ネコヤナギさんが出ていったのは、もうずいぶん前。

 今から行っても、間に合わないでしょう。

 そう思ったら、ミミルはシルクハットの中を覗いてみたくなりました。

「どうなっているのかしら」


 覗き込むと、夕日を浴びて、真っ赤に染まった町の景色が見えました。

 狭いところに、家がたくさん、ごちゃごちゃと建ち並んでいます。

 そのうちの一つは、煙突から白い煙をモクモクと出していました。

 その家の窓が開いて、中から赤いネコが顔を出しました。


「あ、ネコヤナギさん?」

 そのネコはネコヤナギさんによく似ていました。

 シルクハットをかぶっています。

 ネコは、何か口を動かしています。

 耳をすますと、歌っているのが聞こえました。


 ♫ネコの町は夕暮れ

 まっかっか

 いつでも帰る時間

 おいでよ さようなら

 ネコ町ネコ丁目ネコ番地

 ここはいつでも まっかっか

 会いに来るなら 夕暮れどきさ


 ミミルはその歌を聞いていると、なんだかいい気持ちになってきました。

 フワーっとして、目を開けていられなくなります。

 気がつくと、ミミルは真っ赤な夕日を浴びて、町の中に立っていました。


「あら?ここって」

 町のようすは、さっき見たシルクハットの中によく似ていました。

 今は夕方のようです。

 通りには、人っ子一人いません。

 みんなもう、うちに帰ってしまったのでしょうか。


 フラフラと町を歩くと、白い煙を吐き出している、煙突を見つけました。

「さっきネコさんがいたおうちだわ」

 その家のドアをノックしました。

 ドアは、ニャンニャンと音を立てました。

「不思議な音ね」


 しばらく待っても、誰も出てきません。

 ドアノブを回すと、鍵はかかっていませんでした。

「誰もいないのかしら?お邪魔するわよ」

 ドアを開けると、ミミルはびっくりしました。


「きゃあ!」

 バサバサバサッと、白いハトが飛び出していったのです。

「こりゃ、開けてはいかん」

 中から、聞いたことのある声が聞こえてきました。


 そこにいたのは、シルクハットをかぶって、燕尾服を着た、真っ赤なネコでした。

 ネコヤナギさんにそっくりです。

「あれ、ネコヤナギさん?」

「早くドアを閉めなさい」


 声もネコヤナギさんにそっくりでした。

 ミミルはバタンとドアを閉めて、家の中に入りました。

「ネコヤナギさん、どうしてこんなところにいるの?」

「どうしてじゃと?もう帰る時間じゃぞ。こんな時間には、家にいるのが当たり前じゃ」


 顔も声もネコヤナギさんにそっくりですが、喋り方が違います。

 このネコは、もっと歳をとっているような感じです。

 それに、ネコヤナギさんだったら、こんな偉そうな言い方はしません。

 ミミルは、ネコヤナギさんではないのだと思いました。


 中は、なにやら不思議なところでした。

 大きな釜があって、グツグツ煮えて、湯気を立てています。

 テーブルの上には、折り紙がいっぱい。

 ツルとかセミとか、ヨットとか、いろんな形に折られています。

 中には、ハトの形のものもありました。


「この釜は、なあに?」

「これは、ハトを作っておる」

 ネコはハトの形に折られた折り紙を、一つ釜に放り込みました。

 すると、釜の中から、白いハトがポーンと飛び出してきました。


「わ、すごい。まるで魔法みたい」

「魔法ではない。これはマジックじゃ」

「どう違うの」

「タネも仕掛けもあるのが、マジックじゃ」

 そう言うと、ネコははしごを持ってきて、釜に立てかけました。


「タネや仕掛けは見てはいけない。だから、中を覗いてごらん」

 ミミルは、どっちなのだろう、と思いました。

 でも、中を見てみたくなって、はしごを登りました。

 釜の中を覗き込むと、白い湯気の向こうに、何かあるのが見えました。

 湯気は、そこから立ち上っているようでした。


 湯気を吸うと、ミミルはなんだか気持ちよくなってきました。

 どこからともなく、歌が聞こえます。


 ♫ネコの町は蜃気楼

 まっしろしろ

 湯気がゆらゆら あったまる

 早くおいでよ さめちゃうよ

 おなかいっぱい ねんねんころり

 ねんねんころりの ネコ寝転びよ

 転んだ転んだ だるまさん


 ミミルはその歌を聞いていると、眠くなってきました。

 目を開けていられなくなって、眠ってしまいました。


 気がついてみると、そこは、真っ白なところでした。

 空からは、雪が降っています。

 ミミルの足元も、真っ白でした。

 あたり一面に、雪が積もっています。


「ひゃあ、寒い。わたし、いつの間にこんなところに来ちゃったのかしら」

 雪の中に立て札がありました。

 この先温泉と書かれています。

「温泉があるのね。そうか。この湯気は、きっと温泉の湯気なんだわ」

 ミミルは、早く温泉に浸かりたくて、駆け出しました。


「そこ、動いちゃだめじゃないか!」

 そのとき、だれかから注意されました。


「あら、ネコヤナギさん?」

 そこにいたのは、ネコでした。

 燕尾服を着て、シルクハットをかぶっています。

 顔も体も真っ白です。

 ネコヤナギさんにそっくりのネコでした。


「雪だるまが勝手に動いちゃだめだ」

 そのネコは言いました。

 声もネコヤナギさんにそっくりです。

 見ると、まわりには雪だるまがたくさんありました。

 どの雪だるまも、目はジャガイモ、鼻はニンジン、口はタマネギでできています。


 その、ネコヤナギさんにそっくりなネコが、大きな声を出しました。

「だー、るー、まー、さー、んー、がー」

 その声に合わせて、雪だるまたちが一斉に動き出しました。

 ぴょん、ぴょん、ぴょんっと、跳ねていきます。

「こー、ろー、んー、だっ!」

 ピタッと、みんな止まりました。

「なるほど」


 だるまさんが転んだの要領で動けば良さそうです。

「だー、るー、まー、さー、んー、がー」

 またネコが大きな声を出しました。

 雪だるまがぴょんぴょん跳ねるのに合わせて、ミミルも負けじと駆け出します。

「わたし、だるまさんが転んだは得意なんだから」

「こー、ろー、んー、だっ!」


 ミミルはピタッと止まるつもりでした。

 ですが、雪が積もっているものですから、止まれません。

 ツルッと滑って、そのままゴロゴロ転げていきました。


「ひゃあ!助けてーっ」

「あっ、そこ、動いちゃだめだぞーっ」

 ネコが叫びました。

 でも、そんなこと言ったって止まれません。


 ミミルはコロコロ転がって、雪だるまになりました。

 まん丸い玉になって、転がっていきます。

 ゴロゴロ、ゴロゴロ、ゴロゴロ。

 ボッチャン!


 落ちたところは、湯気がもうもうと出ている、池のようなところ。

 熱で雪だるまが溶けました。


「ふーっ、助かったわ。あー、あったかい。ここが温泉ね」

 ところが、なんだか様子が違います。

 プカプカと温泉の中に何かが浮いています。

「なにかしら、これ?温泉たまごじゃなさそうだけど?」


 よく見ると、浮かんでいたのはニンジンでした。

 他に、ジャガイモや、タマネギも浮かんでいます。


「だー、るー、まー、さー、んー、がー」

 雪だるまたちが、ポチャン、ポチャンと、温泉に飛び込みます。

 飛び込むと、雪が溶けて、ニンジンやジャガイモやタマネギが、お湯に浮かびます。

「こー、ろー、んー、だっ!」


 でも、お湯がなんだか変な感じでした。

 茶色くて、ドロドロしていて、おまけにいい香りがします。

 思わずおなかがすいてくるような、とってもおいしそうな香り。

「これ、カレーじゃない」

 ミミルが浮かんでいたのは、なんとカレーの温泉。


 ザバアッと、カレーの中から平ぺったい魚が出てきました。

 二つの目が、右によっています。

「君は今、カレーじゃないって言ったかい?」

 と、その魚は言いました。


「カレーだって言ったのよ」

「カレーじゃないよ」

「カレーじゃない?」

「カレーじゃないよ。カレイだよ」

「カレイじゃないわ。カレーよ」

「かれいだよ。見ててごらん」


 空から銀色に光るものがおりてきました。

 それは、糸の先にくくりつけられた、スプーンでした。


「なにかしら、あれ?」

「カレイ釣りをしているんだ」

 カレイは答えました。


 エイっと、かれいなジャンプをして、カレイはスプーンに食いつきました。

「どうだい、かれいだろう」

「食べられちゃうわよ!」

 そのまま、カレイは、すーっと釣り上げられていきました。


 また、空から銀色に光るものがおりてきました。

 今度は、大きな大きな、人一人すくえそうな、とっても大きなスプーンです。

「きゃっ、わたし、カレーじゃないのよ!」

 ミミルは逃げようとしましたが、カレーの温泉の中は、ドロドロして、うまく動けません。


「助けてぇ!」

「だー、るー、まー、さー、んー、がー」

 ネコの声が響きます。

 本当に、ネコヤナギさんそっくりの声です。

 ポチャン、ポチャンと、雪だるまはカレーの中に落ちていきます。


 ミミルは動けません。

 どうしようもありません。

 どうしようもないときにすることは、一つしかありません。

 そう、おまじないです。


「ミミルミルミル、ミミルミル。カレーもいいけどおまじない。お風呂にボッチャン、かれいじゃない。サジが来たからサジ投げる。助けて、すくって、すくわないで。カレーにミミルは甘すぎる」


「こー、ろー、んー、だっ!」

 声が止むと、今にもミミルをすくい上げそうになっていたスプーンが、ピタっと止まりました。


 キラキラと輝いて、現れたのは、背中に羽が生えた、妖精。

「わたし、カレーの妖精よ」

「誰でもいいから、助けて!」

「もう、ありがたみがないわね。わぁ、カレーの妖精なんて聞いたことがない、とか、カレーの妖精って、とってもかわいいのね、とかはないの?」


「ええと、あなたのお肌って、ごはんみたいに真っ白ね」

「まったく、いやしい女の子だわ。早くカレーを食べなさい」

「えっ、カレーって、このカレー?」

「ほかにどのカレーがあるのかしら」

 ミミルは温泉のカレーをひと舐めしました。


「ひーっ、かっらーいっ!」

 カレーは飛び上がるほど辛く、ミミルは温泉から飛び出しました。


「あら、わたし、空を飛んでるわ」

 気づくと、体が黄色くなっています。

 手が黄色い羽に変わっていました。

「あなたを鳥にしてあげたのよ。そのまま飛んでいくといいわ」

 妖精が言いました。


「ありがとう。助かったわ」

 ミミルは、羽をパタパタ動かして、飛んでいこうとしました。

 でも、なかなかうまく飛べません。


「うー、羽が短いのよ。体も丸っこいし」

「ヒヨコにしてあげたのよ」

「そんなの、飛べないじゃないの!」

「だって、カレーといったら、ヒヨコでしょ?」


 ミミルはまた、ポッチャンと、カレーに落ちてしまいました。

 そのとき、ネコヤナギさんの声が響きました。


「だー、るー、まー、さー、んー、がー」

 また、スプーンが動き出します。

 ミミルはすくい上げられて、天高く連れていかれました。

「あーん、わたしを食べたって、おいしくないわよーっ」


 スプーンはミミルを乗せたまま、のぼっていきます。

 すると、出口のような、丸い穴が見えてきました。

 その穴から出ると。


「あれ?」

 パチパチパチと、大きな拍手が聞こえました。

「ひゃあ、ミミル。どっから出てくるんだい?」

 隣で驚いていたのは、ネコヤナギさんでした。


 ミミルは、満員のお客さんの前で、ステージに立っていました。

 体は、もうヒヨコではありません。元に戻っています。


「ここ、どこ?」

「どこって、ぼくのマジックショーのステージじゃないか。なんだって、シルクハットから君が出てくるんだい?」

「シルクハット?そうだわ。ネコヤナギさん、シルクハットを忘れたでしょ」

「シルクハットなら、ここにあるよ」


 ネコヤナギさんは、たった今、ミミルを取り出したばかりの、シルクハットをかぶりなおしました。


 ヒュー、ヒューと、口笛の音が聞こえます。

 パチパチと、拍手が鳴り止みません。

 お客さんは、大ウケです。

「おかげで今日のステージは大成功だよ。でも、どうしたの?君からカレーのにおいがプンプンするね」

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