片付けのそのあと

「男爵夫妻は感謝していたよ」

 

 無事に3日間を乗り越えた。晴れやかな表情で帰っていくレイラと男爵夫妻を見送ったあと、アンジェリカに呼び出され、そう言われた。


「外出から戻った後、すぐにマナー講義や勉強の時間を増やしたいと言い出したそうだ」


 目的達成だな。そう続けたアンジェリカはオレの顔を見て呆れたように笑った。


「あとのことは、家族の問題というやつさ」


 そう言われて、頭が切り替わる。

 

「今回の襲撃にオルド商会以外がかかわった証拠は見つかりませんでした」


「そうか」


 襲撃現場に現れたあの男は商会の人間ではあったが、商会内で雑用係と呼ばれる左遷部署の男で、オルド商会はこの男の独断専行だと言ってきた。あの男はオルド商会に切られたのであろう。


「尋問の成果とジェイドの情報をすり合わせていますが、有益な話はあまり……」


「よい、わかっていたことだ」


 頷いて片手をあげる。そして、執務机に置いてあった顛末を記した簡易的な報告書手にするとをぱらぱらとめくっていく。


「随分、ジェイドの信頼を得たようだな」


「え?」


 何の話か分からず、間抜けな声が出た。アンジェリカは、報告書を持つ手と逆の手を握りノックするように叩いた。


「すこし妬けてしまう」


 アンジェリカが本当にむくれた顔をするものだから、柄にもなく慌ててしまう。しどろもどろになったオレを見てアンジェリカは満足したのかいつもの余裕のある顔に戻った。

 やはりからかわれていたのだ。小さくため息をつくと、アンジェリカは笑いをかみ殺しながら、追撃を加えてくる。

 

「ジェイドに言っておいてくれ。テオは私の助手だとね」


 このあと、文句を言いに行くのだろう? そう言ってアンジェリカは笑った。

 

 ******


 

 執務室から出てすぐ、オレは厨房へ向かった。

 予想通り1人厨房で片づけをしているジェイドへ短剣が入っていた木箱を押し付けた。

 

「レイラ様をおとりに使ったことに対して、何か弁明は」

 

 オレの言葉にジェイドは視線をそらしながら頬をかいた。


「悪かったとは思っているよ」


「せめて、オレに言っておくとかはなかったのか」


「……いやぁ、最初はそのつもりだったさ」


 ジェイドは言葉を続ける。その表情は笑いをかみ殺しているようにも見えた。


「でも、調べてたら思ったより、うかつな人たちで、簡単に何とかなりそうな雰囲気でね」


「それで?」


 続きを促すと、ジェイドは開き直った様子で満面の笑顔になる。


「君がどこまで対応するかなって」


 ジェイドの言葉にオレはため息をつく。出会って半年、この男はまだ、こうやってオレを試すことがある。

 アンジェリカはこいつからの信頼を得たと言うが、オレはまだ十分には信頼されていないのだと思っている。

 

「アンジェリカ様の無茶ぶりをあれだけこなすんだから、楽勝だとは思ったんだけどね。そういえば、アンジェリカ様から伝言があるんじゃないかい?」


「……テオは私の助手だ」


 しぶしぶ答えたオレは顔が赤くなっていると思う。それを見てジェイドが腹を抱えて笑い出す。


「やっぱりだめか」

「なにがだ」

「僕からの報告書に、一文添えたのさ。テオを諜報員にしないかって」


 ジェイドの言葉にオレは目を丸くする。

 

「ジェイド、オレに諜報任せられると思ってるのか」

「あれ? 気が付いてなかったのかい? 僕、君のことかなり信頼してるけど」


 君、その鈍感なところは直さないとね。ジェイドはそう言うと、厨房の棚の整理を始めた。もうこの件について話をするつもりはないらしい。

 これ以上問い詰めても意味がなさそうだと判断して厨房を出て行こうとしたところで、ジェイドが声をかけてきた。

 

 振り返ると、ジェイドはオレが返した木箱の中が空であることを確認している。数秒で確認を終えると、顔をあげてこちらをまっすぐ見た。


「伯爵が動きはじめた」


 一瞬で顔がこわばったのが分かる。ジェイドの言う“伯爵”は一人しかいない。


「アンジェリカ様はなんて?」

「引き際を絶対に見誤るなって」


 調査続行だよ。そう続けてジェイドは閉じた木箱を軽く叩く。


「進展があれば連絡するよ。これ以降屋敷に近づかないから、そのつもりで」

「……気をつけろよ」


 そう言うと、ジェイドは軽く笑った。


「死なないようにするさ」


 ――伯爵。秘密や闇の多い貴族社会の暗闇の奥底にいる男。

 貴族探偵のアンジェリカの宿敵ともいえる相手だ。

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