片づけは簡単に 憂鬱は彼方に
レイラは見晴台から街並みを眺めていた。近くにはレイラと同年代の街の子供たちもいる。ジェイドのことだ、事前に知り合いがいるかどうかくらいの情報は仕入れていたに違いない。
楽しそうに街の子供たちと話をしている様子を見て安心する。
邪魔をしないようにメイドにバスケットを託す。おそらく彼らの分も含めたあの量なのだ。
レイラに気づかれないように、騎士へ事前に決めていた不審者の合図を送る。騎士は頷いて、警戒を一段階上げた。
この見晴台はこの階段以外に入り口はない。階段以外から上るのは、とてもではないが無理だ。逃げ場はないが、逆に言えばこの入り口から入ってくる人間を何とかすればいいだけなのだ。
階段の下をのぞき見れば、明らかに怪しい武装した男たちが集まっている。恰幅のいい男が何やら指揮をして去っていく。その背中にわざわざ誇示するようにつけられている商会エンブレムは隣町にあるリシュカ商会の妨害を画策しているオルド商会のものだ。
商会から始まり叙爵にまで至ったリシュカ家。優秀な彼らに悪感情を持つ人物は、貴族の中にも商売人の中にもいくらでもいた。
ヴァイス家はしっかり守っていたが、アンジェリカへの急な代替わりはそんな彼らにとって隙に見えていたようだ。
なぜ、わざわざエンブレムを見せつけているのかは疑問だが、それは後でジェイドに調べてもらうことにする。
小包を開ける。中に入っていたのは、食事に使うナイフやフォークといったカトラリーが収められた木箱。カトラリーを全て出して底板を外す。底板のさらに下に入っていた短剣とワイヤーを手に取る。短剣はオレに合わせて作られたのかと思うほど手になじんだ。
短剣を使った戦いには慣れていない。それを知っていてこれを入れたのは、今後のために戦えるようになっておけ、ということか、はたまたただの気まぐれか。
食事に使うのには鋭利すぎるカトラリーと短剣。そして丈夫そうなワイヤー。それらと、メモに書かれた階段の脇に植えられている植物と手すりの位置を見比べて、頭に入れる。
男たちも準備ができたようだ。階段に近づいている。
騎士へ合図を送る。それをみた騎士がレイラからは見えにくい位置で緊急時の信号灯をあげた。あの信号灯は街の憲兵隊と共通のものだ。
あとは屋敷や憲兵隊から増援が来るまでにこいつらを片付けるだけである。
階段を上がり始めていた男たちも信号灯に気が付く。一瞬立ち止まったのはひときわ屈強な男だった。それ以外は、スピードを上げて階段を駆け上がっていく。
「腹をくくるのが早いな」
そう呟いて、オレは男たちの前に立ちはだかる。男たちがオレを敵だと認識するより早く、ワイヤーをつないだカトラリーを階段に沿って植えられた木に投げ、巻き付けるように固定する。ワイヤーの反対側にくくりつけた手のひらくらいの石を木とは逆方向の階下向かって思いっきり放り投げた。ぴんと張られたワイヤーが植木を起点に円を描いて、階段を駆け上る男たちの足をからめとる。
うめき声をあげながら階段を転げ落ちていく男たち。残ったのは、信号灯を見て立ち止まった男だけだ。ほかの男たちよりも格段に体格がいい男だ。
「あんた、ヴァイス家の騎士か?」
落ちていった男たちに目もくれず、男は話しかけてきた。
「そういうお前は? オルド商会の商売人ってわけでもなさそうだ」
男の問いには答えずに、問い返すと男は汚く笑う。
「あぁ、あいつも馬鹿だよなぁ。誘拐、闇討ちなんて仕事を、わざわざ身分を明かして依頼してくるなんてな。しばらく金には困らなそうだ」
そう言って男は刃の大きな片手剣を構える。
「依頼とやらの成功には興味がなさそうだな」
「どうかな。逆転の一手があるかもしれないぜ?」
男が一気に距離を詰める。片手剣をふり降ろしてくるのをとっさに躱す。オレのほうが数段高い位置に立っていたというのに、頭上から降ってきた剣に冷や汗をかく。片手剣が振り下ろされた石造りの階段に一本線ができている。
「おら!」
男はすぐに体勢を立て直し、また向かってくる。それを躱しながら、オレは男の動きを観察する。
「どうした! 防戦一方じゃねぇか」
声がでかく、力もつよい、そして早い。しかし、単調な動きが多い。これならいけるだろう。
勝ち筋が見えたところで、オレは一歩踏み込んだ。
「よっと」
男が剣を振り下ろすタイミングに合わせて、短剣を当てて力を横にいなす。片手剣は短剣に沿って滑り、男はバランスを崩して転倒した。
想像よりもうまくいき驚きながら、即座にワイヤーで腕を拘束する。
「逆転の一手、だって?」
男が悔しそうに顔をゆがませる。階段の下に憲兵と騎士たちが到着した。
憲兵が動けなくなっている男たちを素早く台車の荷台に積んで連行していく。ひと段落だ。応援に来てくれた騎士と憲兵に後を託し、レイラの元へ戻る。
街の子供たちと話している姿があまりにも楽しそうで、安心すると同時に少し切なくなる。
レイラと街の子供たちがこうして会うのは、今後ますます難しくなるだろう。
そろそろ、屋敷に帰らねば。レイラに声をかけると、寂しそうに目を伏せた。
1人の少女が名残惜しそうにレイラの手を取る。
「……私、王立学校目指すよ。絶対王都に行く。会いに行くから!」
「いいな、それ! じゃあ、俺は店継いだらもっと大きくして、王都に出店する!」
「え! じゃああたし、王都で女優になる!」
少女の言葉を皮切りに、ほかの子供たちも続く。その言葉に、レイラの表情が明るくなっていく。
彼らの姿を見て、想像で勝手に落ち込んでいた自分が少し恥ずかしくなる。
推測だけで判断するのは悪い癖だ。
――道が1つなんて、誰が決めたんだ?
昔、兄に言われたことを思い出す。
そうだ。
オレは、道が1つじゃないことに気が付いたから、ここにいるのだ。
「楽しみにしてる!」
そう言って笑ったレイラの瞳は今日一番輝いていた。
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