令嬢のあこがれと計算された危機

 こんなに食べられるのかと思うほどの量の軽食の入った大きなバスケットを持ち、意気揚々と先頭を歩くジェイドの後姿を視界に入れながらオレは時刻を確認する。

 ジェイドは晩餐会の準備がある。リミットはあと1時間もない。楽しそうにレイラと話しているジェイドの服を少し引いてこちらに意識を向かせる。手に持った時計を指さすと、微笑んでうなずかれる。


「大丈夫、もう着くから。ここを上りきったらね」


 そう言ってジェイドが指さしたのは長く急な上り階段。

 このあたりは高低差がかなりある南区画だ。中心街と西端にかけては平地だが、ほかの区画は坂も階段も非常に多かった。

 その中でも一番長い階段。顔が引きつっていくのが分かる。

 レイラが嫌がるのではないか、そう思って顔を見ると、オレの心配は裏腹に、その階段を見つめて嬉しそう笑っていた。


「知ってたの?」


「僕もこの街育ちだからね」


 ジェイドが笑う。

 それをみて、レイラは屈伸運動や伸びをして準備運動をし始めた。

 なぜ急にそこまでやる気になったのかオレにはわからない。

 確か、この階段の上は見晴台になっているはずだ。何度か行ったことがある。いつ行っても子供たちが楽しそうに遊んでいるのが印象的だった。


「よし!」


 レイラが先頭に立ち、おおきく一歩踏み出す。

 後ろを追って上り始めた騎士たちをジェイドと並んで見上げる。


「ジェイド、オレに言ってないことあるだろ」


「んー? 君に言ってないことなんてたくさんあると思うけど」


「はぐらかすな。リシュカ商会のことでお前が掴んでない話があるわけないだろ?」


 ジェイドは買いかぶり過ぎだと笑う。


「君、僕がやることは要求以上にやるやつ、くらいには思ってるだろ」


「実際そうだろ」


 オレが言うと、ジェイドは大げさに頭をかく。耳が少し赤いが、どこに照れる要素があったのか。からかいたくなるが話が進まなくなるのでやめる。

 

「……レイラ様、幼い頃はこのあたりでよく遊んでいたらしい」


「あぁ、この街で商会を立ち上げたって」


「そ、商会を王都に移す3年くらい前まで南区画に住んでた」


 黙ってうなずく。南区画は商人の家や昔から住み続けている人々が多い。住んでいる子供も多く、広場はいつも子供たちの声であふれていた。


「10歳くらいの子どもが、王都に引っ越すとはいえ、友だちと別れるのは寂しかっただろうね」


「それで、ここに来たのか?」

 

「僕は、息抜きになればいいなって。この間、ちょっと話を聞いたからね」


 熱を出したのも無駄じゃなかったよ。そう続けて階段を見上げる。数段上ってジェイドは話を続けた。


「ここらへんの子どもたちは、屋台街で食べ物を買ってこの上で遊ぶのが鉄板なんだよ。でも、危ないから初等学校6年生からって家も多いんだ」


 初等学校の6年生は12歳。レイラはこの階段を上ったことがないのだろう。

 階段も中腹に差し掛かったところをはねるように上っていくレイラを見る。


「僕は、今回の依頼って時間が解決するものだと思ってるんだ」


 ジェイドはそう言うと、オレに軽食の入ったバスケットを押し付ける。


「すまないね。タイムリミットだ。後は頼むよ」


 オレがバスケットを受け取ったのを見ると、自由になった右手を握りこみ、人差し指を立てた。空中に円を書くと、はらうようにして後ろを指さす。


「あれ、何とかしといてくれ」


 そう言われて周囲を確認する。顔がいら立ちでゆがんでいくのが分かる。オレはいま、かなり嫌な顔をしている。

 ジェイドはまったく悪いと思ってなさそうに謝って、バスケットを指さした。

 

「お助けグッズは入ってる。役に立つはずだ。きっとね」


 そう言って方向転換してオレに背を向ける。ジェイドは最後に少し振り向いて片手をあげると、そのまま走っていった。

 ここからなら寄り道しても充分に間に合う時間だ。坂道が多い分体力は使うが。


「役に立つ……」


 オレはジェイドから預かったバスケットの中身を見る。大量の軽食そして、明らかにオレにあてた小包とメモ。それを取り出して、腰につけていたバッグに突っ込むと、バスケットを持ち直し階段を上り始めた。


「テオー! ジェイドはー?」

 

 声がして顔をあげると、レイラと騎士たちはもうすぐ頂上に到達しそうだった。振り向いたレイラがこちらに向かって手を振っている。

 時計を見せる仕草をすると、ジェイドが途中で帰ることを知っていたメイドが分かったようで説明している。

 レイラが、腕で丸を作って見せた。それに応えてから、駆け足で上っていく。

 

 3分の2、上ったところでこっそり後ろを見る。階段の始まりと、そのさらに奥。物陰に不自然な影が見えたのを確認してオレは一気に上りきる。


 どう考えてもアンジェリカは、そしてジェイドもこの事態を予想している。

 こうすれば、街中で乱闘騒ぎにはならないだろう? そう言って笑うジェイドが容易に想像できた。

 

 アンジェリカはともかく、ジェイドにまで先回りされているのに少し敗北感を感じながらもオレは靴ひもを結びなおす。


「お望みどおり、やってやるさ」


 そう呟いたら、やっぱり少し腹が立ったので帰ったらジェイドは一発殴ることに決めた。

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