男爵令嬢と料理人、時々助手

 レイラは庭を見学しているとメイドから聞いた。


 庭へ向かいながら、もらったメモに目を通していく。


 レイラの様子がおかしいと夫妻が気が付いたのは叙爵式の少し前。準備に忙しく、やっと時間を作れた三人での食事の席のことだったという。


 明らかに元気のない様子のレイラは、食事の最後に「どうして男爵になるの?」と聞いてきたという。とっさに答えられなかった夫妻の顔を見てレイラはすぐに笑って「なんでもない」と話を終えてしまった。その後はいつも通りだったらしい。


 しかし、叙爵式後から、外出が急激に増え、貴族としての教養などの授業もサボりがちになってきたとのことだった。何か悩んでることがありそうで、ため息をついたり、上の空のことも多いらしい。



 依頼内容は、レイラを元気づけ、社交界を前向きに歩けるようにすること、アンジェリカはそう言ったが、これは数日で何とかなる問題だとは思えない。

 レイラはつい最近まで、裕福な平民だったのだ。貴族とのかかわりもほとんどないに等しい。

 急に貴族としての振る舞いを学ぶよう求められたら困惑するのも無理はないと思うのだが。


 せめて、この期間に悩みを話してもらえるといいのだが。


 まずは外出の理由を探るところからか。なんとなく方針を決めたところで庭の入り口に到着した。

 

 白い花を咲かせたり、白い葉を持つ植物だけを集めた庭は、遠くから見ると雪化粧しているのかと錯覚する。オレはこの庭が気に入っていた。

 

 庭に入るとすぐに中心に作られた白い藤棚へと足を向ける。あの藤棚の下には客人と外でティータイムをすごすためにテーブルと椅子が用意されているのだ。


 思った通り、藤棚の下に人影が見えた。レイラと付き添いのリシュカ家のメイド、それと案内役のうちの使用人のようだ。

 

 近づいていくと、案内役の使用人がジェイドであることに気が付く。向こうもオレの存在に気が付いたようで、ジェイドが片手をあげた。


「テオ、いいところに」


 レイラが不思議そうな顔でこちらを見ている。オレは近づいてレイラとメイドに向かって名のり、同席の許可を取り付ける。


「レイラ様は、この街に思い出深い場所があるそうなんだ。連れて行ってさしあげることはできないかい?」


 ニコニコと断られると微塵も思っていない様子のジェイドに、小さくため息をつく。

 おそらく、レイラの案内役をしているのはこれを見越してだろう。まったく、どこから何の情報を仕入れたのか。


 しかし、いい機会だ、そう思い、ジェイドの話へ乗っかることにした。


「えぇ、昼食後に出かけられるようご準備させていただきます」


 オレが言うと、レイラの顔が喜びに染まる。


「本当ですか! ありがとうございます」


 ぺこぺこと何度も頭を下げるレイラをメイドが止めている。やはり、貴族としての振る舞いには慣れていないようだった。

 どうやって、彼女の悩みを聞きだすか。少し考えたオレはレイラのメイドに声をかける。


「レイラ様は、汚れてもいい服はお持ちではないですよね?」


 持っていないだろうから、誰かに街で見繕ってもらおう。そう思いながらの念のための発言だったが、予想に反してメイドは首を縦に振った。



 ******



「レイラ様の思い出の場所とは、どちらでしょう?」


 昼食後、オレとジェイド、リシュカ家の付き添いのメイドと騎士を連れて繰り出した街中。オレが聞くと、レイラではなくジェイドが答えた。


「テオ! まずは街の散策からにしよう。レイラ様だって久しぶりの帰郷なんだ。僕は目的以外の場所も見てもらいたい」


 ジェイドはそう言って、レイラをエスコートしながら歩き出す。失礼にならず、そして相手を無理に緊張させないラインを心得ている。フィンにたたきこまれているだけはあった。


 先ほど、ジェイドと依頼内容の共有はできた。この外出で少しでもレイラと話ができればいいが、今日は晩餐会の準備が始まる前に戻ってこなければいけない。時間はあまりなかった。

 焦る気持ちをぐっと飲みこんで、ジェイドに賛同する。この依頼はできるだけ慎重に事を運んだほうがいい。


「屋台街はいかがでしょう? 最近、また店が増えたそうです」


「いいですね! 私、屋台で甘い飲み物買って飲み歩きするのが大好きで……」


 レイラがそこまで言って、ハッとした顔でオレ達を見渡す。


「……ごめんなさい。難しいですよね」


 目に見えて落ち込むレイラにオレは自分の着ている服の胸元をつまむ。

 街の人々が来ている服と変わらない作りの物だ。ジェイドもメイドと騎士も似たような服を着ている。

 レイラも少し質がいい似たような服装だ。きっと、どこか時間を見つけて一人、街に繰り出したかったのかもしれない。


「レイラ様、今のオレ達は裕福な家庭の娘さんとその付き添いです。なにも気にすることはありませんよ」


 先ほど服の着替えをお願いしておいてよかった。ドレスではさすがに飲み歩きはできなかった。

 オレの言葉にレイラは嬉しそうにうなずく。


 メイドと騎士がレイラの後ろで苦い顔をしているのに少し申し訳なさを感じるが、後で謝っておくことにして、オレはレイラに笑いかけた。


「それなら、今は乱暴な言葉遣いでもいいよね!」


 レイラはそう言うと、あっという間にオレ達に敬語を禁止し、自分の言葉遣いも崩した。


「レイラ様、わかってるじゃないか!」


 それにすぐに順応したのはやはりジェイドで、二人で騒ぎながら歩き出す。

 街を見ながら、屋台街へ向かう。レイラがいたころと変わっているところも多いようで、時折新しい建物や店に足を止めていた。

 屋台街に着くと、レイラとの距離はかなり近くなったように思えた。


「まずはジュース! ジェイド! テオ! どこかおすすめある?」


「僕は、あの青い看板の店が好きだな。レモネードとか、くだもののジュースがおいしいんだ」


 ジェイドが指さした先を見る。看板に書いてある店名はオレも知っているものだった。


「あぁ、あそこ。レストランもやってるよな。スープがうまい」


「そうなんだよ。夜はいつも混んでいてね」


「そうそう、全然入れないよな。あ、あと、奥のほうにいつも店を出してる、コーヒー屋もいいよ。甘いラテがあるんだ」


 ジェイドとオレが好き勝手話したせいで、気になる店がいくつもできたとレイラに怒られる。結局、屋台街を一通り見て歩いてから決めることになり、オレ達は歩き出した。


「サナ、テッド。あなたたちは屋台街で好きなものってなに?」


 レイラが歩きながらメイドと騎士に尋ねる。メイドは周囲をぐるっと見渡して、子供たちが集まっている的あての屋台を指さした。


「子供の頃はあのような遊びに夢中になりました」


「私は遊びよりも食い気で。ホットドックを買ってくれーって屋台の前で大騒ぎしましたね」


 騎士はそう言うと、周囲の屋台を見ながら、不思議そうな顔をする。


「この街の屋台街は活気にあふれてますね。王都はリシュカ商会の発明品が広まってから随分便利になって、屋台でやれることも増えたと聞きましたが……この街の屋台街はそれ以上に品目が多いように感じます」


「あぁ、それはヴァイス家がリシュカ商会と協力してたからですよ。リシュカ商会は発明品を王都で広めるため、ヴァイス家は発明品で街を豊かにするため、実験的に街全体に発明品を普及させていたんです」


 オレが答えると、メイドと騎士だけでなく、レイアも目を丸くしていた。オレも記録でしか知らなかったが、この街の夜の明るさを前にした時の衝撃はいまだに鮮明に覚えている。


 屋台街を一周した後、レイラはジェイドのすすめ通りの屋台で旬だという甘い柑橘を使ったジュースを買った。ジェイドが同じ店に並んでいたホットワインを買おうとしたのを止め、代わりにオレが買っていたレモネードを押し付ける。


「小さいころのご褒美はこういう屋台で買ってもらう、蜂蜜たっぷりのレモネードだった」


 レイラはそう言って笑いながら、ジュースを飲む。


「もう、家族で屋台街になんていけないのね」


「レイラ様は、ご両親が男爵になるのには反対だったのかな?」


 ジェイドが急に核心をついた。慌ててレイラに見えない位置でジェイドの背をつつくが、ジェイドは気にする様子もなく笑っている。

 

 レイラは首を小さく何度も横に振った。

 

「反対ではないけれど……」


 そう言って黙ってしまったレイラを見て、余計なことを言うなとジェイドを見る。ジェイドは何やら思いついたような顔をして頷いている。


「レイラ様。ちょっと僕の行きたいところ。一緒に行かないかい? ピクニックしよう!」


 ジェイドはそう言うと、屋台で持ち歩けそうな軽食をあれこれ買い始めた。

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