男爵夫妻の気がかり

「やっと、来ましたね」


 完全に巻き込まれただけであるフィンが、部屋に入ってきたオレ達をみると紙の束を手渡してきた。準備の役割分担が終わっていたようだ。

 ジェイドに手渡されたのは客人の好みの情報、備蓄品と購入食品のリストだ。

 

「滞在は二泊三日の予定です。食事はすべて2回ずつ。それを踏まえてメニューを考えなさい」


「わかった」

 

「……ジェイド」


 フィンは砕けた言葉遣いのジェイドをにらみつける。ジェイドは視線を受けて、一瞬嫌そうな顔をしたが、すぐにすました顔に戻って姿勢を正す。

 

「……承知しました」


「よろしい。……体調管理には気を付けるように」


 油断していたところに鋭い一撃を食らう。二人並んで苦い顔をしていたのだろう、フィンが小さく笑う。


「頼りにしているんですから、よろしくお願いします」


 フィンに肩をたたかれて背筋が伸びる。

 一方隣のジェイドは居心地が悪そうな顔だった。

 

 気持ちはわからなくもないが同時に、もう少し隠せないのかとも思う。

 フィンはジェイドの父親である。

 ジェイドは幼いころより、フィンからヴァイス家に仕える使用人になるための教育を受けていたらしい。

 

 フィンがジェイドの態度に笑いをかみ殺しながら部屋を出ていく。

 いつもヘラヘラふらふらしているジェイドが、フィンの前では反抗期の子供のようになるの面白いのはわかるが、10代の息子をからかって遊ぶのはやめたほうがいい。

 

 そう思いながらオレは自分の割り振りの仕事を始める。

 ジェイドのほうを盗み見ると、リストをみながらコースを組み立て始めていた。

 この男はなんだかんだで、ちゃんとやる人間だ。

 

 

 ******


 初日はすがすがしく晴れた日だった。


「よく来てくれた。レイモンド、セシリー……いや、失礼。リシュカ卿と呼ぶべきだな」


 アンジェリカは朗らかな笑顔で客人、リシュカ男爵夫妻と令嬢を出迎えた。

 

「本日はお招きいただきありがとうございます」

 

 そう答えて一礼するレイモンドはどこかぎこちない。

 貴族にはマナーやしきたりが多い。商売人として守らなくてはいけないレベルより、気にすべきことが多くなり、緊張している様子だ。


「楽にしてよい。長い旅路大変だっただろう。ゆっくりくつろいでいくといい」

 

 アンジェリカの言葉に少し表情が柔らかくなったリシュカ男爵夫妻を、オレは胸をなでおろしながら眺めていた。


 準備は臨時雇用の使用人たちのおかげで抜かりなく整えることができた。今日の化物城はピカピカに磨き上げられた城である。ジェイドも料理の準備は万全だと言っていたので一安心だ。

 

 使用人たちも今日以降は全力でもてなすのみ。昨日までの慌ただしい忙しさからは少し解放されていた。


 男爵夫妻がアンジェリカと楽しげに会話している少し後ろで、明るい黄色のドレスを身にまとった令嬢が落ち着かない様子で立っている。

 ふと、アンジェリカが少し視線を後ろにやると、それに気が付いたセシリーが一歩下がり、令嬢と並ぶ。


「ヴァイス卿、紹介いたします。こちら、私の一人娘ローラです」


 レイモンドに紹介されたローラは見るからに固い笑顔でぎこちなく一礼した。アンジェリカは特に気にする様子もなく、頷くと、三人を部屋に案内するようメイドへ指示した。


 荷物を運びこむ準備をしている使用人に混じって城に入っていく彼らを見送ると、アンジェリカがオレを手招いている。

 アンジェリカと目が合うと、アンジェリカは口の動きと、指の動きで“1時間後に応接室へ来い”と指示を出してきた。アンジェリカに見えるように大きく頷くと、アンジェリカは真っ白のドレスを翻し、屋敷に戻っていった。


「あれ、意味わかるのテオさんだけっすよ」


 隣で両脇に荷物を抱えた使用人が不思議なものを見たような顔で呟いていた。


 ******


 1時間後。言われた通りにオレは応接室に向かう。

 この時間はアンジェリカとリシュカ男爵夫妻がいるはずだ。たしか、新作の発明品をいち早く見せてもらう、と言っていた。


「アンジェリカ様。テオでございます」


 ノックをしてそう告げると、すぐに入室の許可が下りる。中に入ると、夫妻のまとう空気がやけに重たいものであることに気が付いた。


「私の助手のテオだ。今回は彼に一任しようと思う」


 アンジェリカの言葉に、夫妻が困惑の表情を浮かべる。

 オレも何のことかわからない。


「テオ、先ほど夫妻と一緒に来た令嬢はわかるな?」


「えぇ、ローラ様ですね」


 先ほどのぎこちない礼をした10代前半くらいの少女を思い出す。


「今回の依頼は、彼女を元気づけ、前向きに社交界を歩いていけるようになってもらうことだ。よいな?」


 よくない、ちゃんと説明してくれ。そう返したかったが、客人の手前できない。

 そうこうしているうちに、状況や要望を聞き取ったであろうメモ書きを大量に渡されてしまい、頷くしかなくなった。


「レイモンド、セシリー。私は生まれてからずっと貴族だ。彼は街で暮らしていたこともあるし、ローラ嬢の気持ちも私よりは幾分かわかるだろう。もちろん、彼の他にも人をつける」

 

 レイモンドとセシリーは顔を見合わせて、小さくうなずきあうと、よろしくお願いしますと言いながら頭を下げた。


「お力になれますよう尽力いたします」


 オレはそう答えて、頭を下げる。一人娘を預けるのは不安だろう。せめて安心感を持ってもらおうと努めて柔らかく笑う。

 心配と顔に出ていた2人の表情が少し緩んだのを見て少しほっとする。


 一礼して部屋を出ようとしたオレに、アンジェリカは小声で、ジェイドもつれていけと言う。あの男をつれていったらろくなことにならないと答えると、アンジェリカは小さく首を縦に振って、それがいいんだ、と笑った。

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