うっかりの理由

 客人は先日、男爵の位を叙爵された夫妻とその一人娘の令嬢だ。

 二人はヴァイス辺境伯領の街出身で、前当主の頃から付き合いがあった。

 

 優れた科学者である夫と、経営の手腕を持った妻が二人で興した商会は夫の研究結果の数々を、妻の巧みな商売技術をもって売り出すことで莫大な収益を上げた。


 二人はその利益でさらに発明家や科学者を雇い、チームで新たな研究を始める。


 ここ数年に発表された発明品はどれも国の生活を大きく変えるものだった。

 前当主は彼らを気に入っており、あらゆる面で後ろ盾になっていた。

 それはアンジェリカにも引き継がれていて、夫妻の叙爵時の様々な準備や厄介ごとはすべて、ヴァイス家で面倒を見た。


 今回はその礼と新たな発明品を披露したいとのことだった。


 歩きながら情報のすり合わせをしていく。客人である男爵夫妻の基本的な情報は入っているようだ。

 化物城の城門をくぐったところでジェイドが質問を投げてきた。


「なんでこんな急になったんだい?」


 ジェイドの言葉にオレは自分の顔がこわばるのを感じる。


「叙爵式での口約束だったんだ。……オレもその日はついてなかったから」

 

 先触れの手紙で思い出したとアンジェリカは申し訳なさそうに言っていた。


「アンジェリカ様が? ……珍しいこともあるものだね?」


 ジェイドの言うとおりだ。記憶力が高く、うっかり忘れてたなんて過去に一度もなかった。しかしこれには心当たりがあった。

 本当に申し訳ない顔をしないといけない人間は別にいる。


「……叙爵式の直前に熱を出した」


「誰が?」


 ジェイドの顔を見ると半分笑っている。これは知っているのだ。知っているうえでオレの返事を待っている。


「……オレ」


 苦虫をかみしめる思いで言うと、ジェイドは腹を抱えて笑いだす。


「そうだよねぇ! 君、急に熱出して叙爵式当日の夜まで寝込んでたんだってね!」


 わかっているなら聞かないでくれ。

 心で叫びながら甘んじて受け入れる。

 

 だが、こいつにだけはここまで笑われる筋合いはないとも思っていた。


 ジェイドの肩を力強くつかむ。

 この件は、お前だけは同罪だ。


「熱を出したのは、お前がオレを呼びに来た次の日だ。理由は……わかるだろ?」


 ジェイドの顔が固まる。

 オレも知っているのだ。こいつがオレとほぼ同時期に熱を出していることを。

 どう考えてもその前日にジェイドの情報収集の人手が足りないとあちこち連れまわされたのが原因だ。

 よくもオレだけを笑ったな。そう思いながら肩を掴む力を強める。


「……わるかったね」


 ジェイドが顔をそらしつつ謝罪してきたことで一応の溜飲が下がる。肩を離して、背中を軽く叩いた。


「お前にヘルプが出せなかった分、アンジェリカ様とフィンさんたちでやってる。これはその結果だ」


 特殊な準備が多く、流れを理解しているフィンたち使用人とオレ、アンジェリカで割り振って終わらせる予定だった。


 オレの抜けた分を埋めるため、かなりきついスケジュールになったと聞いていた。

 疲れ切ったアンジェリカが男爵からの約束を聞きもらしたのは必然だっただろう。


「なるほど。僕たちは同じ罪を背負ってるのか」


「そういうことだ。気を引き締めろ」


「りょーかーい」


 へらりと笑うジェイドに少し腹が立つが、それは飲み込んだ。

 言い争いは分が悪い。

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