第7話:食人鬼の村

 村は、さほど大きくなく。かと言って小さくもない。


 家はざっと見やる限りでも20軒ほどで、奥には立派な屋敷がどっしりと構えている。


 大方、この村の長の居であろう。霧がまだほんのりと漂う中で、龍華は周囲を物色した。


 まだ日が高くあるから、外に出ている者は極めて多い。


 しかし活気については差ほどと言った様子で、ひそひそという話し声を除けば静寂な方だった。



「……なんだか、俺がイメージしてる村とは程遠いな。それに、なんていうか生気がないっていうか……」



 村人達は確かに、そこにいた。


 だが、彼らの行動には覇気が微塵にも感じられない。


 これではまるで操り人形のようだ、と龍華はふと思った。



「ね、ねぇリュカお兄ちゃん。なんだかこの村、変じゃないですか……?」


「うぅ……フラン、怖くなってきちゃった……」


「大丈夫だ――とりあえず二人とも。まずは俺から絶対に離れないこと。そして、できる限り表情かおに出しちゃだめだ」


「え? それは、どういう意味ですか……?」


「……結論からいって、この村は多分。俺達が今回受けた依頼と大きく関わってる、それも悪い意味でな」


「えぇ……!」



 驚愕の声をもらすフランに、龍華はそっと彼女の唇に人差し指を当てた。


 不安に煽られ取り乱してしまうのは、二人がまだ幼いから。


 そこに加えて、龍華は二人には圧倒的に実戦経験が少ないことも同時に察した。


 とは言え、戦う術を持っている以上は幼い少女というステータスはなんの戦術的優位性タクティカルアドバンテージにもならない。


 いかなる戦況であろうとも、常に冷静沈着に物事を瞬時に判断できる人間こそ、生存できる可能性が極めて高い。



「――、とりあえず二人とも。気持ちはわかるが、ここは冷静にだ。冷静さを欠けば、どれだけ強い相手だろうとやられる……それこそ、俺だってな。だから俺がついてるから、二人も冷静になるんだ……できるな?」


「う、うん……! リュカお兄ちゃんがいるから、リンディアもが、がんばります……!」


「フ、フランだってがんばるよ!」


「よし、いい子だ――それじゃあ早速、見物がてらに調査の方から始めるとしますか。リンディア、フラン……俺の傍から絶対に離れるな?」



 力強く首肯する二人を連れて、龍華は村の中を徘徊した。


 居酒屋や食事処、と必要最低限の施設はあるらしく。特に食事処については、村一番の活気があると言っても過言ではなかった。


 すでに満席で、店員がのろのろと鈍重な動きで店を切り盛りする一方で、客はがつがつと慌ただしく食事を楽しむ。その光景に龍華は、食事というよりどちらかと言えば家畜のようだ、とすこぶる本気で思った。


 貪るように一心不乱に食べる彼らには、さしものリンディアとフランの顔色を悪くせざるをえない。


 傍から見やれば、彼らの姿勢は下品であると断じてよかろう。



「あぁ~忙しい忙しい~。私だって早くご馳走にありつきたいのに~……」


「すいません。ちょっとよろしいですか?」


「……はいはい~お客さんですか~? 生憎と見てのとおり満席でして~」


「あぁ、いや。食事をしにきたわけじゃなくて。ちょっと尋ねたいことが」


「はい~なんでしょうか~?」


「実はこの辺りで行方不明者が次々と出てるようで……。調査隊も派遣されたようだけど、それも未だ戻ってこない――なにか、ご存じないですか?」


「……ん~私はなにも知りませんねぇ。最近、大量に食材が届いたから~今はそれをどう処理するかで困ってたところなんですよ~。それなのにまた新しく入荷されちゃったから~もう、どうすればいいのやら困って困って~」


「……なるほど。食事をしている皆さんも、何かご存じないですか? どんな情報でも構いませんので、あれば是非とも教えていただければと」



 返答は一切なく、帰ってきたのは大変居心地の悪い静寂のみだった。


 三人に向けられた視線は、ガラスのように無機質ながらも氷のように冷たい。


 生気が微塵もない視線による集中砲火を浴びる中で、龍華は小さく両手をあげた。

 

 もちろん、これは彼なりの謝罪の意である。食事時に邪魔をした、と笑顔を浮かべながら小さく一礼してその場を離れる。


 そこは村の中で唯一、人気がまるでない古民家だった。片隅に位置するだけあって、周囲に人気は皆無である。


 住人の姿はどこにもなく、放置されてもう随分と長いことは荒れ模様や埃の量が物語っていた。


“とりあえずの拠点、というにはいささか頼りないが……”


 あるだけずっとマシだ、と龍華はそう思った。



「リュ、リュカお兄ちゃん……やっぱり、この村の人達はどこかおかしいです」


「だろうな」


「リュカにいちゃま、どうしてわかるの?」


「そりゃあ、な……明らかにおかしいだろ。すべてにおいて」



 龍華はほんの少しだけ、表現をぼかした。


 何故ならば、彼の目前にいる二人の少女はまだまだ幼いから。


 食事処で目にした光景は、龍華に事件の真相へと導くのに十分すぎる証拠となった。


 奥の厨房部分にて釣られていたのは、客が一心不乱に食していた料理の素材である。


 もっとも、その食材は一般的に出回っている代物ではない。


 人間の臓物だった。むろん彼の勘違いである、という可能性もなきにしもあらず。


 だが、そうであると龍華に確信させたのは他でもない、人間の頭蓋骨だった。


 その事実は、幼い二人にはまだ早すぎる。そう判断したがため、龍華は事実を告げなかった。


“確実に、行方不明者が出ているのはこの村が原因だ”

“まさか、食人の村がすぐ近くにあったなんて誰も思わないだろうな……”

“だが、どうやってこれまで生きてこられていたんだ?”

“調査隊だって決して弱くはなかったはず……”


 もう少し調査をする必要がある。龍華はそう結論を下した。



「……ねぇリュカお兄ちゃん。リンディアたち、これからどうしよう……」


「とりあえず、調査は続行だな。まずはこの民家から調べるとするか」




 高くにあった日輪も、山の向こう側へとどんどん沈んでいき、清々しいぐらい青かった空も今や色鮮やかな茜色に染まっている。


 そしてあっという間に夜が訪れた村は、更にしんと静謐に包まれた。


 未だ霧は晴れずとも、頭上を見やれば満天の星が美しく煌めいている。


 こんな不気味な村でなければ楽しめたものを、と龍華は内心にて溜息をそっと吐いた。



「すっかり暗くなっちゃいましたね……」


「そうだな――さてと、それじゃあ二人とも、今から少し確認しておきたいことがある」


「ど、どうしたんですか?」


「まず、二人は魔法……というか、なにかしら戦える術があるんだよな?」



 龍華がそういうと、リンディアとフランはそろっておずおずと首肯した。


 彼女らの実力については未だ未知数であるものの、龍華は最初から過度な期待はしていなかった。


 あくまでも、自衛できるか否か。この解答次第で戦術も大きく変化する。


 幸いにも先の問いかけによる回答は、彼の思うものだった。


 とりあえずは、信用してもいいだろう。もっとも、信頼するにはまだまだ不十分すぎるが。


「――、リンディアはどういった魔法が使えるんだ?」


「リ、リンディアは風の魔法が使えます。これがリンディアの杖です」



 そういってリンディアが何もない空間より出現させたのは、一本の羽だった。


 柄から羽先までおよそ一尺一寸約33cmはあろうそれに、龍華ははてと小首をひねる。



「杖っていうのは、あんまり杖らしくないな」


「魔法使いの杖はいろいろあるんです。特に思い入れがある代物だと、より高い効果を発揮することができるんです。リンディアのは、この羽ペンを加工したものです」


「なるほど。そういう感じなのか」


「フランはこれ! とってもかわいいでしょ!? これでね、えーいって悪いヒトをやっつけるの!」


「フランのは、クマのぬいぐるみが先端についてるのか。これもなかなか……」



 少しばかりかわいすぎるのではないか、とそれを馬鹿正直に言うほど龍華も愚かではない。


 確かに、ピンク色が主体の柄にクマのぬいぐるみがついているデザインはとても個性的だ。


 ごっご遊び、であれば違和感もないのだが生死が横行する戦場では、やはりそのデザインは不釣り合い極まりなかった。



「……とりあえず、二人にもそれなりに心得があることはわかった。じゃあ、今から俺がいうことは絶対に守るって約束してくれるか?」


「な、なんですか?」


「フラン、ちゃんと守れるよ!」


「よし。それじゃあ――間違っても俺を守ろうと思ったりはするな。二人はあくまでも自分の身を守ることだけに専念すればいい」


「え? それって……どういうことですか? リュカお兄ちゃん」



 リンディアが不安げな顔をして尋ねた、のとほぼ同時。


 何者かが扉を激しく叩いている。今にも破壊しそうな勢いのノック音に、リンディアとフランがその小柄な体躯をびくりと震わせる中で龍華が真っ先に動いた。懐に忍ばせた龍笛を手に取ると、静かに音色を奏でる。


 例えるならば、それは消えることを知らない地獄の業火のよう。


 曲始めから息継ぎのタイミングをうかがわせないほどの、苛烈にして激しい旋律が古民家に反響する。


 それに伴って、扉をノックする音が徐々にその勢いを弱めていった。


 ほどなくして、再びシンと静寂が戻ったところで龍華は満足に呼吸をした。


 もう大丈夫だろう、と龍華がゆっくりと扉を開放すればそこには男の死体が無造作に転がっていた。


 もっとも、死体といってもたった今できあがったものではない。


 すでに男の肉体はひどく腐敗し、強烈な死臭が鼻腔をつんと容赦なく刺激する。



「食人鬼ってやつか……」


「リュ、リュカお兄ちゃん! 今のは……」


「ん? あぁ、さっきのは不浄な魂とか存在を浄化する戦律だな。これが俺の闘い方ってわけだ」



 龍華が持つ龍笛は単なる楽器ではない。


 素材は葦ノ国三大霊峰が一つ、不死山頂にある樹齢1000歳の霊樹を加工し、更には極めて希少価値と霊力感応力が高いとされる天鋼あまはがねによる装飾が施されている。


 そのため彼が所持するそれは、通常の代物よりも二寸約6cmほど長くて、ずしりと重たい。使いようによっては、たちまち鈍器にも化ける龍笛こそ、龍華の半身ともいうべき【金鶯の笛きんおうのふえ】だ。


 金に装飾された笛から鳴る美しい音色は、彼の特技たる呪奏術と大変相性がいい。



「すごい……音で魔物をやっつけるなんて……」


「対怪異用の戦律だからな。効果は抜群ってわけさ――さてと、どうやらこれで真犯人は見つかったらしいな」


「えっと、つまり……」


「さっきの食人鬼が、行方不明者を出してる元凶ってことだな――とりあえず、この家から調べてみるか。何かわかるかもしれないしな」



 龍華の判断に、リンディアとフランは小さくうなずいた。

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